大樹の話(仮)

もなか

第1話 空中帝国①


「私たちヒトはとても高尚な生物です。他の生物とは違い理性を持つことができます。そう、我々は他人を肉欲をなくしても他人を愛することができるのです。神は我々の崇高な意思を汲み種を与えてくれた。我らは他者を愛し神に祈り種をもらい子をなすのです。 ただ男女の体の繋がりによって子をなすことは動物のすることです。」


そうか、今日は「祈りの日」だったけ。と治史は神父の甲高い声を右耳で聞きながら自転車をこいだ。坂の上から転がり落ちるように自転車を走らせ坂の終わりを急ブレーキをかけながら右に曲がる。花のマークの看板が玄関の上にかけられている。店内のバケツの中には色とりどりの花が入れられていた。

「むーちゃん!学校行こおー!」

店内に走りこんで出来る限りの大声で叫ぶと奥からエプロンをきた女性が現れた。

「あら?なおちゃん。今日は早いわね」

女性が言うと治史は息の上がったままこくこくと頷いた。

「うん!皐月おばさん、むーちゃんは??」 「弥生と葉月とご飯食べてるわよ。ちょっとまってね」

皐月は店の奥に消え、そこから

「睦月ー」

という声が聞こえた。


ここ、第2帝国は宗教と魔法で発展した豊かな空中都市国家である。ほとんどの市民は空に広がる都市部に住んでおり中央には協会と大樹がある。 地上の地区はスラムになっているらしいが治史はいったことがないのでわからなかった。 第2帝国にすむもののほとんどの市民はこの幸せな都市で生まれ育ち恋をして子をなし死ぬ。 他の都市を見たことがあるものはほぼいなかった。

先ほど下った坂を今度は上っていく。坂はすべて人工的に作られたものだ。治史は長身だ。それほどがっちりはしていないが極端な長身のせいで十分威圧を感じさせられる。しかしいつもびくびくしているため常に眉がハの字になっている。 対して、睦月は小柄で真ん丸な瞳がキョロキョロと動きながら表情が変わる。 治史は睦月と目線が合うよう少しの間立ち止まった後に名前を呼んだ。

「むーちゃん」

睦月はめんどくさそうに治史の方を振り返った。

「何??」

「ねえ、むーちゃん。俺やっぱりむーちゃんのこと好きだよ」

治史が泣きそうな顔をして言うと、睦月はため息を一つついた。

「だから、この間も言っただろ。それはお前の気のせいだ。ナオは男友達がいないから唯一、男友達の俺を好きだと勘違いしてんだよ」

心底嫌そうな顔をした睦月が治史の瞳に写りこむ。

「違うもん!だって俺、ずっとむーちゃんのことっ!」

喉の奥が傷んだ。

「俺はナオのこと友達としか思えない」

睦月はめんどくさそうにそれだけ言うと坂を登って行ってしまった。

背中が遠ざかって行くのを見て、急に子供の頃の情景が浮かんだ。小さい頃から身長が高かったため男女問わずいじめられていた。睦月はその度に治史のもとに飛んできて助けてくれた。だから、 『俺、おっきくなったらむーちゃんと結婚する!』 助けてくれて泣いてる自分の頭を背伸びをして撫でてくれた睦月にそう言った。あの時彼は確かに笑ってくれて・・・・

「う・・・・・うわーーーーん」

いつから彼は自分に向かってきつい言葉をかけるようになったんだろう・・・何で嫌われてしまったんだろう・・・・・。そう考えるとどんどん涙が出てきた。 そのまま座り込んで泣いていると急に腕が引っ張られた。

「あーもう!泣いてないでいくぞ!」

「ひっく・・・・嫌いにならないで・・・」 治史が嗚咽を漏らしながら呟くと睦月は苦笑いをしながら治史のおでこに凸ピンをした。そのまま腕を引っ張りながら小声で 「嫌いとはいってねえだろ」 と呟いた。



第2帝国には公立学校がある。市民のぼとんどの子供はそこに通っている。今年で16歳の治史たちは専門コース1年目である。治史は兵士コースに入っている。睦月も同じく兵士コースを選択しているが魔法が得意ではない治史と魔力の高い睦月ではクラスが異なった。 睦月の言う通り治史には男友達はいなかった。普段なら昼御飯は睦月と食べているのだが、今日は朝の一件でそんな気分になれなかった。

「異性婚および性行による子の誕生を禁止する。これに反するものは極刑にあたいする」

第2帝国に存在する法律である。第2帝国には大樹がある。この大樹の枝を折り、それを挿し木にして、地上を含めたすべての支配下で信仰を集めている。大樹は愛し合い子が成せると判断した二人のヒトに対してヒトの子になる種を授けてくれる。種を植え水をやり10月10日すると花が咲き中からヒトの子が生まれる。大樹の認めた恋人同士はよく子を育てる。そのうちすべての元となる、大樹の袂に存在する第2帝国では大樹の許可なく子をなす事をよしとしない。それは不要な子として生まれ地上のスラムに捨てられる子を減らすためであった。しかしそれでも男女恋人は子を孕んだ。そして罪もない子が捨てられた。教会と帝国は先の法律を発表した。異性愛者には死刑が待っている。

なんとなく睦月に会いたくなくて治史は誰もいないであろう屋上に行くことにした。お弁当と水筒をもって。屋上へと続く扉に手をかけた時、外からすすり泣く声が聞こえてきた。少しだけ怖がりながらゆっくりと扉を開けるとフェンスの前に女の子がうずくまって泣いていた。

「ど、どうしたの?」

小さな声でそう言いながら治史はそろりそろりとその女の子に近づいた。女の子は気がつかないようで、さらに近づいていくと彼女の腕になかに切り刻まれた魔導書があった。 「!!!!どうしたの???これ???」

治史がようやく大きな声を出すと彼女ははっとしたように顔を上げた。目元は真っ赤で心なしか顔色が悪かった。

「誰ですか?」

喉に何かが引っ掛かっているような声だった。

「えっと、治史!」

治史は質問されたことに逆に驚き名前だけを答えた。彼女は目元を手の甲でぬぐい

「そうですか」

と一言だけ答えた。治史はなんと声をかければいいか分からず、体を左右に捻ったり真っ青な空を見上げて、あの雲鳥の形してる。などと考えたりした。むごむごと口が震えて、口の中だけで「あの」とか「その」とか呟いてみる。タイミングがつかめず、大きく息をすい、ようやく口を開いた。

「あの!ど、どおしたの?それ?えっと、誰がそんなひどいことしたの???」

その言葉に彼女はゆっくりと目をつむった。

「違うんです。私も悪いんです」

彼女の口調は強く重かった。空にあった鳥の形の雲はまっすぐ伸びた形になっていた。


「私は薫さんの恋人の1人なんです」 「え??!薫さんってあの大樹の巫女候補の?」

彼女はゆっくりと頷き治史の目をみつめた。 「私はこう見えて、彼女の幼馴染なんですよ。教養コースにいた頃、彼女に恋人になるように言われました。私にとって彼女は一番近い友人でしたから嬉しかったです。でも、彼女には常に私以外の恋人がいました。それは彼女の性格をわかってるからかまわないんです。周りの女性たちが自分を妬む理由もわかるんです。私だったら同じことをしますから。こんな、顔もよくないただ幼馴染というだけで恋人になっている女なんて、絶対に腹がたちますもの。だから、魔導書を破られるのとかはかまわないんです。それでも、移り気の激しい薫さんが私とは必ず毎日会ってくれたことが嬉しかったんです。けれど、専門コースに入ってからクラスは同じなのですが薫さんは私から離れて行きました。巫女の修行が多くて学校に来れない日が多いのもわかっています。でも、今日の朝、薫さんが知らない女の子と楽しそうに歩いていて、少しだけ寂しくなりました。私は思い切って「私と別れてもいいんですよ」と薫さんに言いました」

治史はごくりと喉をならした。風が吹いて彼女のセミロングの黒髪が揺れた。

「それで、薫さんは何て言ったの?」

治史が身を乗り出してそう聞くと、彼女は微笑むだけで何も言わなかった。一度だけ俯いて頬を撫ぜた。治史はその行動に目を丸くし泣きだしそうになった。よく見ると彼女の頬は赤くはれていた。

「殴ったの?え?だ、だめだよ!それはダメ!絶対にダメ!」

慌てて、彼女の肩を掴んで揺らすと

「大丈夫ですよ」

と目を細めた。

「いいんです。私も恋人と歩いているところに声をかけたのが悪いですから。でも今日、移動教室のあとに魔導書が破られているのをみたらなんだか耐えられなくて・・・・」

彼女はまたはらりはらりと涙を流した。治史は居た堪れない気分になって、気がついたら彼女をぎゅっと抱きしめていた。

「大丈夫だよ!絶対、君に会ったもっといい人がいるよ!」

ぐずぐず、もらい泣きをしながらぎゅうぎゅうと抱きしめていると腕の中から笑い声が聞こえた。

「治史くんは、優しいんですね」

そう言って彼女がにこっと笑うと治史はなんとなく胸がちくりとして苦しい感じがした。でも、それ以上に嬉しくて。

「優しいね」

という言葉は治史にとってとても大切なものだったから。

「二人だけ・・・・俺のこと、優しいって言ってくれたの君とむーちゃんだけだよ」

あの後、彼女の名前は「笹子」ということを聞き、治史と笹子はどんどん仲良くなっていった。あの後、治史は薫のことを殴ってあげる。といったが笹子は笑って拒否をした。もし、次があったらお願いします。とだけ言っていた。


あの日以来、治史は笹子と一緒にいることが多くなった。昼休みは睦月に謝って、二人でご飯を食べることが多くなった。睦月は初めのうちは誰と食べているのか聞いてきたが、言葉を濁したらそれ以上は執拗に聞いてくることはなかった。それは、なんとなく寂しくて、聞いてきてもらえないことを笹子に愚痴る。笹子の方は薫が今月に迫った大樹の祭典で忙しいため学校に来ておらず、あのままになってしまったことを悔やんでいるようだった。 二人で話すことはほとんどが、治史は睦月のこと、笹子は薫のことだった。でも、そのうちお互いに二人で会って話をすることが楽しくなっていた。

ある放課後、たまたま一緒に帰った日、気がついたら人気のない路地で手をつないでいた。たまたま触れた手が温かくて気がついたらつないでいたのだ。笹子がはっとして手を離さなければきっと誰かに見られて大変なことになっていた。でも、治史にとっては手をつないだ時に感じたふわふわとした温かさがとても心地よく不思議な気分になっていた。こんな気持ちは初めてでなんとなくドキドキして、苦しくておかしな病気なんじゃないかと心配になってしまった。

「むーちゃんぅぅ!」

次の日はいつも通り、睦月と帰った。帰路の途中に睦月の腕を掴みながら治史は泣きそうな顔で叫んだ。

「何だよ?」

呆れた様に笑った睦月の腕をぶんぶんと振りながら治史は切羽詰まったように話しだした。

「あのね、あのね。どうしよう。むーちゃん!手をつないだらなんだかふわふわしてすごく暖かくてドキドキしたんだよ」

睦月はその言葉に一瞬目を丸くして息を飲んだ。治史は何かいけないことを言ってしまったのかと思ってぽろぽろと泣きだした。

「うわっ!何で泣くんだよ!」

「だって、だって・・・・俺、なんかの病気?」

睦月の手をぎゅっと強く握りながら、俯いたまま小さい声で呟くと、正面から笑い声が聞こえた。

「何言ってんだよ。それが恋だよ」

顔をあげると睦月は本当にうれしそうに、いつもは大きい目を細めて笑っていた。

「こ・・・恋?」

ぽんっと治史の背中が叩かれる。

「そうだよ!ナオはそいつのことが好きなんだよ。やっぱりちゃんと好きなやつ、見つかっただろ。なぁ、どんなやつなの?」

ぽんぽんと軽く叩かれる背中に添えられた手が熱くて心地よいはずなのに、胸がぎゅうぎゅう潰されるような感覚がした。そっき泣いていたそのままにぽろぽろと涙がでてきた。

「え?・・・・え?・・・・・・・」

そのまま、立っていられなくなって治史は座り込んで嗚咽を漏らして泣きだしてしまう。睦月は何も言わずに、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。その行動がまた前のように小さい頃を思い出して余計に哀しくなってきた。

睦月は治史が泣きやむまで一緒にいて、家まで送ってくれた。 治史は睦月の言葉でようやく、自分が笹子に特別な感情を抱いていることに気がついた。でも、好きな相手が出来て睦月に喜ばれてしまったことも、折角喜んでくれても紹介できるような相手じゃないことも、自分が睦月以外を好きになってしまったことも、とにかく哀しくて、どうすればいいのかわからなかった。そうして、泣いて夜もずっと考えて、何も解決策が浮かばなかった。





次の日の朝、泣きはらした目のまま治史はいつものように睦月を迎えに家まで行った。

(考えてもわかんないや。怖いけど、むーちゃんに全部言ってみよう!)

きゅっと唇を結び、気合を入れて睦月を呼ぶといつものように店の奥から皐月が出てきた。少し、疲れたような顔をしていた。

「ああ、なおちゃん。ごめんね。睦月、体調悪いみたいで・・・」

皐月は苦笑いをするように眉をハの字にしたまま、口と目だけ笑った。

「えっ?!むーちゃん大丈夫なの!?」

焦った声を出して今にも、店の奥に入ろうとする治史を皐月が制止した。

「大丈夫よ。落ち着いたら、行かせるわ。なおちゃん、先に行ってもらってもいいかしら?」

え、でも、と呟く治史に皐月は大丈夫よ。と強く念を押した。治史は先ほどまで、意気込んで言おうとしていたことを忘れて睦月に会いたいと思ったが、仕方がなく一人で登校することにした。













その日、薫は久しぶりに学校に登校した。と、いっても昼休みにようやく祭りを仕切る教会の神官達を黙らせて無理矢理登校したのだ。遅刻登校中の校門の前に同じ様な遅刻登校者を見つけて声をかけた。

「睦月じゃないか。貴様も遅刻か?」

声をかけた相手はすぐにこちらを振り返った。振り向いた顔は少し顔色が悪かった。

「薫?おまえ、祭典の準備はいいのかよ?」

声が少し掠れていて喋った後に咳こんだ。遅刻の理由を理解した薫は前方を向いた。

「ふん。あの神官どもの目など簡単にすり抜けられる」

隣を歩き始めた薫に睦月は嫌な顔をした。

「さぼってきたのかよ?」

小声でそう言うと、薫はにっこりと笑い、睦月に威圧をかけた。

「僕には、あんな祭典の準備などより重要なことがあるんだよ」

薫は少し難しい顔をして。睦月の前に立って、この間町中であった話をした。結ばれた、金色の髪がふわりと舞った。


「そりゃあ、薫が悪いだろ。どうせ、その女の子とわざと笹子って子の通る道を歩いてたんだろ?」

薫はその言葉にぎくりと肩を震わせた。

「うっ!流石は僕のいとこだな。よくわかっているじゃないか。貴様が女だったら僕の愛人にしてやっていたのに」

「いらないです」

睦月がため息をつきながら言うと、薫は神妙な顔になって呟いた。

「いや、むしろ男のままでも構わないか・・・」

「おい」

睦月のひきつった顔を見て、薫はいかにも楽しそうに口角をあげた。

「嘘だよ。いかに巫女候補だとしても異性愛が死刑なのは変わらないからね。それに僕の本命は笹子だけだ」

誇らしげに言う彼女に、睦月は再び深いため息をついた。

「なら、他の子と別れてやれよ」

薫はその言葉に唇をとがらせた。人形のような整った顔立ちに色々な表情がのる。

「いろいろあるんだよ」

不機嫌そうなに呟かれ、睦月は少しだけ焦ったように表情を暗くしたが、すぐに呆れたように口を開く。

「だからって、愛人と歩ってるのを敢えて見せるなよ」

薫はその言葉に食ってかかるように睦月を睨みつけた。

「嫉妬してほしかったんだ!「どういうことですか?私というものがありながら!」って怒って欲しかったんだ!」

睦月は呆れたように肩を落とした。

「で、「別れていいですよ」って言われたことに逆上して殴ったとか本当に馬鹿だろ?」

その言葉に、薫はうぐっと言葉を詰まらせた。



頭が真っ白になったのだ。笹子に「別れていい」と言われて。この世界で誰よりも大切にしているものが自分の傍から離れて行ってしまうと思ったら怖くなって、自分でまいた種なのに殴ってしまった。しかも言い訳もできずに今に至る。 薫はとにかく笹子に会いたくて、睦月をひきつれてそのまま自分のクラスへと行った。 しかし、そこに笹子の姿はなく何処にいるのかクラスメイトに尋ねると、「屋上で一人で食べてることが多いのでは?」という答えが帰って来た。なんとなく、そこまで一緒についてきた睦月はそのまま屋上までついて行った。


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