銀河の果てからの、ただいま
葛城2号
プロローグ
プロローグ
人類には知る由もないことだが、宇宙には、人類種族の総力を結集しても手も足も出ない、神々のような『力』を持った種族が大勢いる。
その『力』は正しく神々の仕業に等しく、強大の一言。星を作り、命を自由自在に生み出し、銀河から銀河へと気ままに移動することを可能としていた。
そんな宇宙には、そんな強大な『力』を持った種族たちだけが加盟している、『種族連盟』と呼ばれる、宇宙の法律として君臨する者たちがいた。
……さて、その種族連盟だが、その加盟している種族の総数、ぶっちゃけ数えきれないぐらいにある。多過ぎて、種族として大まかにカウントしてもなお、それだけある。
では、種族ではなく、その総数……正直、分からない。確かなのは、人類の総数など鼻で嗤われるぐらいの数がいて、そういう強大な力を持った種族がこれでもかといるということであった。
……どれぐらい強大かって、まあ、そうだな。
人類の物資を集めに集めて用意した、出来うる限り大量かつ高威力の戦術核を叩き込んで(もちろん、全て直撃で)も、向こうにはダメージ一つ与えられないというぐらいに強大で。
逆に、向こうからすればフッと鼻息一つで完全壊滅してしまう弱小種族であり、ちょいと手を振るだけで宇宙の塵になってしまう……それが人類であるというぐらいだろうか。
……とまあ、前置きはこれぐらいにしよう。
その種族連盟だが、これまた人類には知る由もないことだが……実は、人類が人類として大地にその存在を知らしめるよりも、遠い昔。
連盟を起ち上げた『白銀の種族』と呼ばれる者を始めとした上位者たちが提案して広め、今日に渡っても未だに人気を維持しているゲーム……通称、『お遊び』と呼ばれるゲームがある。
その中身は……連盟に加入できない弱小種族の一個体を『駒(ボナジェ)』として連れてきて、代理の殺し合いをさせて、その勝敗を予想する……という代物であった。
……何故、そんな恐ろしいゲームが人気なのか。
それは、下手にやり合えば星々……いや、銀河レベル……いやいや宇宙規模での崩壊を招くだけでなく、場合によっては宇宙そのものを破棄しかねない連盟種族の強大過ぎる力が原因であった。
――ぶっちゃけてしまえば、連盟種族はその強大過ぎる『力』のせいで、迂闊に身動きが取れないのである。
念の為に言っておくが、動いたらモノが壊れるとかそういう話ではない。身動きが取れないといのは、下手に何かをすると他種族を無用に警戒させてしまうという意味での、身動きが取れないという意味だ。
例えるなら、連盟種族は屈強な大人で、宇宙は小さなビニールプールで、そこにプカプカと浮かぶピンポン玉という名の弱小種族を想像してみよう。
連盟種族は別に何か悪さをするつもりはない。
また、不必要に荒立てるつもりもない。
だが、彼らにとってはそのつもりはなくとも、彼らが動けばプールの水面に波紋が広がる。考えずに動けば水面は溢れ、場合によってはプールから零れてしまう。
それと同じで、彼らがちょっと苛立って何かを攻撃するという行為は、星々を粉々にし、種族そのものを絶滅させ、銀河を滅茶苦茶にしてしまうというレベルなのである。
もちろん、彼らには悪気はない。
連盟種族の彼らからすれば、星が壊れたなら直せば良いし、絶滅するのは弱いからだし、銀河も彼らからすれば荒れた庭先を耕して直すようなもの……その程度でしかない。
何せ、彼らは銀河と銀河の間を自由気ままに行き来出来るだけあって、その存在は人知を超えている。
繁殖だってそれ用の個体を幾らでも作り出せるし、そもそも雄雌の区別すらないし、だいたい繁殖せずとも増えることだって可能だし、桁外れに長い寿命を持つやつだっていっぱいいる。
ていうか肉体そのものが彼らにとっては無意味な代物だし、資源なんて言葉は彼らにとっては死語で、ぶっちゃけブラックホールの中でも平気な種族(これはさすがに連盟上位に限られるが)も幾らかいる。
星が壊れたなら作りなおせば良いし、死んだら保存していたデータ(いわゆる、魂)をコピーすればいいし、というかそもそも彼らの一部は死という概念すら超越してしまって……いるわけで。
そんな者たちにとっては、だ。何よりも恐れるのは、外敵ではなく……ただひたすらに続く退屈であった。
何故なら、生物が絶対的に恐れる『死』すら超越した彼らにとって、もはや生存する理由など何一つないわけである。文字通り、思いつく限りはだいたい叶うだけの『力』を有しているのだから。
それ故に、連盟種族の頂点である『白銀の種族』を始めとした連盟上位の種族たちは、考えた。
――より面白く暇を潰すには、何をすればよいのか、と。
兎にも角にも、望んだ分だけ全てを手に出来るせいで、彼らは退屈を持て余していた。叶わない願いを見つけ出すのが難しいからこそ、上位種族たちは生きる目的を失っていた。
それは、真綿で首を絞めるかのような、じわりじわりと効いてくる毒だ。頂点の『白銀の種族』は違ったらしいが、それ以下の種族はみな……退屈に飽き飽きしていた。
だからこそ……彼らはのめり込んだ。代理で殺し合いをさせる『お遊び』に。
一度手を離れれば、後は勝手に決着が付く。そこに、彼らの手は入らない。入るのは、『お遊び』を始める前。駒である『ボナジェ』のチューニングをどうするか……ただ、それだけ。
それだけしか出来ないからこそ、彼らにはウケた。
全てを自由に叶えられるからこそ、叶えられない不自由が新鮮であった。勝とうが負けようが、その結果へと如何様な経緯を経て辿り着くのか……ただ、それを楽しみに彼らは『お遊び』に夢中になった。
上位種族がハマればそれはその下の種族に回り、そこからさらに下の種族へと広がり、そこからさらに……ネズミ算で増え続けた『お遊び』参加への表明を果たした種族は、100年が経つ頃には……まあ、天文学的数字に膨れ上がっていた。
だから、ルールが制定された。
何せ、無数に存在する弱小種族とはいえ、有限である。次から次へと『ボナジェ』にしてしまえば、最後に待っているのは連盟種族以外の絶滅である。
それは、連盟種族たちも嫌だった。
何一つ手を加えていないやつを『ボナジェ』に改造&調整するからこそ楽しいのであって、作り出した『ボナジェ』を使うのは面白みに欠けるというか、本末転倒もいいところなのだ。
なので、制定されたルールは速やかに受け入れられた。
それまで、無秩序に弱小種族を集めては『ボナジェ』にしていた連盟種族たちは、そのルールに従って『お遊び』を行うようにした。結果、弱小種族たちは絶滅の危機を免れた……という話を、だ。
『――とまあ、これが私たちの歴史であって、ちきゆゆ……ちくゆう……ちきゅうじんである君が、今そうなっている理由だが……理解出来たかね?』
「……不本意ではあるが、納得しました。しかし、何故それを今になって、『お遊び』を15回も終えた後で教えたのですか?」
『――いや、ほら、そういえば話していなかったかなって。途中で壊れちゃったら教えた意味がないし、生き延びたらでいいかなって思って……』
「……そうならないように、改造したのでは? というか、わざわざ男から女に……それも、全身を機械に変えたうえで雌ベースに改造した意味は、いったいなんなのですか?」
『――え、だって地球人の雄って雌と比べて長生きしないでしょ。雌に改造したらちょっとはマシになるかなって思ったけど、いやあ、良かった良かった、最後まで壊れなくて』
「……貴方様の、地球人に対する認識はいったいどうなっているのですか?」
『――物凄く小さくて、物凄く脆くて、物凄くプライドが高くて、物凄く……か弱い種族かな?』
「……納得しました。ところで、さりげなく自分の『ボナジェ』に対する認識が悪いような気がするのですが……」
『え、褒めているんだよ。弱ければ弱い程、逆転した時が楽しいし、ちゃっちゃと負けちゃうのもそれはそれで楽しいし、いやあ……これまでの15戦は、本当に楽しかった』
「……はっ倒したい気持ちがいっぱいですが、どう足掻いても叶わないのでやめます」
宇宙歴……なんてものがあるのかを、私は知らないが、まあおそらくはあるだろうと思われる、宇宙歴……むにゃむにゃ年。
その日、何時ものように戦闘への準備を終えた私を他所に、突然、何時もの『お遊び』ではなく、『話がある』として案内された場所。
とある連盟種族が寝床としている宇宙船の一室にて、その連盟種族より私の身に降りかかった諸々の経緯を説明された私は……言葉通り、不本意ながら納得するしかなかった。
そこは、何と言い表せればいいのか……全てが真っ白な空間であった。
椅子も無ければ机も無い。テレビも無ければ電灯も無い。ガラスも無ければコンクリートも無い。なのに、室内は明るく、足場は埃一つ無い滑らかな白色で……その室内の中央に、私は立っていた。
その私の姿だが……まあ、見たままをそのままに言い表すのであれば、首から上は人間の雌で、首から下は人型フォルムの機械なボディという感じである。
筋肉のスジが外からでも見える剥き出しの黒肌に沿うように装着された、白色ラバーを思わせるコーティングプロテクター。
胸部には、体内を循環して様々な衝撃などを緩和、あるいは補助的な役割を果たす、超流動性金属を二つ搭載している。
手足の球体関節は隠されて見えず、両手と腹部と臀部には分かり難いが武装も装備されている。
ちなみに、両足にはローラーが装着されている。というか、足と一体化している。ぶっちゃけ、このローラーに関しては移動が滅茶苦茶楽だから嬉しい部分ではある。
……そんなロボットボディな私の前には、巨大な……という言い方が当てはまるかは分からないが、とにかく巨大なタコがふわふわと空中を漂っていた。
そのタコこそが、地球にてフリーターをやっていたかつての『俺』を、有無を言わさず地球からさらって移植&改造を施し、今の私である『ボナジェ』にした張本人(人ではないから、張本人という言い方は少し違う)である。
私が改造されて……時間の流れは知らないが、15戦。
事情も事態も呑み込めないままに『お遊び』に投入され、これまで15戦にも渡って死闘を繰り広げさせられ……それを何の罪悪感もなく行った、今の私の創造主であった。
……創造主(いちおう、今の私の身体を用意したやつなので)という言い方も最初は違和感を覚えたが、今ではそこまでではない。
しかしながら、それはこのタコに対して敬意を抱いているかといえば、そうでもない。というか、嫌悪感しか覚えていないが、それでもなお私が従うには理由猗がある。
まあ、理由は単純だ。ぶっちゃけてしまえば、『かつての俺』が『今の私』として目覚めて、その姿を認識した、その瞬間。
――あ、絶対に逆らっちゃ駄目な相手だ。
と、思ったわけだ。何というか、遺伝子レベル(もう、今の私の身体に遺伝子なるものはないけれど)で、こいつらにはどう足掻いても勝てないって理解してしまったのだ。
おそらく、それが連盟種族というやつなのだろう。
フィクション等にある、『見ただけで精神に異常をきたす』というのは、こういう存在を前にした時に時に起こるのだろうと、瞬時に思い知らされてしまった。
おかげで、創造主から衝撃的な暴露話をされてもなお、パニックを起こさずこうして平静でいられるのは、その時の事で耐性が出来たのだと……いや、まあ、我ながら思う面はある。
けれども、反抗心だとか何だとか、アレはまだ勝てる見込みや希望が持てるからやれるのだということを思い知ったのも、その時で。
ぶっちゃけ、嫌悪感は恐怖の裏返しであって。指先一つで粉砕できる相手との会話は……正直、ストレスが溜まって仕方が……違う、話を戻そう。
「……それで、結局のところ私をどうしたいのですか?」
『――あ、うん、それが本題でね。実はこの『お遊び』なんだけど、一体の『ボナジェ』が参加出来るのは最大15回までと規定があってね』
「はあ、そうなの――えっ?」
思わず、私は返事を詰まらせた。
いや、待て、ちょっと待て。15回って、前回で私はちょうど15戦目だ。だから、今後は『ボナジェ』として戦う必要が無くなる……?
――血の気など無いけど、サーッと血の気が引いていく感覚がした。
いや、だって考えてもみてほしい。このタコ、見た目はタコみたいな感じだけど、その中身は人類なんて鼻で嗤うぐらいの凄まじい科学力を持った色々と凄い種族なのだ。
当然、身の回りの世話なんて仕事は、それ用のロボットやら何やらがある。私が500年掛けて技術の研鑽に勤めても及ばない腕前を披露する、超高性能なやつが掃いて捨てるほどある。
加えて、こいつら純粋な戦闘能力もヤバい。見た目はタコなのに、戦闘力がタコじゃない。タコの形をした、何か名状しがたきタコだ。
このタコたちがどれぐらいヤバいかって、戦闘用に改造された今の私ですら、体表を傷つけることすら出来ないぐらいにヤバい。
触手の一本から出されたレーザーで星ひとつ消し飛ばしたのは……止めよう、思い出したくもない。
「……もしかして、廃棄処分ですか?」
とりあえず、真っ先に知っておかなければならない懸念事項について尋ねてみる。
何故なら、こいつら連盟種族は『ボナジェ』に対して『処遇』なんて考えは欠片もない。(それに限らず、連盟に加入できない種族に対しても大概だけれども)
実際、15戦を終えるまでの私の日々は誇張無しで『あ、今の私はガチで道具なんだな』というのを徹底的に思わされる扱いだったのだ。
戦闘開始→終了(四肢欠損当たり前)→修理&修繕(場合によっては改造処置)→次の『お遊び』まで機能停止(その間、頭脳に直接データを流し込む)→戦闘開始。
これが、15戦を終えるまで繰り返された。
ぶっちゃけ、外部から強制的に精神安定処置されていなかったら発狂してもおかしく……うん、自分でもおかしいと率直に思った。
『――廃棄処分にはしないよ。規定で、役目を終えた『ボナジェ』は自身が望む願いを一定値まで叶えたうえで、自身に管理権が移るようになっている』
「つまり……熔解炉行きは無し?」
『――しないよ、そんなの。君はもう15回戦ったから、その時点でお役御免なんだよね。だから後は、規定に従って君が自身の処遇を決める必要があるわけだ』
「……つまり?」
『――質や量にもよるけど、一定値に達するまで要望は極力叶えて放逐するから、思いつく限りの要望を出してねってこと』
「……よしっ」
思わず、ガッツポーズが出た。
いちおうは主(タコの話が本当ならば、既に主ではないらしい)の前だからとも思ったが、何だかんだの付き合い……言う程あったか……無いな。
まあ、幸いにもというべきか、何というべきか。
こうしてまともに話をしたのは初めてだが、何となく私は眼前のタコの性格というものを掴めていた。
はっきり言えば、眼前のタコは私に興味が無いのだ。
有ったのは、『お遊び』に勝てるか否か、楽しませてくれるか否か、どれだけ長持ちしてくれるか、その三つだ。
それ以外に、タコは私に対して何の関心も抱いていない。
例えるなら、タコからすれば、私の言動や態度なんぞ、アリがカチャカチャ手元を動かしている程度の感覚であり、次の瞬間には忘れているぐらいの些細な事でしかないわけだ。
――その証拠に、私は眼前のタコの名を知らない。
おそらく、このタコも私の名前すら把握していない。いや、把握というよりは、名前が有るのかどうかすら、そもそも改造する前はどんな生き物だったのかすらも考えていないのだろう。
……私の方も知りたいとは特に思わなかったので、あえてその事には触れないようにした。
『――それで、君はどうしたいの?』
「とりあえず、元の人間に戻してください」
そう尋ねられたので、私は率直に要望を出した。
正直、この身体には欠片の未練もない。と、同時に、以前の身体にも、実の所そこまで未練もない。
それでも元の身体を望むのは、今のこの身体が好きではないからだ。長い悪夢だと思って忘れたいと思ったからこその、要望であった。
『――あ、ごめん、それは無理』
だが、初っ端から却下されるとは思わなかった。一瞬、聞き間違いかと思わず首を傾げれば、『――元に戻せないから、無理』はっきりと拒否された
これに、私は納得出来なかった。
何故なら、このタコは連盟種族だ。その『力』の一端にしか触れていない私ですら、こいつらの存在そのものが反則的なアレで逆らってはいけない絶対的な存在であるのだけは分かっている。
何せ、星ひとつを鼻歌混じりに作り出すような化け物だ。
実際、こいつらが(――いけね、やっちまったぜ)みたいな軽い感じで壊した星を治しているのを目に……というか、こんな身体にしたのに元に戻せないとは、いったいどういう事なのだろうか。
『――人間の身体って脆弱過ぎて、精製出来ないんだよね』
そう思って尋ねてみれば、返事がソレであった。「……そ、そんな理由なのですか?」思わず、白い目を向けてしまうのを私は抑えられなかった。
『――いや、本当に脆弱なんだもの。たかだか体温が40℃を超えただけで生命維持に支障をきたすって、もうどうやって生きているのか不思議なぐらいなんだよね』
「……連盟種族の貴方様たちの基準で考えないでください。宇宙規模で考えても、ブラックホールの中に別荘を作れる種族がどれだけいると思っているのですか」
『――それを差し引いても、やっぱり脆弱だよ。それで話を戻すけど、元の身体には戻せないかわりに、似たような身体は作れるけど、それでいいかな?』
「……似たような?」
何だろうか、サラッと流れたその言葉に、物凄く嫌な予感を覚える。
だって、連盟種族の言う『似たような』の範囲って、ちょっと頭おかしくなるレベルで幅広いから……正直、尋ねられても即答できないから判断に困る。
『――うん、だいたいは……ところで、人間って三十個ぐらいにバラバラにされても再生して復活出来るよね? ていうか、それぐらい出来て当然だよね?』
「……だから、微粒子から刹那の時間で即座に数億体にまで再生と分裂を果たす貴方様たちの基準で考えないでくださいと……!」
『――でも、これ以下の脆弱な個体は……ちょっと、大脳が3つに手足が12本とかでもいいかな?』
「……止めましょう、この話はこれ以上続けてもお互いに不毛に終わる気がしてなりません」
だから、どれぐらい似ているのかと恐る恐る尋ねてみれば、案の定だった。これは、アレだ。完全に元の姿に戻るのは諦める他あるまい。
というか、それ以前に『人の形』になれるのかどうかすら、この様子だと怪しい。何せ、手足と大脳の数を、ちょっと、で捉えているような感覚だ。
先ほどの発言から、嫌という程に思い知らされて。元の姿に戻るかどうかもそうだが、下手にこのタコの基準に合わせると碌な結果にはならないだろう。
(……いや、しかし、かといって他に何かをしてほしいっていうのも、無いんだよなあ……)
ならばと思って考えてみるが……悲しい事に、元の身体に戻れないと分かった今、コレといった望みが私の中にはなかった。
もしかしたら、改造される前。人間の雄(つまり、男だ)であった時ならば幾つか思いついたかもしれないが……今の私には分からなかった。
何故なら、今の私は『ボナジェ』である。
『お遊び』の為に改造され用意された、元人間。強いて分かりやすい名を付けるのであれば、戦闘用アンドロイド……それが今の私だ。
いちおう、人間だった時の記憶はある。『尾原太吉(おはら・たきち)』という、この身体になる前の、『人間の雄だった頃の記憶』が、だ。
しかし、あるだけだ。尾原大吉という名の男は、良くも悪くも平々凡々な個体だった……それが、正直な感想である。
今の私にとって、『尾原大吉』というデータは、数多に内蔵されたデータの内の一つでしかない。もちろん、今の私を形作る自我を形成する一つにはなっているが、あくまで一つだ。
生体の大脳より取り出した記憶データを、特注の頭脳にインプットして保存してある……感覚としては、それが一番近しいのかもしれない。
改造される前の生体パーツが一つでも残っていたのならば、もう少し違う感覚を覚えたのかもしれないが……あ、そうだ。
「……では、私が元々住んでいた星に戻していただけることは可能でしょうか?」
特にしてほしいことが思い浮かばないのであれば、最後に故郷(という言い方はしているが、実感は薄い)の大地を踏みしめておこうと私は思った。
自分で言うのも何だが、この身体だ。危険視されるだろうから、人間たちと一緒に生活するのは無理だろう。
特に、以前の私、『尾原太吉』であった頃のように生活することが困難なのは考えるまでもない。いや、考えてみれば元に戻ったところで……いや、止そう。
――頭脳ユニットより走った痺れに、私は首を横に振る。そうすると、痺れが取れた。
それから……改めて地球への帰還について尋ねれば、『――あ、それなら大丈夫だよ』あっさり色良い返事が貰えた。
『――他には何かある?』
「……何か、とは?」
『――その願い一つだけでは、一定量に達しないんだよね。他にも幾つか願い事してくれないと、規定違反になっちゃう』
「……ちなみに、今の願いで、だいたい?」
『――う~ん、おおよそ1%ぐらいかな』
「……銀河を幾つも隔てた先の辺境にある私の故郷への帰還が、たった1%ですか、そうですか」
記憶にある人類の科学力ならば、ここに来るだけで何百億年かかるのやら……しかし、困った。これ以上、叶えてほしいことなどないのだが。
『――他に思いつかないなら、とりあえず『宇宙翻訳機(オールマイティ)』と、最新式の『物質転換装置(オメガチェンジ)』を持っていってはどうかな? 有ると色々と便利だと思うよ』
「……宇宙翻訳機(オールマイティ)は分かるのですが、物質転換装置(オメガチェンジ)……ですか?」
タコの口(口が有るのかはさておき)から発せられたソレに、私は思わず目を瞬かせた。
何故なら、物質とは名が付いているものの、それは『物質を異なる物質に変化させる』という冗談のような代物であり、連盟種族である眼前のタコたちが日常的に使っている装置であるからだ。
連盟種族たちが日常的に使う装置というのは、それだけ便利で優れていることの証明でもある。大抵のことが自前で出来るこのタコたちの一人一台(?)……まあ、確かに凄いのは分かる。
何せ、物質転換装置は、本当に物質を全く別の物質に変えてしまう。
元素を操作して物質を形作るのではなく、元素そのものを新たに生み出し、あるいはこの世界から消失させる。例えるなら、水を黄金に作り変え、黄金をリンゴに変えるような……まあ、とにかく凄い装置なのだ。
けれども、私としては見慣れ過ぎてありがたみが薄いというか、何というか。
思い返せば、最新式については以前の『お遊び』の前に耳にした覚えがある。従来のモノよりも高性能かつ小型化に成功しただけでなく、耐久性においても向上したやつだが……ふむ。
……欲しいモノなど無いし、ちょうど良いか。
ていうか、考え出したら何が良いか分からなくなるし……そう思いつつ快諾すれば、『――あとは、航行用バックアップも付ければピッタリ一定値』おまけと言わんばかりにタコがそう言った。
……物質転換装置一つで、どれぐらいになったのだろうか。
ふと、そこが気になった。
しかし、『――じゃあ、取り付けるから』促された私は思考を切り上げ、タコに背中を……正確には後頭部を向けた。
――それから、間を置いた途端。
ぱかん、と後頭部が開かれる感覚が――開放確認――自動迎撃モード――停止――機密保護の為の――停止――インストール開始――スキャン開始――異常なし――起動――起動確認――装着確認――した。
ハッと我に返った時にはもう、タコは私の背後から離れていた。
反射的に後頭部に手を当てれば、感じ取れるのは放熱兼感知用の頭髪型センサーの感触のみ。どうやら……何時ものように、一時的な機能停止になっていたようだ。
……こればかりは、何度やられても慣れそうにない。というか、頭部を開けられる状況に慣れるなんて、あるのだろうか。
生物に例えたら、見た目通り大脳に電極をぶっ刺されたような……止めよう、考えるだけ無駄だ。
そう思考を切り上げた私は……ふと、視界の端に……というか、視界フレームの隅に表示された、見慣れぬ文字列に意識が向く。
途端、私の中にインストールされた機能が私の中を駆け巡って……なるほど、物質転換装置の使い方(マニュアル)か。
『――後は、色々なマニュアルを適当に入れて微調整して……それじゃあ、今までありがとう、けっこう楽しめたよ』
このタコがいるうちにマニュアルを確認しておくべきだろう。
そう思ってマニュアルを開いた途端、当のタコは一方的にそう告げ――気づけば、私は星々が煌めく宇宙空間を漂っていた。
……。
……。
…………は?
一瞬、状況が理解出来なかった。幸いにも私は宇宙空間においても平気な身体だから大丈夫だったが……困惑しつつも姿勢制御を終えた私は……そこで初めて、眼下に広がる青い星に目を向けた。
……。
……。
…………どう見ても、地球であった。
一瞬、似ているだけの別の星かと思ったが、傍に見える銀色の衛星……『月』の存在と、少しばかり離れた所にある恒星(あれは、太陽か?)の存在によって、眼下の星が『地球』であることが確定してしまった。
……。
……。
…………いや、戻してくれとはいったけど。
もうちょっと、風情というか、心構えというか……まあ、今更か。連盟種族にそれを期待するのは無駄ってことなのだろう。
とりあえず、先ほどからちょっとずつ地球に引き寄せられているのを感じ取った私は、傍の月へと向かう――っと、危ない。
(……確か、人工衛星……だったか?)
意識が逸れていたせいで、接近に気付くのが遅れた。
眼前を通り過ぎる金属で構成された物体の名称を、かつての記憶データから引っ張り出しながら……ふと、観察を続ける。
私が……これまで見てきた連盟種族たちのモノとは違い、非常に無駄が多く材質も脆いモノばかりが使用されている。そっと触れてみれば、思いの外柔らかそうだ。
おそらく……いや、間違いない。この金属の人工物が、地球では主流なのだろう。あるいは、星の外へ射出する為にこの材質以外では無理……といったところか。
以前の私の、『尾原太吉』のデータからは、『鉄』ではないかと推測が出たが……残念ながら、『尾原太吉』のデータには専門的な知識が不足し過ぎている。
何せ、『尾原太吉』は平々凡々だ。可能性の一つとして考慮するのはいいが、その信憑性は常に疑うべき……かつての自分を疑うというのも皮肉な話だが……ふむ。
――とりあえず、コレはもういいだろう。
一通り調べ終わったので、衛星から離れ……そうしてから、改めて辺りを見回す。
少しばかり確認した限りでも……相当数の浮遊物が確認出来る。
これは宇宙空間を流れる漂流物ではなく……形状や材質から見て、地球から排出されたモノとみて、間違いないだろう。
ただ、それよりも……気になるのは、それらを放置したままにしている点だ。
それらの漂流物が、先ほどの人工衛星の脅威になるのは考えるまでもない。漂流物の軌道を計算して放置しているのか、それとも回収できないから仕方なく放置せざるを得ないのか。
……衛星の状態や質から考えて、後者の可能性が高い。
そこから考えて……どうやら、私が改造される前の頃と、そこまで文明に変化はないようだ。
まあ、『尾原太吉』から『ボナジェ』となって、今に至るまで……地球の時間においては、そこまで経ってはいないと思われる。
考えるだけで頭おかしくなりそうな連盟種族たちならいざ知らず、普通はそこまで技術は革新的には進まない。一歩ずつ、失敗を重ねながら進歩してゆくのが当たり前なのだ。
……というか、だ。
そんなにあっさり劇的に成長していたら、それはもう連盟種族だ。あいつらの何が恐ろしいって、兎にも角にもその進化の速さが……まあいいか。
(……とりあえず、月に降りるか)
ひとまず、太陽光を受けて白銀色に輝く月へと降り立った私は……さて、と辺りを見回し。
(……来たはいいが、このまま地球に降り立つわけにもいかないし……何をしたらいいのだろうか?)
まずは、途方に暮れることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます