010. それって虐待ですよね?!
中学生のはずなのに身長が小学校四年生程度ってどういうことかしら?
私には『
最初はわからなかったけれど彼と“姉”だという麗夏と同じクラスになった時、気を遣っているのか麗夏の視界に入らないように教室の隅に居るようになった。
もともと彼が弱いというわけではなかった。
彼自身は少し走り方が
あまり多くを語らない彼が他の運動は苦手だが水泳をやりたいから体育の授業は休みたくないんだと言った言葉は力強かった。
三者面談を何回か行ったが彼との面談には保護者は誰も来なかった。
姉である麗夏の面談には来るのに…。
「あの人は僕の母親ではないので僕の面談に姿を現すことはないです。あの人たちにとって僕という人間は“不必要”だから」
母親にすっぽかされた三度目の面談で彼はぽつりと言った。
冷淡に話す彼は何もかも悟ったという表情をした顔だった。
私は少し彼に対して“可哀想”と思ってしまったのかその微妙な顔が表面に出てしまっていたようだ。
「先生、そんな風な…可哀想な人と思わないでください。僕の母さんが死んで僕だけ生き残ったことにもしかすると何か意味があるのかもしれない。だから僕は生きている。僕は僕であの人たちのことは家族だと思わないようにしているので…
そういった彼を見つめて大きな溜息を
結局何度三者面談を行っても彼の面談時間には彼の両親は全く姿を見せることはなかった。
それなのに…。
彼が希望していた高校の願書を取り消して勝手に姉の麗夏と同じ高校に変更されていた。教師である私が言ってしまうのはいけないかもしれないが彼と麗夏の成績は比べものにならない。だから彼の志望校を変更したことには私も激怒した。
「保護者である私たちがあの子の選んだ高校は許可しませんから。必ず麗夏と同じ高校にしてくださいね」
そう言い放ち彼の保護者面をした彼女に呆れてしまった。
今までに自分の子どもが勉強できるって思っている親はたくさん目にしてきた。親の方が高望みして希望する高校を受験させるというパターンは数多くあったがここまで子どもを蔑ろにした保護者はいなかった。
再婚という形の家族はいくらでもある。
彼の言った通り彼にとって彼女たちは家族ではないのね…。
けれど“保護者だから”という彼女が正論で中学校のただ担任教師だというだけで関係ない私は深く入り込むことはできなかった。
そんな風にずっと彼のことを心配していると彼が授業中に倒れたと養護教諭から連絡がきた。私も彼に付き添って病院に向かった。
彼の家族への連絡は診察が終わってからした方がいいかもしれないと思った私は養護教諭と相談した。
病院での診察の結果を聞いた私は驚いた。
だって“栄養失調”だったから。
普通に毎日食事をしていればそれはほぼあり得ないことだ。中学生の中には外見を気にするようになる女の子が多くなるけどそれは女子生徒の話だ。
それって逆に午前中の授業への集中力を失くす原因だしダイエットを考えて朝抜きにしているかもしれないけどそれだって意味がない。
彼は男子生徒だ。一緒に暮らしているはずの『
彼の方が小さい。
これはどう見てもおかしい…、何かあるに違いない。
一人で考えていても判らない。養護教諭とも話した。
養護教諭も彼ら二人の体格差には一緒に育ってきた環境を考えてもおかしいと話してきた。
その話の中で私もいつか彼が面談で話したことを思い出した。
「あの人たちは僕の家族じゃない…」
私はぽつりと呟いた。
「えっ?何言ってるの…?」
養護教諭は驚いていた。
「あっ、いいえ。前に『
「もしかしたら彼は“虐待”を受けているの?」
この二文字が浮かんでしまったらなかなか消し去れなかった。
私達は顔を見合せたまま動けなくなっていた。
“児童相談所”か“警察”のどちらかに通報することも考えたがもし間違っていたらどうしよう…。
そんなことを考えていたけれどここは“学校”なのだから“学校”として保護者だと言い張る彼女の言い訳を聞こうと思う。
そう思って養護教諭と二人で彼の保護者をなんとか学校に呼び出した。
彼の保護者だというわりに『禿河亜月』の名前を出すだけで電話で約束を取り付けても日時を守ってくれないのはもう分かっている。
騙すような話し方になるが『禿河麗夏』のことと言って呼び出すことにした。
『麗夏』の名前を出したことでやっと呼び出しに応じたので早速と『亜月』の話を始めると彼の母親は露骨に嫌な顔をしてきた。彼女のあからさまな表情を見てしまった私は大きな溜息を
この人には何を言っても無駄だ。
こうなったら言いたいことを彼女に思いっきり言ってやろうと思う。
「あなたが亜月君にやっていることって“虐待”ですよね?!」
一瞬ギクリとなった彼女の顔を私たちは見逃さなかった。
「な、な、何を言ってるのですか?」
しおらしく言ってくる彼女に興冷めした。
麗夏の『弟・亜月』に対する学校での様子を細かく話した。
教室にいる時は特にわかりやすい態度だからよく見られた。それに加えて先日の彼が倒れた時の病院の診断が“栄養失調”だと伝えると母親は突然私たちに謝りだした。
「謝罪は私たちにすることではなく亜月君本人にするべきことですよね?!」
母親は涙を流して謝罪してくるけどそれ、彼を目の前にしてちゃんと謝ってほしいよね…たぶん…この人は言わないだろうけど…。
「これ以上彼に対してまた同じことを繰り返すのであれば“児童相談所”か“警察”に連絡・相談しますから」
彼女にそう釘を刺した。これで果たしてどこまで彼女が彼に対して母親らしい姿を見せて欲しいと願い、きついことを言った。
そう思っていたけれど彼が中学を卒業するまで彼に対する態度が改善されることはなかった。結局あれ以来、表に露見するような行動がなくなったためただの教師でしかない私にはどうすることもできなかった。
私が教師となってから『
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