竜は如何に焔を吐く

奥久慈 しゃも

竜は如何に焔を吐く

 かつて、私の頭を撫でてくれた、彼女の手の暖かさを今も忘れない。


 それは、地図にすら載らない、ただの花畑。


 風に舞い上がる花弁の中で垣間見る。君の顔はどこか寂しそうで、どこか朗らかだった。






「君はどうしてそんな顔をしているんだい?」


 それは、気まぐれだった。


 僕が声を掛けた時、君はとても驚いた顔をしていたね。


 それでも、君は逃げずに、僕の話し相手になってくれた。


「私の表情は貴方にはどう映ったのかしら?」


 僕は正直に答えた。


 どこか切なそうで、どこか暖かいものを感じたこと。けれども、今の君はとてもやさしい顔をしていること。


「それは貴方とお話しているからかもしれないわ」


 手で口を隠して笑う仕草に、僕はなんだか照れ臭くなった。今思えば、あの瞬間から僕は君に焦がれていたのかもしれない。


 それから、夕陽が影の色を濃くするまで僕らはずっと話し続けた。


「もうこんな時間になってしまいました。もう帰らないと叱られてしまうわ」


「……また会えるかな?」


 僕は彼女との再会を切に願った。それを聞いた君はとても切なそうな表情をしたと思ったら、それは一瞬の出来事で、君はこれまでの優しい微笑みを僕に向けた。


「本当なら、もう二度と会うことは無かったでしょう。でも、貴方とお話ししている中で、私もまた会いたいと願ってしまった」


 その時、君は僕の頭を撫でた。それが最初で最後の君のぬくもり。


「これは貴方にとって呪いになってしまうかもしれないけれど……」


 彼女はその時、一筋の涙を流して言った。


「……またお会いましょう」


 僕は涙の理由がよくわからないまま、彼女とそれ以来会うことは無かった。






 あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。私の身体は昔と比べて、ずいぶんと逞しくなった。


 背中の両翼は、君を背中に乗せてどこまでも遠くへ連れて行けるくらいに大きくなった。


 牙も爪も、太くなった尻尾は君を守るためならどんな敵も薙ぎ払ってみせる。


 そして、君があの時に流した一粒の涙の理由も最近になって理解した。


 森の動物たちが教えてくれた。幽閉された姫君が望まぬ婚姻を結ばれそうになっていること。


 君はやっぱり優しい女の子だ。


「確かに、君の言った通りなのかもしれない」


 それでも、私は君を迎えに行こう。


「でも、君は決して間違ってはいない」


 だから、私は君以外の全てを悲しませたとしても構わない。


「君の笑顔を……また見せてほしいから」


 なぜなら、私はとても欲張りなドラゴンなのだから。

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