1話 そこは異世界だった

 秋が近くなってきた、夏の終わり。

 その日。

 コロナで世間が騒然としている中、普段乗る電車を乗り換え、見知らぬ電車に揺られ、見知らぬ町を歩いていた。

 そこはまさに住宅と工場が密接している町だった。

 目的地まで少し歩くのだが、車が車道ぎりぎりで少し怖かった。

 駅に向かう人波をさらうように私は目的地に向かった。

 

 異世界への扉は引き戸だった。

「いらっしゃいませ」

 店員さんの声がかかる。

 一歩店内に入る。

 異世界への第一歩。

 何をしていいか分からない。

 とりあえず、席に着こうと思ったら店員さんが言った。

「食券を買ってください」

 急いで券売機で食券を買い求めた。

 なお、色々コースがあるのだが、どれも良心的リーズナブル価格で内心「やっべ、ライフ(という名の現金)削られたらどうしよう?」などとビビっていた。

 食券を買い、テーブルに置いて私は席に着いた。

 ご飯と総菜、味噌汁などが出てしばらくすると、野菜の天ぷらが出てきた。

 揚げたてである。

 池波先生の言葉を思い出す。

――天ぷらはすぐ食べること

 すぐ、食べた。

 茄子の中の油が口の中にあふれ、慌てて味噌汁で中和。

 飲み込む。

 最初に思ったことは単純にこれ。

――熱い‼

 たぶん、この様子を天界から見た池波先生は思っただろう。

『すぐに食えとは言ったががっつくな』

 それから、少し落ち着いて食べた。

 かき揚げ、かぼちゃ……

 どれも揚げたては最高に美味い。

 なるほど、と思う。

 確かにこれは出てすぐ食べないといけない。

 例えば、烏賊。

 専門家プロが揚げた天ぷらは中がほんのり生なのだ。

 サクサクの衣、熱々のしこしこした中にむちむちした生の身がある。

 これが数分には完全に中にまで火が通る。

 

 なお、別に私は親が作った天ぷらやスーパーの天ぷらなどを否定しない。

 ただ、プロの揚げたての天ぷらとは別物なのだ。

(個人的にはスーパーの天ぷらは卵とじにして食べるの好きです)


 なまじ、スーパーや母親の天ぷらに慣れているせいか揚げたての天ぷらは美味しい。

 普段、コンビニやスーパーなどで済ます人間にとって熱々の天ぷらは驚きの連続だった。

 特に野菜。

 私は偏食で普段はあまり野菜を食べないし、好き嫌いは激しい。

 でも、天ぷらにすると普通に食べられた。

 これは驚きだし、少し『魔法だ』とすら思った。


「ありがとうござした」

 店員の声を背中に受け、私は店の外に出た。

 目の前には現実世界と夜空が広がっていた。

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