弟の願い
「兄……さん……?」
「君、死んだはずじゃなかったの?」
「あぁ、死んださ、一度な」
確かにルーメンは死んだ。だが目の前に居るファントムは首を傾げた。
「お前の話だと、仮面を付けて死ぬのは精神と肉体が別人だから拒絶反応が起きるから……ということは」
全ての情報をまとめ上げ出した結論。それは──
「自分自身に憑依すればなんも問題がないという事になる」
完全に目の前の悪魔の盲点を突いたものだった。
「あ……」
「そして、食い違いが起きない今の俺は不死身だ」
つまり、ルーメンのとった最後の手段は、最善のものだったのだ。
「ふうん……考えたね。何のためにここまでできるのかが分かんないけど」
なかなかやるなと感心するファントムは皮肉のようにルーメンに言った。
「何のために?」
律儀にルーメンはその質問に答える。
「俺の弟を騙したお前を倒すために決まってるだろ」
ファントムを倒す。不死身となれば可能であると、ルーメンは確信していた。
「はは……あははははは!僕を倒す?君面白い事言うね!」
「何が面白んだよ!」
ファントムはけたけたと嗤う。そして「じゃあさ」と人差し指をアンテナのように立てて提案する。
「君の大好きな弟を奪ってあげよう」
「何っ!?」
ファントムの影が深くなり、地面に沈む。
海に潜った大型の魚のように地を這い、ルーナエの直下にたどり着く。
そして──
「うああああああっ!!!」
「ルーナエ!」
ルーナエの躰に黒い影が巻き付く。まるで蛇が獲物を締め上げるよう。
叫び声をあげていたルーナエはぐったりとして、直後目を見開いた。
「ふぅ……人間の躰は、楽なもんだね」
ファントムはルーナエの躰に取り憑いてしまった。
ルーナエ奪うという意味はつまり、ルーナエの躰を自分の所有物にしてしまう事だった。
「お前……何を?ルーナエは!」
「もう君の弟は居ない。この躰は僕のもの……うっ!?」
意気揚々と話していたファントムが蹲る。
「!?」
「……げて、兄、さん……」
蹲ったファントムから零すような声。
「ルーナエ?」
上目遣いで首を抑え込み苦悶の表情でファントムが──いや、ルーナエが懇願する。
「こいつに……殺される前に……」
「そんな、できるかよ!」
できるはずがない。お断りだと叩きつける様にルーメンは叫ぶ。
逃げるなら一緒に。
そう思っていたから、そうしたかったから。
「いいから逃げろ!兄さん!」
「!」
普段の口調では考えられない命令形の叫びを投げつけられた。
思わずルーメンは確かめる様に弟の瞳を見つめる。
「僕は……だいじょうぶだからっ」
弟は、兄の目を見て答えた。
大丈夫。その言葉に嘘は無い。
「……っ、ごめんな」
──大丈夫。
分かったから。信じたから。
ルーメンは逃げた。逃げて、これまでの人生を捨てる決断をした。
弟が自分を殺めてまで欲しがった人生を。
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