019. 気がつくとそこは知らない天井だった…

 目を覚ますとベッドの上で白い天井をぼんやりと眺めていた。


 ――気がつくとそこは知らない天井だった…――


 なんて話は、小説や漫画の世界のことだけだと思っていた。

 本当にあるんだー、こんな話。

 まぁ実際に僕が目を覚ましたのは知らない天井だし…。

 でもこの天井って前に似た天井見ていたなぁ・・・。

 起き上がって周りを見ようとしたけれど身体中が痛くて起きれなかった。

 何とか首は動くのでなんとか現状を把握しようとした。


 頭の近くにはライトがありベッドの柵にネームプレートのようなものがあった。

 僕は一応眼鏡なしで視力は一、0あったのである程度見えた。


『瀧野瀬亜月』


 あれっ?僕の名前は『禿河亜月』だったはず…だよね。

 表記されている事実と自分の記憶の中にある事実と。

 目にしていることが違っていると自分の自信が揺らぐ。

 瀧野瀬って母さんの父親の姓だけど僕がその瀧野瀬の姓になる可能性がないわけじゃない。けれど今更?って感じがして何が現実なのかさえも判らなくなった。

 ここで僕が寝ていることさえも。


 紫凰に話を聞かないと僕に何が起きたのかわからない。

 身体中が痛くて動きたくない。

 目を閉じるとまだ少し眠れそうだ。

 またそのまま知らない天井を見つめているとウトウトしてきた。


 どのくらいの時間が過ぎたのか、静かに扉が開く音がした。

 僕は少し目を開けて扉を見た。

 コツコツコツと病室内に足音が響いた。

 病室の窓にはカーテンで覆われていて薄暗かった。

 また少しウトウトしていたがほんの少し頭を動かした。

 その動作に気がついたみたいで足音の主は小走りで僕が寝ているベッドの側まで来た。


「……」

 何も話さずただ僕の側にいるだけだった。気配のした方へ目を向けると瑠維さんが立っていた。

 僕の顔を覗き込むように見た。


「…瑠維…さ…ん…?」

 悲しげに何となく儚げに微笑む瑠維さんだった。

 瑠維さんは少し安心したように僕の頬を撫でた。


「目が覚めたんだね…よかった…」

「あ…れ?…どうして…僕…ここ…に?…ここは?」

 身体中が痛い。声も小さい。

 痛みには人より慣れていたと思ったけれどこの痛さには我慢できずに僕は顔を顰めていた。


「…っ!?い…た…!」

 ほんの少し動こうとするだけでものすごく痛い。


「亜月君まだ動いちゃダメだよ。それに君は五日間も意識なかったんだから大人しく寝ていなさい」

 五日間も眠っていたからか、殴られたことの所為せいなのかまだ少しぼんやりしていた。

 言われていることは理解できるけど、その理解できるまでの速度がかなり遅かった。

 身体も動かせないし自分の身体なのに自分のものではないと何とも言えない感覚もある。


「今日は今はまだ朝の七時だからもう少し眠ってもいいよ。僕がずっと亜月君の側にいるから…何かあったら僕に言ってね」

「瑠維…さん…仕事…は?」

「僕のことは心配しないで。瀧野瀬のお祖父じい様が仕事を休みにしてくれたから大丈夫」

 瑠維さんはベッドの横に置いてあった折りたたみ椅子を広げて座った。

 僕は瑠維さんが椅子に座ったのを確認したらまたそのまま眠った。

 眠っているけど眠りが浅く瑠維さんが病室を出たり入ったりする音や椅子に座ってノートパソコンのキーボードを叩く音が静かすぎる病室に聞こえた。

 瑠維さん…仕事は休みだって言ったけど結局パソコン使用している。

 瑠維さんがキーボードを叩く音がリズムある音で僕は心地よさに微睡まどろんでいた。




 どのくらい時間が過ぎたのかはわからなかった。

 瑠維さんに言われて眠っていた僕が再び目を覚ますと泣きそうな顔で紫凰がベッドの横の椅子に座っていた。


「亜月っ!ごめん、大丈夫…なわけないか…でも本当ごめん!俺があの時亜月と一緒に帰らなかったから…。俺が一緒にいたら亜月がこんなことにならなかった…本当に…」

「それ以上謝らないで…。紫凰の所為せいじゃない…これ以上謝ったらそれこそ僕は許さない…から」

 紫凰は自信家できっぱりものを言う男なのに項垂れていた。


「でも…良かった!俺が犯人捕まえている間に亜月は気絶しちゃったから…俺も驚いて親父おやじにまで連絡しちゃったけど瑠維さんがすぐ来てくれたから…」

 紫凰は瑠維さんに僕が眠っていた五日間、側にいようとしたらしいが瑠維さんと父親のあきらさんの二人がかりで学校に行きなさいと顔面からの圧力をかけられ仕方なく学校へは行ってたのだという。

 ただ瑠維さんからはメールで僕の様子の報告をしてもらっていたということだ。

 それで今日の朝、瑠維さんからの報告で目を覚ましたことを知ったけどちゃんと学校に行って授業を受けて終わると同時に病院まで急いで来た…と。

 どんだけどこまで律儀な性格しているんだか…。

 真面目過ぎるのな…紫凰って。


「そう…だったんだ…心配させて…ごめんね。紫凰、ありがとう」

 僕は小さな声で呟いた。

 紫凰は黙って頷いた。

 紫凰の顔を見て安心した僕はまたウトウトしていた。

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