13話 沼を進む
「よう、隅田さん。こんばんは」
私はよく使うガソリンスタンドのオジサンが片手をあげて声をかけた。
「こんばんは」
完全に名前を憶えられている。
ガソリンを入れて近くの自販機でコーヒーを飲む。
これが私のルーティーン。
「あいかわらず、夕暮れ時だというのに『モーニングショット』を飲むのかねぇ?」
「この時間帯に飲むのがいいんですよ」
私は苦笑する。
このガソリンスタンドの近く、というか、隣に今回目指す目的地がある。
この場所には多くの冒険者が集まり経験値を積んでいく。
全国、ほぼ何処にでもあり、好き嫌いは別れるが大抵の人は一度ぐらいは入った沼。
ガソリン満タンになった車を駐車場に置いて中に踏み込む……前に入り口前にある消毒液で手を消毒する。(コロナ時代ですから)
中に入る。
マスク越しでもわかる。
ここは敵地だ。
その匂い、というか、香り。
「いらっしゃいませー、お好きな席へどうぞ」
私はカウンター近くの二人用の席に座り、道具箱(=鞄)から魔法の石板(というかタブレット)を出して使用した。
『万物、そもそもの根源は言葉にあり。汝の口の栓を解かん……いでよ、やかまし男』
などと心の中でつぶやきながら、タブレットを叩く。
――どもども、契約ありがとうございま~す!
確かにやかましい。
『あの方からの紹介だ。次の目的地を教えてくれるんだろ?』
やかまし男は不思議そうな顔をした。
――目的地? ここじゃないの?
「?」
「お客様、注文をお伺いします」
店員さんが水とカラトリーを持って来た。
「あ、すいません。えーと、シーフード三昧にパリパリチキントッピングで」
「ご飯の量と辛さは如何しましょう?」
「ご飯は400グラム、辛さは2からです」
「わかりました」
店員さんが去って行く。
――無理するなよ
ケケケと笑いながらやかまし男は言った。
ここは大手カレーチェーン、COCO一番館、通称『ココイチ』
ここではカレーの辛さとご飯の量も調節できる。
お子様から年配者までくる有名店だ。
今回のモンスターは『カレーライス』
――カレーなんてものはないよ
「?」
やかまし男は荷物に腰を掛けて一言言った。
――いいかい? カレーなんてものはインドの煮物料理の総称みたいなもんだな。定義なんて曖昧なんだよ
『じゃあ、私が普段、『カレー』っていうのは何よ?』
するとにやかまし男はにやりとした。
――あの方は、それを調べてほしいじゃないの?
――この沼は底が深いし、源流を調べれば一生涯のライフワークになるよ
――実際、この沼から抜け出せなくなった賢者がいる
『賢者?』
「おまちどう様でした」
現実で店員さんが注文したカレーを持ってきてくれた。
まずはフォークを持って「いただきます」
トッピングの揚げ物をカレーソースにつけて食べる。
美味しい。
海老カツも白身フライもパリパリチキンも美味しい。
辛さもちょうどいい。
フライを食べたらフォークに持ち替えてルーにつけたライスを食べる。
まあ、スポーツジムで汗を流した努力を無にするようなものだが……
と、スプーンが止まった。
『あれ?』
後一口が食べられない。
私は時々ココイチを使う。
だから、慣れているはずだった。
そう、辛さ1辛、ご飯300グラムに……
楽勝だと思っていたら強敵だ。
――ほらほら、後一口だよ
急かすやかまし男。
天を仰ぐ。
というか天井を見た。
そして、「せーの」と小声で気合を入れて最後の一口を食べコップの水を飲む。
やってくる虚脱感。
『また、とんでもない沼に来ちゃったなぁ』
私は大いなる期待と少しの後悔をした。
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