第3話 実は私


「馬鹿な!」


 殿下は怒り、そして笑いました。


「お前、もしかしてこいつに同情しているのか? こいつがここで這いつくばってるのは、自分がしでかした罪故だ。何も間違っていない」


 私は思わず眉間に皺を寄せました。


「私は見ていませんし、書類に署名をしていません。……であるならば、その書類は偽物。誰かが偽造した事を考えられませんか? 偽物の証拠にどんな価値があるんです?」


「な! 貴様、ルディを嘘つき呼ばわりするのか?」


「……その書類を作ったというのがルディさんだと言うのなら、尚更……私はルディさんと話した事はありませんので」


 話しかけられた事はありますが、返事は首を傾げただけなので、あれはノーカンですね。


「……っ! ……なっ」


 声を詰まらせる王子に、すかさずルディさんが枝垂れ掛かります。


「マルスごめんなさい、数が多くて! 証拠集めにはお友達に手伝って貰ったの! きっとその人たちが間違えてしまったんだわ!」


「そ、そうか……」


 ほっと息を吐いて、王子はルディさんを抱きしめます。

 他所でやってくれませんかね、それ。

 ルディさんの言葉に王子はふふんと鼻を鳴らせて勝ち誇った顔をしています。


「それなら仕方がないな」


「何も良くありませんでしょう?」


 私は不思議に思って首を傾げます。

 その台詞に、王子の側近たちは苦虫を噛み潰しているような顔をしていますから、理解していると思われます。

 けど王子は相変わらずで。


「何だと! 何故だ!」


 とか言ってます。……私以上に馬鹿ですね、この人。


「ですから……信憑性の無い証拠に何の価値があるんですか?」


「……」


 水を打ったような静けさの会場が、温度まで下がってしまいましたよ。居た堪れない……


「お前は嘘を言っている!」


 途端に王子が叫びます。

 その案に乗ったように側近たちも勢い込んで私を非難します。


「どうせルディの美しさに嫉妬した生徒の一人でしょう」


「そうだ、女は自分より可愛いものに敵意しか向けないからな」


「……」


 最低ですね、この人たち。


「私は嘘はつきません。最低なのはあなたたちです」


 怒りました。

 ええ私だって、モブだって怒るんです。


「我が家の家名はサンディーンですが、それが意味する二つ名を、殿下はご存知無いのですか?」


「……なんだと?」


 この国は新興国ですからね、形骸化した風習だなんて馬鹿にしていますが、歴史の長い国ではまだ重きを置いてるんですよ。


「サンディーンは創造神ルファスカ・リウスの護り手の事です。ルファスカの左を護り、力を振るう神の槍を意味します」


 一応この国の宗教学でも学んでますよ。祖父の故国のように熱心に教えてはいないようですが。


「は……?」


「私の父は聖職者です。ルファスカの教えを説くべく隣国サウキスより派遣され、この国では大司教の地位におりますよ。嘘なんてついたら勘当されてしまいます。それでも殿下は、私を嘘吐きと侮辱されるのですか?」


 因みにサウキスは大国です。宗教国家であり、祖父はそこで国王に次ぐ権力を持っております。


「へ……?」


「ついでにご説明しますと、私は公爵家に雇われたフィラデラ様の護衛です。彼女の日常はほぼ監視しておりましたが、先程読み上げた事なんて、一切お見かけした事ありませんよ」


 ふん、と息を吐く。

 私、脳筋なんです。特技は飛び蹴り。

 お父様にもっと頭を使えと怒られております。

 身体動かすのは得意なんですがね。もうこういう場ではつい感情的になってしまって……

 本来私は護衛という役割から、隠密というか、目立たず大人しくしていなくてはいけません。

 本当にこれで良かったのか、段々不安になってきましたが、まあ仕方ありませんよね。成り行きですから。


 でも、ルファスカの神の名前はこの国でも通用するようで、何よりでした。

 サンディーンは粛正の使徒です。

 この宗教に熱心な隣国では、その名を聞くと青くなって震えます。

 サンディーンの家名が、あのサンディーンとは信仰の薄いこの国では結びつかなかったものの、そんな話くらいは、どうやら聞いた事があるようで。


 側近二人が青くなって震えていますから、多分通じたんだと思います。


「トリア……」


 気づけば、フィラデラ様が近くまで来ていました。

 思えば長く様子を見て来ましたが、こうして近くで名前まで呼ばれるの初めてですね。ん? というか知っていたんですね。名前。

 そんな事を考えていたらフィラデラ様が私に飛びついて来ました。


「トリア! 私、悔しかったの! 悲しかったの! それだけだったのよ!」


 わあん! と人目を憚らず泣き出す公爵令嬢に、会場全体が何とも言えない空気になりました。

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