第4話 守護者 2日目
夜じゅう4体の精霊は暴れ回っていた。まあ、どうしようもないので、とりあえず暴れるに任せる。
ついでに腐った魂たちを救ってもらおうと、あらん限りの力で死霊やら腐った魂やらを呼び寄せる。ネクロマンサーの本領発揮。なかなかやるじゃん、わたくし。腐った魂にくっついて、魔物もぞくぞく集まる。死霊と腐った魂と魔物と精霊の大運動会。人間が見たら腰を抜かすこと請け合い。
「この状況でこんなことを言うのもどうかと思いますけれどもね」
朝が来て、わたくしは血色不良ガールズの墓に、ようやく見つけた花を手向ける。最近の日課だ。やっと12本、全員分揃った。周りがこの有様なので、今日は花を見つけるのに少し遠出をしなければならなかった。わたくしの頭上をオーガが吹っ飛んでいく。
「とても穏やかな気分でございますよ」
1本ずつ、花を手向けていく。
墓の真横を、炎に包まれた魔物が転がっていく。砂塵が巻き上がる。爆発。熱風。炎。そして氷の雨、かまいたち、地割れ。
「実はね、救いがやってきたのでございますよ。凄まじくやかましい救いでございますけれどもね。ほっほっほ」
墓は何も答えない。水に広がる波紋のように、かつて在った者の余韻をそっと伝えるのみ。わかっている。彼女らの魂は軽くなって天に昇った。自身の姿も忘れ、名も忘れ、辛かったことも楽しかったことも忘れて、透明になった。これはわたくしの自己満足。
魔王城が灰塵に帰そうとも構わないが、この小さな園だけは守りたい。半球状の結界を張る。直接攻撃されない限りは破られることはないだろう。わたくしは地面に腰を下ろし、頭上で繰り広げられる戦いを他人事として観戦する。
精霊は自然そのものだ。だから、力尽きることがない。自然から火、水、風、土の要素を吸収して活動する。とはいえ、並の精霊使いの操る精霊は、主が意識を失ったり、主との距離が離れすぎると力を失う。主がこの場から離れても力を失わず、その上自律して動く精霊など聞いたことがない。いや、目の前にいるんだけど。
「しかしねえ」
頭上で火の剣が一閃されると、火の雨が降る。巨大なムカデの魔物が炎に包まれて燃え上がる。脚を引きずった兵士の姿をした腐った魂が、その火柱にふらふらと近づいていく。引き寄せられるように炎に手を伸ばすと、上昇気流に巻き込まれてふわっと持ち上げられ、空中に溶けて消えていった。彼は軽くなった。良かった。
「もうちょっとこう、優しい感じにはできないものでございましょうかねえ…。死んでなお殺されてるみたいなところが、なんとも落ち着かないのでございますけれども」
だいたい、精霊が武器の姿ってどうなのよ。
精霊がどのような姿を取るかは、主の力量次第だ。下位の精霊使いだと、ぼんやりした陽炎のようなものしか出せない。上位になるにつれ、輪郭がはっきりし始め、動物などの具体的な姿を取るようになる。王太子の精霊のように、人の姿を取るものもごく稀にある。レイフほどの力があれば、人の姿だって神話の生き物の姿だって、なんだって取れるはずなのだ。なのに。なのに敢えての武器。黙々と破壊と殺戮を行う武器。
「悪趣味でございますねえ、まったく」
青空にもう一つの太陽が現れ、近づいてくる。
「一番やかましい方がいらっしゃいましたね」
2頭の光の馬が牽く、光の戦車。
いきなり結界をブチ破られてはたまらないので、仕方なく外に出る。
「ヴィラントお前舐めやがって!」
ギャンッ、と戦車を結界の横につける。
ど初っ端からめっちゃキレてる。こっわ。見た目幼女だけどそれが余計に怖い。
「何だこれは! 喧嘩売ってんのか!?」
「喧嘩とは?」
「この騒ぎだ!」
腕を胸の下あたりで組み、顎を上げて、タンタンタンタン、とリズミカルにつま先で地面を打つ。
「ああ、ええ。あなた様が精霊を置いていかれましたので、どうせならこの辺にいる死霊も腐った魂もみな天に還していただこうかと。ついでに魔物が集まってきてしまいましたが。あなた様にとっては大した問題ではございませんでしょう」
「ばかやろう! この大騒ぎのせいで王太子が怒っちまって、私は朝から野菜だけのフルコースだ! お前のせいだからな! しかもお残し禁止! また昼に続きを食べに帰らなきゃならない!」
真っ赤になって怒鳴る。
「多分それ、王太子殿下は本気で怒ってはいらっしゃらないのでは」
「うるさいうるさい!」
「ところであなた様は人の国の城にお住まいなのですか?」
「は? 王太子の野郎が遊びに来いって言うから行っただけだ! 王宮づきの菓子職人が焼き菓子焼いて待ってるって言うから行ってやったのに! くそっ!」
「はあ…」
王太子殿下を野郎呼ばわりだしお菓子に釣られてホイホイ王宮に行っちゃうし、もう、どこからつっこめばいいのやら。そうか、そこで、わたくし殺したらなんでもお願い聞いてあげるよ?ってな話になった、と。人の運命をスナック感覚で決めるのやめてほしい。しかもお願いが「野菜食べたくない」とか。いやいや、もうちょっと値打ちあるでしょうよわたくしの首。世界の半分とは言わないけども。ああもうこの雑な扱い。…最高にソソる。
カッチカチに凍りついた巨人の魔物が空から降ってくる。レイフはそれに一瞥をくれることもなく、サッと払いのけるように頭上で手を振ると氷塊は凄い勢いで真横に吹っ飛び、別の魔物に激突する。
「とにかくさっさと死ね!」
プラチナブロンドの長い髪がふわりと揺れる。
「あ、ちょっとタンマでございます」
わたくしは手のひらを向けて、いきりたつレイフを制止する。
「こちらの」手で示す。「結界は壊さないでいただけますか。この墓の下にはわたくしにとって大切な人々が眠っておりますので。それから…王太子殿下に、いつかこの墓を訪れていただきたいとお伝えいただけませんか」
「てめーで言えよ」
ツンと顎を上げたまま言う。最高タマラン。
「わたくしのような者にとっては、王太子殿下は、そう簡単にお会いできる方ではございませんので」
「私は伝書鳩じゃない」
「これはお願いでございますよ。聞き入れるかどうかは、あなた様にお任せいたします」
「フン、変な奴。お前もちょっと頭おかしい」
「わたくしほど普通でまともで平凡な者はいないと自負しておりますが?」
「頭おかしい証拠じゃないか」
「心外でございますね」
レイフが腕を横に伸ばす。
その手に向け、火の剣が飛んでくる。人の背丈ほどもあった剣が近くにつれて小さくなり、レイフの手に届く頃にはお子様サイズになっている。さすが精霊。
「あの墓にいるのは誰なんだ?」
「わたくしが作り出した彷徨える屍体どもが、拐かし、殺し、さらには『死霊縛り』と腐敗抵抗の術をかけて側女にしていた女性たちでございます。死してなお女性としての尊厳を踏み躙られていた、わたくしの罪の象徴のような方々でございます」
「ふうん」
レイフの額が少し曇る。
「なあ、そいつらは腐った魂になっちまったのか?」
「いいえ」
「そうか。なら良かったな。そいつらを拐かした奴らは?」
「あなた様の精霊によって、天に還ってございます」
「なんだ。殺っちまってたのか。戦車に縛りつけて永久に引きずり回してやろうと思ったのに。つまらねーな」
本当に、心の底からつまらなそうに言う。
「引きずり回して、泣いて殺してくれって言わせてやりたかったな。もう死んでるから、それ以上死ねねえよ、つって絶望のどん底に突き落とすんだ」
悪趣味で恐ろしい幼女だな。
クッ、と小さく剣先が動いたかと思うと、レイフが一気に斬り込んでくる。結界を小さく展開して盾にする。金属同士がぶつかり合う鈍い音。火花が散る。第一撃は防いだが、剣の勢いを殺すことなく下から第二撃が来る。レイフは舞うように剣を操る。おそらく精霊の剣は重さがないし、身体機能も、どうやっているのかはわからないが、強化しているのだろう。子どもができる動きではない。速い。
次々繰り出される剣をなんとか防ぐ。追い詰められる。自分の剣を呼び寄せる暇もない。体勢を崩したところに横からの一撃を食らって弾き飛ばされる。地面に背中がつくのとほぼ同時に跳ね起き、距離が取れたのを幸いと自分の剣を呼ぶ。墓地の横に投げ出されていた剣は、わたくしの求めに応じて跳ね上がり、手の中に収まる。
レイフがふと緊張を解いた。空を見上げる。
「はー、動いたらお腹すいた。王太子と昼一緒に食べる約束させられてんだよな。また来る」
ギャンッ、と戦車が横付けになる。ひらりと飛び乗ると、戦車は空に駆け上がった。手にしていた火の剣を空中に放る。剣はまた人の背丈ほどの大きさに戻り、切り裂き、突き、火の雨を降らせ始めた。
「なんという…」
わたくしは飛び去っていく戦車の後ろ姿を見送った。
周囲を見回すと、魔物は次々と現れては消えているが、死霊や腐った魂はほとんどいなくなっている。
「おかわりしておきましょうかね」
わたくしは着込んでいた上着を脱ぎ、翼を現した。骨組みだけの翼に、魔力で膜を張ると、上空に飛び上がる。風のクロスボウが矢を射掛けてくるのを薙ぎ払う。
ネクロマンサーの言葉を使う。
『参』
ありとあらゆる死霊と腐った魂を呼び寄せる言葉。
再び魔王の森が乳白色の靄に包まれ始める。
***
帰ってきた光の戦車が、ギャンッと結界の隣に停まる。わたくしが頼んだとおり、結界は壊さなかった。偉い。案外素直。
「てめー! 魔物も死霊も増えてんじゃねーか!」
足を踏み鳴らしながら降りてくる。
「ええ。ちょっと減ってきたなと思いましてね。おかわりしておきましたよ」
「ばかやろう!」
左から水のランスが突っ込んでくる。かわした先で、魔物がまとめて串刺しになる。
「何が目的なんだ!」
「目的? わたくしの目的は、最終的には、腐った魂を天に還す法を見つけることでございます。申し上げておりませんでしたっけね」
「聞いたよ! 王太子から! 野望だとかなんとか!」
「おや、殿下はわたくしの話をちゃんと聞いてくださっていたのでございますね」
さすが王太子殿下。耳あるだけのことはある。
「わたくしは腐った魂を天に還す法を見つけておりません。人間が普遍的に使える法を。しかしそれはそれとして、腐った魂の数は日々増えております。早急に解決せねばと思っておりましたところ、折よくあなた様がおいでになりましたので」
それを聞いてレイフは眉を寄せる。
「なんか、お前と王太子にうまく使われてる気がするんだよな」
「気のせいでございますよ、ええ」
間髪いれずに言う。
「…王太子も同じこと言ってた。さてはお前らグルなんだな?」
「まさか。わたくしのような者があのような高貴なお方と? 滅相もございません」
「フン、どうだか。とにかく、明日の日暮れまでにお前を殺さなきゃまずいんだ!」
レイフは戦車に飛び乗る。
「まずい? それはどういう? 伺ったからと言って、素直に殺されて差し上げるわけにはまいりませんが」
「明日の、明日の日暮れまでに、お前を殺せなかったらっ、きっ、妃になれって、おっ、王太子が…!」
真っ赤になってつっかえつっかえ言う。ほうほう?
「なればよろしいじゃありませんか。1の妃は大変そうですけど、3か4くらいの妃なら、毎日お菓子つまみながら時々魔物退治してりゃいいだけでは? なにせ相手は次期国王。財産も腐るほどあって身元も嫌になるくらい確か。こんな優良物件は滅多にございませんよ?」
「ばかやろう! おっ、王太子が私みたいな平民を妃にできるわけない! それくらい知ってる! …なのにあいつ! 本当、頭おかしい!」
ギャンッと戦車を発進させる。その右手には槍が握られている。光の槍が。
おうふ、こんな酷い照れ隠しございます?
剣を手中に呼んで、翼を開き、空中へと逃げる。
「逃げんな!」
戦車も当然のように追ってくる。
「ほっほっほ、ますます死ぬわけにはいかなくなりました。史上最高にガラの悪い王妃の誕生を見届けなければ」
王太子の真意が奈辺にあるかはわからないが、レイフを妃にしておくのは、確かに良い考えだ。身内にしておけばこの力を他に利用される恐れもなくなる。それに、2人の力があれば軍など動かさなくとも周辺の国々を制圧できるだろう。
まあ、単に愛しているのかもしれない。
見た目は完璧な美少女で、光の来訪者で、精霊使いの守護者で、なのに口を開けば王太子すらも野郎呼ばわり。そして照れ屋さん。うん、これはコロッと落ちても仕方ないな。誰が彼を責められよう。うんうん。
少女と言っても通りそうな美しい少年を思い浮かべる。
「うるさい!」
わたくしとレイフの間を、地面から噴きあがった火柱が遮った。
「あなた様はお妃になりたくないのでございますか?」
「わっ、私はっ!」
火柱を突っ切って戦車が現れる。繰り出された光の槍をかろうじてかわす。
「ああもう! 黙れ!」
「望まないのであれば、はっきりと伝えなければ。王太子殿下なら、嫌だと言う方を無理に娶ったりはなさらないと思いますがね?」
本音では絶対結婚してほしい。見たい。見たすぎる。最高じゃございませんか。最高の中の最高。最の、高。人の姿を取る精霊の使い手と、光の来訪者。人類史上最高カップルの爆誕。
「嫌ってわけじゃ…」
レイフはちょっと鼻白む。
鼻白みつつも、槍を繰り出す手は止めない。剣で次々繰り出される槍の穂を逸らし続ける。
「お嫌でないならよろしいでしょう。わたくしのこととは別に、妃になると殿下におっしゃいませよ。簡単なことでございますよ?」
あー、骸骨で良かった。肉があったらめちゃくちゃニヤけてる。
「そんな、簡単じゃないっ!」
素晴らしい速さで顔面に繰り出された槍を首を横に倒して避ける。左、右、左。剣で槍を跳ね上げて距離を取る。
「左様でございますか? では、わたくしの花嫁になるというのは?」
「はっ?」
レイフは槍を繰り出そうとしたままの姿勢で固まる。目がこぼれ落ちそうに見開かれる。
「いかがです? 悪くない提案だと思いますがね」
「あ、頭おかしい。お前も王太子の奴も…」
レイフは戦車の上で僅かに後ずさる。
「左様でございますか? わたくしはわりあい真剣に申し上げておりますが? あなた様の力があれば、わたくしの目的は達せられる。王太子妃にならないとおっしゃるのなら、わたくしにお力をお貸しくださいませよ。わたくしからは…そうですね、あなた様の望むものをなんでも差し上げましょう。何をお望みで? レイフ様」
「何も、ほしいものなんてない…」
「おやおや。欲のないことで。欲のない方というのは、却って面倒でございましてね。あなた様が世界が欲しいとおっしゃったら、わたくしがとってきて差し上げますのに、何もほしいものがないとは」
欲は人間の中にある隙間だ。ほんの僅かな隙間があれば、そこにかなてこを差し込んで、動かすことができる。欲がないとなると、何で動かす?
「彷徨える屍体でよければ、半永久的にに生きることも可能でございますよ? 美しい姿のままでいたいのなら、わたくしが腐敗抵抗の魔術をかけて差し上げましょう。血色が多少悪い点に改良の余地がありますが、あなた様のためなら研究しておきましょう」
「そんなの、いらない。私は人間だ」
槍を構え直す。
「残念でございます。あなた様がわたくしと半永久的に生きてくだされば、普遍的な法を見つける必要などなくなる。レイフ…あなたがいれば。あなたさえいれば、わたくしは他に何も要らない。あなたがわたくしと共に在ってくれさえすればそれでいい」
「私は便利な道具じゃない。魔物の花嫁になんか、ならない」
レイフはしっかりと唇を引き結ぶ。
「やれやれ。振られてしまいましたか。しばらく立ち直れそうにございませんよ、これは」
「それじゃ、汚らしく泣いてろよ。骨だけど」
レイフは楽しそうにニヤニヤ笑った。
「あなた様という方はまったく」
繰り出された槍を剣で弾く。間合いを取ろうとしたところに、馬が突撃をかけてくる。これに轢かれたらヤバい。なにせわたくしは骨なのだ。粉微塵になってしまう。翼で空を打ち、戦車を飛び越える。そこに槍が飛んできて、右の翼を貫通した。落下。
地面に叩きつけられる前に結界で身を守る。
「しぶとい野郎だ!」
戦車が空を駆け下ってくる。
片方だけになった翼がバランスを崩して邪魔だ。自らの手で翼を折る。これを再生するのに何年かかることやら。
レイフが戦車を停め、空を仰いだ。戦いに熱中しているうちに、空は夕焼けに変わっていた。
「チッ、時間切れだ」
「時間切れ?」
「王太子の奴が、日暮れまでに帰ってこいって。夜道は危ないから」
「…左様でございますか」
夜道? 空飛ぶ戦車に乗っておいて? 色々ツッコミどころがありすぎるだろう。そして王太子殿下の言うことは素直に聞いてるんだな。ややこしいお方だ。
「くっそ、明日こそ殺してやるからな! その汚ねえ頭蓋骨叩き割ってやるから覚悟しろよ!」
ギャンッと戦車は空中に駆け上がっていく。
「こんな可愛らしい頭蓋骨捕まえて汚ねえとは心外でございますよ!」
…聞いちゃいない。
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