死なない探偵の殺せない相手

喧嘩になる事も、お互いに織り込み済みだ。

勿論、アドミラの元へ送られたファントムが偽物だった今、リュクレーヌが礼拝堂でファントムと戦っている事も。


「流石。なかなか、やるじゃん……でも」


「っ……!?」


ファントムは開き直り、ナイフでリュクレーヌを切りつける。

刃は肩の部分を掠った。


「僕の事を殺すことは出来ないでしょ?」


ナイフをもう一度構える。次は頭、心臓……致命傷を負わせてやるというように、ファントムは全速力で距離を詰める。


相手は不死身の化け物。


殺すことが出来ないのは分かってはいたが、戦闘不能状態に持ち込めばいいだろうと、ファントムは容赦なくリュクレーヌに襲い掛かる。


「ルーナエの躰がこんなに利用価値あるなんてね。不死身の君が殺せない人間だなんて」


リュクレーヌは逃げる事しか出来ない。

襲い掛かるナイフは何とかかわして、怪我をしても軽傷で済むようにしていた。


防戦一方。


そんな戦い方しかしない。いや、できなかった。


「ほらほら、さっきから守ってばっかりじゃん!攻撃しなよ!出来る物ならね!」


相手がルーナエだから。心はファントムに支配されていても、この躰はルーナエの物で、何よりも、ルーナエの魂が人質に捕られているのだ。


「どうせ殺せないでしょ! 」


「あぁ……俺はお前を殺せない」


「はははっ!やっぱりね!」


降参ともいえる発言を、ファントムは心底嬉しそうに嘲笑う。

だが、リュクレーヌもひとつ、ふっ、とわざとらしく微笑んだ。


「けど、お前を封印できる奴が居るとしたら?」


「あ?……!? 」


突如、ファントムの背中に刺すような衝撃が襲う。


ナイフや剣で貫かれるようなものではなく、それよりもずっと微弱な──か細い針でちくりと刺されるような感覚。


そんな、弱い衝撃のはずなのに──


「なんだ、これ……?動け……ない」


刺された場所から、びりびりと痺れるような感覚。

それは蝕むように全身に広がり、ファントムの体の自由を奪っていく。

辛うじて、まだ動く首を回して後ろを向く。


一体、誰が、こんな事を。


そこには、逃げたはずの銀髪の女性──いや、その正体は、ブラーチだった。


「ブラーチ!ナイスー!」


「大したことはない。完全に油断しきっていたからな」


ブラーチは大理石の床をのたうち回るファントムを冷たく見下した。

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