夜の娼婦街

娼婦街は聞き込みをしていた夕方とは違う雰囲気を醸し出していた。


人の数も、居る人の年齢層や、服装も、すっかり夜のものになっている。

ここに居るのは、男と女ではなく雄と雌だ。愛に飢えた獣の巣窟。


娼館の独特な雰囲気にリュクレーヌは眉を顰める。

「大丈夫?」とフランがリュクレーヌを心配しかけた時だった。


「うわっ!?」


「フラン!?」


背後から、フランの襟が何者かに掴まれる。


「こら、坊ちゃんがこんな所に来ちゃ駄目でしょ」


フランを掴んでいたのは中年の女性だった。娼婦ではなく、管理人のようだ。


「坊……ちゃん?」


「どう考えても、お前の事だろ」


きょとん、としたフランにリュクレーヌが指摘する。


「あ……でも!僕はもう十七歳で……」


「いや、未成年なら駄目だろ」


ここは成人しか立ち寄れない夜の館。

だとすれば、フランには娼館から出て行ってもらうしかない。


「うぅ……」


「仕方ないな、ここからは俺一人で行くしかないか」


「リュクレーヌ、大丈夫……?」


フランはリュクレーヌが心配だった。

よりによって苦手な場所で一人きりにせざるを得ないのだから。


それでも、仕方がないなと割り切ったリュクレーヌは一人で捜査を続けることにした。


「……まぁ、頑張るよ。大丈夫」


「本当に?」


疑い深くリュクレーヌに聞く。


「あぁ、お前はもう帰っても良いぞ」


「分かった……」


リュクレーヌは手持ち無沙汰になった助手に帰宅を命じた。


フランは一人で街を出て行き、事務所の方へと向かった。



一人取り残されたリュクレーヌ辺りを見渡す。


露わになる女性の肌に、べたべたと触れ合う男女。

目に入るのは、淫らなものばかり。


正直、嫌だ。


加えて、こんな事で動揺しているのをフランに見られたらまた茶化されそうだ。

ならば、一人の方が気楽かもしれない

それに、捜査なら仕方ないと、リュクレーヌは腹を括り、ミーナの姿を探す。


しかし、ミーナらしき人物は居なかった。


そう、居ないはずだった。


「……!?」


その時、背後から微かに、ミーナの気配を感じた気がした。

慌てて、振り返る。だが、そこに居たのはミーナでは無かった。


「あら、貴方……夕方の探偵さん?」


シェリーだ。夕方に聞き込みをした娼婦の。


「あ、はい……こんにちは、シェリーさん」


──気のせいか?確かに一瞬だけミーナが居た気がしたのに


リュクレーヌは動揺しながら、挨拶を交わす。

するとシェリーは、ふふっ、と微笑んだ。


「今は夜よ。こんばんは、リュクレーヌさん」


「……あぁ、そうでしたね」


慌てたのか夜の挨拶すら間違えてしまった。


「大丈夫ですか?」


顔色が悪い。とシェリーはリュクレーヌを気遣う。

人に酔っている上に、居ないはずなのに一瞬感じたミーナの気配。


こうなったら、とリュクレーヌはシェリーの名を呼んで一つ、提案した。


「ここは、人が多い。少し場所を変えませんか?」


「それは、指名って事で良いのかしら?」


「いやぁ……まぁ、そんなところですかね?」


リュクレーヌは首の辺りを搔きながら、おずおずとしながら娼館を後にした。

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