015. 酒と煙草 (視点:佐伯 瑠維)

 今日は亜月君の中学校の卒業式。

 保育園・小学校の時は亜月君の成長を見ることはなかなかでき中たけど、やっと仕事の都合もつけられて参加することができたのは嬉しかった。

 しかし気分よく卒業式が終わって高校入学まで楽しく過ごせると思っていたのに…。

 何だ?あのサル娘は?

 亜月君が側に近づいたタイミングを見計らって禿河とくがわ聖夜せいや清心きよこの腕に飛びつき絡みついたのを見て少しイラッとした。

 それにその行動は亜月君だけにしか分からいように不気味な笑顔を浮かべていた。


「それじゃぁ、亜月君の高校の入学式まで預かりますねー」

 僕は聖夜に分かるように亜月君を連れて行くことを言った。

 このバカが前回みたいに“誘拐”だとか騒ぐかもしれないと思ったからだ。

 でも結局俺が一言言えば清心きよこはともかく聖夜は黙らせることができる。


「何勝手なこと言ってんだ?佐伯!てめぇにコイツのことは関係ねぇだろ?!連れて行くのは許さんぞ!」

 本当にバカ?だよな…義務も果たさず金だけ搾取しているくせに…胸クソ悪い。


「亜月君の高校入学準備にかかる費用は全て自分でどうにかしろとあんたの女は言ったんだ。その準備を亜月君にさせないつもりですか?返しもしないで準備もさせないなんておかしな話だろ?」

 聖夜を睨んでついつい責めるような口調になってしまったがこのくらいキツく言っておかないと亜月君を高校に行かせない気でいるかもしれない。

 …おっと…あいつらの娘のクソガキじみた嫌がらせを見たらちょっとイラッとして子どもみたいな仕返しをしてしまったが…亜月君…あっ、やっぱり…?見られちゃった…よね…?


「今日は亜月君の卒業祝いでお祖母ばあ様も家で料理を作って待っているよ。楽しみだね」

 何とか誤魔化してみたけれど…。

 はぁ…それにしても聖夜には腹が立つ…てめぇの嫁とサル娘ぐらいは制御しとけっつうの…あぁ、タバコが吸イタイ…。


 僕は亜月君と一緒に瀧野瀬社長の元へ行く。

 三人で並んで駐車している車まで歩いていく。

 まずは瀧野瀬家へ帰ろう。





 瀧野瀬家へ戻るといつもの様にあきらさんとメイドたちが迎えてくれる。


「お帰りなさいませー」

 その声に亜月は照れながら部屋に向かったので僕は二階の自室へと向かった。

 二階にはもともと美桜の部屋があり、そこだけは時間が止まった空間で美桜の思い出が残されていた。

 別の部屋に亜月の部屋が用意される準備がされたが、美桜が交通事故で亡くなり亜月も足に大怪我を負い二階へ行くには負担が大きいということで一階に部屋が変更されその代わりに俺がその部屋の居候になった。

 半日ぶりに部屋に戻ったのでベランダに通じる窓を開けた。

 ベランダに出ると煙草に火を点けた。

 ベランダの柵に寄りかかり煙草をふかした。俺にとって煙草は単なるカッコつけのアイテムでイラついた時に心を落ち着かせるためだけの物だった。

 それも美桜が死んでしまってからはスッパリとやめた…はずだった。

 それを久しぶりに吸ってしまった。


 あれから十年以上…。あの男も女もクズになったよな…。

 もう少しでアイツらと決着をつけられるはず…あとちょっとだ…。

 いろいろなことを考えていたら周りの音が聞こえていない瑠維だった。


「る、瑠維さん…瑠維さんって煙草吸うんだ…。初めて見た…」

「あ、あぁ。亜月君…ちょっとだけ考え込んでいたら煙草吸いたくなっただけ。…ところで…亜月君どうしたの?僕の部屋まで…」

「あっ、そうだった。お祖母ばあ様が食事の用意ができましたって…」

 俺は亜月の言葉にニッコリ笑って灰皿に煙草をこすりつけ、部屋の執務机に置いた。その間もじっと俺の動作を見ている。


「亜月君…中学校卒業、そして高校合格おめでとう!」

 少し恥ずかしさがあった俺は二人きりになったこのタイミングで亜月にお祝いの言葉を伝えた。


「ありがとうございます…瑠維さん」

 美桜に似た仕草で美桜そっくりな顔で亜月が笑った。

 美桜そっくりの仕草に俺は思わず亜月に手を差し出してしまった。

 美桜のつもりでエスコートする気になっていた。


「瑠維さん、どうしたんですか?」

 亜月の言葉に俺自身が驚いた。


「ご、ごめん。美桜と見間違えてエスコートするつもりだった」

「あはは、瑠維さんが間違えるなんて珍しい」

「いやー、ぼーっと考え事してたから…それよりも皆待ってるから行こう」

 美桜に見えてしまったことに少し悪い気がして俺は誤魔化すようにリビングへ行くように促した。


 リビングから奥へ進むとダイニングルームですでに皆が席に座っていた。


「皆そろったな…それでは乾杯しよう。亜月、紫凰君も中学校卒業、それから高校合格おめでとう!」

 今までにない喜びだった。

 亜月とはなかなか会えず今日は久しぶりに皆でお祝いできたことが嬉しかったみたいだ。


「あっ、俺もワインで…」

「「「「「えっ?!」」」」」

「ははは、珍しいな。瑠維が酒飲むなんて」

「えぇ…まぁ。今日は亜月君と紫凰君の卒業と合格のお祝いですし…俺にとってもひと区切りですから」

「そう…だな…」

 ダイニングルームにいた全員の視線が亜月に向いた。


 美桜…君の小さかった大切な王子様は小さいながらもここまで育ってくれた。

 君がどれだけ亜月のことを愛していたかをこれからじっくり教えていこうと思っているよ。

 君に代わって俺が…。

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