最強剣士の転生先は神童と呼ばれた少年の幼馴染でした。
非生産性男
第1話 プロローグ
俺は一人、王城の窓から外の景色を眺めていた。
目の前に広がるのは、城下町。きっちりと区分けされた街並みは壮観で、この部屋からはその全てが見渡せるのだ。
堅牢な城壁の外には雄大なロッカー山脈がたたんずんでいる。
俺はこの国が好きだ。
流民の俺にも優しく手を差し伸べてくれたこの国の人々全てが俺の恩人だ。
俺が一人で街を眺めているとドアがノックされた。
「やはりここであったか」
ノックの後に入ってきたのはこの国の王レクス・エリスタ・ケネスその人だった。
俺は窓際から立ち上がり、片膝を突き礼節を取る。
「そうかしこまらんでも良い。今はもう咎めるものも居らんからの」
「王が似合わない尊大な言葉遣いを辞めたら私も昔のように接しましょう」
俺が答えるとレクスは声を出して笑い答える。
「そんなに似合ってねぇか?」
「取ってつけたような喋り方ですね」
レクスは「自信あったんだけどなあ」と呟きながら窓の近くへと歩いて行く。
「まさかこの国最後の王様が俺とはな。見ろよ。真夜中だってのに昼みたいに明るいぜ」
レクスは窓辺の椅子に腰掛け城壁の外を指さす。
ロッカー山脈の麓に今、数えきれないほどの松明が置かれ昼間のように明るくなっているのだ。
俺はレクスの対面に座り外の景色を眺める。
「800万らしい。補給やらなにやら合わせると1000万に届くかもしれないな」
「軍どころか一つの国だな。よくもまぁこれだけ集めたことだ」
「南のクシャーナ法王国も吸収されて全軍を持ってきたんだろうな」
「統一国家か…」
呟くレクスの横顔は哀愁が漂っており、俺が女だったなら惚れていたところだろう。
「のちの歴史書には最後まで争った非道な国なんて言われてるんだろうな」
「俺はきっと傲慢な王なんて書かれるぞ」
「なら俺は何百万の兵を殺した虐殺人だな」
言い合いながら俺たちは二人で笑った。
突然レクスは外に向けていた視線を俺に向け頭を下げた。
「ロイには感謝している。俺の国民を全員よくぞ守ってくれた」
「おいおい。改ってどーしたよ。頭を上げてくれ。感謝ってんなら俺の方が感謝し足りねえぐらいだよ」
頭を上げたレクスの顔は笑っていた。今まさに滅ぼされんとする国の王が笑っているのだ。
その全てをやり遂げた顔を見て俺はどんな顔をしていただろう。最後を迎える王を憐れんだだろうか?王を、そして国民を守れなかった自分の無力さを悔やんだだろうか?
俺の色々な感情がごちゃ混ぜになった表情を見てレクスはもう一度言葉を綴る。
「ロイ。情けない表情をするな。自分を誇れ。お前じゃなかったらここまでこの国も持たなかったんだ。あの日であった少年がお前でよかったよ」
「だから顔を上げろ」と最後に付け加えレクスはもう一度外に目を向けた。
いつの間にか俺は俯いてしまっていた。
二人の間にある机に気づけば水滴が落ちていた。その様子を見ないようにしてくれたのだろう。
「さてと。憂いは無くなった。最後の務めを果たすとするか。ロイ。家族を頼むぞ」
レクスはそういうと席を立ち扉へ向かう。その背中はまさに偉大な王。俺が忠義を尽くした大きな背中だった。
俺は扉から出て行こうとするレクスの肩を掴み引き止める。
こんなこと大臣なんかが見てたら青い顔して倒れるかも知んねえな。今はその心配もないけど。
「レクス。アイシャにはお前がついててやらなきゃだろ?俺の目の前で父親を殺させてやるもんかよ」
「ロイ。お前……」
その後の言葉は続かなかった。何故なら俺が強制的に転移させたからだ。
「孫の顔見るまで死ぬんじゃねえぞ」
俺は一人になった部屋でそう呟いた。
これでやっと肩の荷が降りた。
レクスは国民全員を逃したこの国最後の生贄となるつもりだった。
帝国だって何の実入りもない勝利では納得しないだろう。勝利したという確信が必要なのだ。
だがそれはレクスである必要はない。同等の功績があれば良いのだ。
だから俺はレクスの代わりになることを決めた。これが本当に最後の恩返しだ。
俺は城壁へと転移し目の前に広がる帝国兵を見据える。
「さてと。投降してやるのも癪だからな。悪いけど俺の最後の憂さ晴らしに付き合ってもらおうか」
城壁の上へ転移した俺に敵兵は未だ気付かない。800万の兵隊は完全に油断している。3人も集まれば油断するのが人間なのだからこの人数が集まってりゃ安心もするか。
特にこの国に残ってる人間が俺とレクスしかいないとわかってりゃ余計にな。
「『神装衣』」
俺が神装衣を展開するとチラホラと気付いた奴らが現れたようで野営地に動揺が広がっていく。
流石にこれだけいたら魔力感知に長けた奴もいるよな。
『久方ぶりの召喚がこのような局面とはな』
『やっと出番ってわけか』
「久しぶりだな。サタン。ウロボロスも」
俺は2人の神霊に声をかける。
『ふむ。旗色は随分と悪いようであるな』
『悪いなんてもんじゃねぇだろ?こりゃ敗色濃厚だろ』
「悪いけどその通りだよ。今からするのは俺の憂さ晴らしだ。付き合ってくれるか?」
サタンは悪辣に、ウロボロスは快活に笑いながら答える。
『死も人の営みの一つよ。共に虐殺の徒になろう』
『憂さ晴らし結構じゃねぇか。結局戦争にご大層な理由なんていらねぇんだよ』
俺は頼もしい二人の返事を聞き満足して頷く。
全く。俺の神霊がこいつらで良かったよ。
『思考が共有されとると何度も教えたはずなのだがな』
『そんな小っ恥ずかしいこと言うんじゃねえよ!』
馬鹿め。繋がってるから言ったんだよ。
「どうやら相手さんも準備できたみたいだな。やるか」
不意打ちをしても良かったがせっかくの最後の機会だ。歴史に残る戦いにしたかった。
800万の軍勢を相手に正面から立ち向かった男なんてカッコよくないか?
『全く。しょうがない男ではあるが…』
『ハハハハハ!男はカッコつけてなんぼだろ!』
俺は腰に下げた二対の刀を抜く。
今まで隣に漂っていた二人が抜き身の刃に吸い込まれ宿る。
見る見るうちに刀身は色を変え本差は漆黒に、脇差は紅に染まる。
俺は拡声魔法を発動し息を大きく吸い込む。
「我が名はロイ・ブラッド!エリスタ王国最後の剣なり!俺の首には未来永劫、末代まで遊んで暮らしても使いきれないほどの金がかかってる。さぁ俺を殺したい奴はかかってこい!俺はここにいるぞ!」
あえて敵兵を煽る。当然敵の士気を上げる意味なんて戦術的にはあり得ないだろう。普段なら俺もしない。それでもいいじゃねえか。今だけは好きにやらせてもらう。
『ふむ。お主にしては中々の口上だったのでないか?』
『いいなぁ!俺もやりてえよ』
俺の言葉が終わると次から次へと魔法の雨が降る。魔法の雨なんて生優しいと思えるほど、空を覆い尽くす法撃が俺を襲う。
俺は自身の周りに魔法壁をはり身体を守る。しかし足場にしていた王城の城壁は無惨に砕け散りただの瓦礫へと変わっていく。
(最後まで守ってやるって決めてたんだけどな。)
俺は自分の後ろの街が魔法の雨によって蹂躙されていく様を眺める。市民は全員転移させ逃したから安全に心配する必要はないのだが、それでも俺が好きになった街並み、歴史が崩れていく。
「やるか」
俺は振り返るのをやめる。前だけを見据える。無限に続くかと思われた法撃も今は少し勢いが弱まってきた。
流石に800万もいたら弱まったと言ってもとんでもない数なんだけどな。
俺はまずは法撃を止めるため紅の刀を横凪に振るう。
紅蓮の炎が吹き荒れ俺に降り注ぐはずだった法撃を払い除ける。
「お返しだ!」
続いて漆黒の刀を振るい黒炎を飛ばす。法撃の間を割って突き進む黒炎は敵の魔法壁を突き破り隊列を組んだ兵に襲いかかる。
数万の兵を飲み込んだ黒炎は敵の真ん中ほどで止まる。
『我が黒炎でも貫けんとは雑兵もこれだけ集まれば雑魚とは言えんな』
俺は敵兵のいなくなった中心部へと転移する。
「悪いがちまちま削り合いをするのは性に合わないんでな!」
「ま、魔王だ!魔王が出たぞ!」
「誰が魔王だよ。こちとら正真正銘の人間だっての!」
『サタンを神霊にしてるからあながち的外れでもないけどね』
敵軍の中心部へと転移した俺に四方八方から叫び声が聞こえる。
あとウロボロスはちょっと黙ってろ。
「同士討ちを気にして打ち取れる相手ではない!味方もろとも打て!打たねば死ぬのは自分自身だぞ!」
指揮官と思わしき男の怒声が響き渡る。その言葉を聞いた兵士たちは戸惑いを捨て表情が変わる。
「まぁ。それでもやられるわけにもいかないんでね!」
俺は飛来する避けたり薙ぎ払ったりしながら敵の中を突進する。
目指すは指揮官だ。ここにいる指揮官はこの数の兵士をまとめ上げ更には迷いを捨てさせることが出来るほど有能な指揮官だ。コイツを獲れれば少しは動揺が広がるかもしれない。
敵の指揮官を目前にしたところで脇腹に痛みが走る。確認すると脇腹から剣が生えていた。
「殺ったか!」
「残念ながらまだだよ」
俺に剣を刺した男の首を刎ねながら答える。
殺した男の剣を抜き黒炎を纏わせながら投擲する。剣は数人の兵士をつ抜いた後刃先からボロボロと崩れていく。
「すぐに壊れないってことは結構良い剣持ってたじゃねえか」
貫かれた腹に炎が灯り、傷が修復されていく。
「き、傷が…」
「悪いけどこの程度じゃ死なねえんだわ」
そう言って指揮官の首を刎ねる。敢えて自分を囮にしてこの騎士に俺を殺させるつもりだったんだろう。
結果は最悪だったんだろうけど結構良い作戦だったとは思う。
「ぼ、ボルグ伯爵が討たれた!」
「そんな。無敗の将軍が…!?」
周りの兵士にも動揺が走ったようで先程までの覇気がなくなる。
「さあ。まだまだ戦いは始まったばっかりだぜ!」
−−−−−−−−−−
一体どれ程の敵を斬っただろうか。周りには屍の山が積み重なり、血の匂いが充満して地獄の様相を呈していた。
俺自身も小さい傷が少しずつ増え、残り魔力もだんだんと減ってきた。
「さあさあどうした?帝国兵ってのはこんなもんか!」
俺は声を張り上げ帝国兵を煽る。こうして声を張り上げていないと今にも意識の糸が途切れそうになるからだ。
『ロイ。どうやら敵の虎の子が出てきたようだぞ』
サタンに言わ魔力感知に意識を向けると確かに奥から近づいてくる巨大な魔力を感じる。
「来たぞ!魔装兵団だ!」
「あっちは龍装兵団だぞ!」
「神装騎士団までいやがる!魔王に目にモノ見せてくれ!」
現れた三つの軍団に敵兵の士気が多いに上がる。
自分たちが俺を削るだけの捨て駒にされた事など気付いていないんだろうな。いや気付いているやつも自分が助かる可能性が上がって喜んでるのか?
それにしても嫌なタイミングで出てきやがるな。
「「「突撃!!!!」」」
三つの兵団は周りの兵士を押し除け、俺に向かって突撃してくる。
一人一人が実力者で、先程までのように簡単に何人もまとめて斬り飛ばす事はできない。
俺は一人斬って。
斬られては斬って。
斬って斬って斬って斬って斬って。
キッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテキッテ。
「どうした?もう来ねえのか?」
「化け物め…」
気付けばもう突撃してくる者はいなくなっていた。うっすらと見える視界にはまだまだ敵軍が大勢いるのに誰も来ない。
返り血に染まる俺は嗤う。
すでに魔力は底をつき、ウロボロスの回復の力も発動しなくなった。
それでも俺は強がりでもなんでもなく、最後に笑えたようだ。
「あ゙?」
ズブリと鈍い感覚が俺を襲う。胸元を見れば剣が的確に俺の心臓を貫いていた。痛みすらも既にあまり感じない。
振り返ればそこに居たのは俺の胸あたりまでしか身長のない若い騎士だった。
「え、あっ。嘘…」
余りにも抵抗のない一撃に若い騎士は驚愕の顔をしていた。
命の覚悟をした一撃が反撃もなく受け止められ現実を受け止められないのだろう。
「馬鹿野郎。俺を殺すんだ。もっと誇らしい顔しやがれ」
俺は思わず若い騎士の頭を撫でる。戦場には似つかわしくないその和やかな雰囲気に周りの兵士も唖然として立ち止まっている。
いや、あの目は本当に俺が致命の一撃を受けたのか見定めようとしてるのか?
どちらにせよ最後は自由にさせてくれそうだ。
「お前名前は?」
「えっ…あ。ファイバー。ファイバー・アークランド…」
「ファイバーか。良い名前じゃねえか」
俺は手に持っていた二対の刀を鞘に収めファイバーに押し付ける。
「あっ…えっ?これは?」
「やる。戦利品だ」
そう言って俺は背中に刺さる剣を抜き、仰向けに倒れ込む。
こういう最後は悪くない。これだけ大勢の人間が見てればこの騎士から俺の刀が奪われることは無いだろう。
死人に武具は必要ない。だけども俺の半身とも言えるこの刀をよくわからん貴族の調度品にされるのも癪だからな。
「悪く無い人生だった…」
そう言って俺は空を見上げる。既に日は上り青々とした空が広がっていた。
周りは何百万と人がいるとは思えないほど静寂が広がり余計に空が青く見える。
レクス。お前は生きろよ。
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