5 伊吹はアイと一緒にメリーゴーラウンドに乗る

 非常識な事件に巻き込まれたとはいえ、

 家に帰れば食事をとらなければらないので、

 絵理子は夕食の材料を買いに一階の生鮮食品売り場へ向かった。


 伊吹、柚美、アイの三人は二階の専門店街をぶらつくことにした。


 平日の午後とはいえ、近隣の学校が春休みなので客足は多い。


「アイさん、待って。

 ひとりで先に行くと迷子になるわよ。

 柚美さん、どこ行くの。

 ちょっと待ちなさい」


 三人で纏まって行動しているのに、

 アイと柚美は興味のひくものを見つけるたびに、

 思い思いの方向に駆けだす。


「ああっ、もう。

 柚美さん、私はアイさんを追うからね?」


「んー。大丈夫。

 たとえ、どんなに離れていても、

 私は伊吹ちゃんのことを見てるから」


「貴方、はぐれても知らないから」


 伊吹は迷子になりそうなアイの後ろを付いていく。


 すると新入学生用の特設コーナーがあった。

 伊吹は想像の中で、成長したアイにランドセルを背負わせてみた。


「アイさん、ちょっとこっちに着て」


 想像では我慢できなかったので、実行に移そうとしたが、

 小さなライオンは玩具売り場の方に走っていってしまう。


「ちょっと。そんなに一心不乱に何処へ行こうとしているのよ。

 待ちなさい。

 柚美さん、いい加減、来なさい」


 伊吹はファンジーグッズのショップで「可愛い可愛い」と連呼している柚美に移動を促し、アイを追いかける。


 アイは玩具売り場を通り抜け、

 フロアの端にあるアミューズメントパークに飛び込んだ。


 入り口には、写真シールを作成する機械や、

 ヌイグルミを掴むクレーンゲームが並んでいる。


「奥は危険だから行っては駄目よ。

 タバコの煙で喉をやられてしまうわ」


「いやいや、伊吹ちゃん、危険じゃないって。

 プリとか一緒にしたことあるじゃん」


「柚美さん。

 アイさんを見失わないように注意して。

 小さいから迷子になっちゃう」


 アイは時折振り返っては、

 伊吹が後ろにいるのを確認してから、ゲーム機の間をすり抜けていく。


 目的地を定めた移動の仕方なので、過去に来たことがあるのだろう。


 派手な電光と騒音の先に待ち受けていたのは、

 小型のメリーゴーラウンドだった。


 二台の馬車をそれぞれ二頭の馬がひいている。


 馬車を引いていない馬も二頭いるようだ。


 小さい子供用とはいえ、屋内にある機械にしては破格の大きさだった。


「ママ乗る!」


「これに乗りたかったのね……」


 伊吹が係の人にお金を払うのを待ちきれずに、アイは馬車に飛び乗った。


「どうせなら馬に乗りなさいよ。

 上下するから馬車より楽しいでしょ」


「ママ! ママ!」


 アイがお尻で跳ねながら、べしべしと座席の隣を乱打している。


 期待に満ちたまんまるの瞳から言いたいことが伝わってくるから、

 伊吹は苦笑。


「駄目よ。大人は乗れないの。ひとりで楽しんで」


「ママ、乗って!

 乗って! 一緒じゃなきゃ、やだ!」


 ごねているアイをどうやって説得しようか悩んでいると、

 係の女性が微笑みながらやってくる。


「一緒に乗ってもおいですよ。

 というより、小さい子は保護者同伴で乗っていただかないと」


 馬車に乗るように促してきた。


 子供が乗りたがったら保護者もセットで料金は二倍。

 うまい商売だと感心し、

 結局伊吹は財布を取りだす。


「アイさん。私も乗るから椅子をべしべしするのはやめなさい」


 伊吹が乗り、暫くすると明るい行進曲が流れ、

 メリーゴーラウンドが回転を始める。


 同じ場所をゆっくりと回っているだけなのに、

 隣ではしゃいでいるアイを見ていたら、伊吹もつい楽しくなってきた。


 メリーゴーラウンドの外を見れば、

 アイスを手にした柚美が口を開けて馬鹿面を晒していた。


「なんでふたりだけで乗っているの!」


 柚美は柵の外で叫びながらも写真を撮ってくれた。


 折角アイと一緒にいるのだから記念にと、

 伊吹は顔を羞恥に染めながらも手を振った。


「あとでプリントアウトしなさいよ」


 アイが三つほど乗り物を楽しんだ後、

 三人は隣にあったフードコートに移動し、フライドポテトをつついた。


 伊吹は夕食前に軽食を採ることに気が引けたが、

 アイが目をルンルンと輝かせていたから、反対できなかったのだ。


 オレンジジュースにクッキーに、いちごオレにフライドポテトに……。

 伊吹がアイの食事を思い返して、甘やかしすぎかしらと悩んでいると、

 柚美がテーブル上に置いていたスマートフォンを手にする。


「んっ。絵理子さんから着信。

 ……うん。もちろん一緒だよ。

 うん。え?

 うん。分かった。駐車場」


 通話を終えると柚美は伊吹を見つめたまま、

 ぽけーっと口を開いている。


「どうしたのよ?」


「えっと。関さんから連絡があって、

 津久井が来ているから、ここから離れろって」


「そう。もう少し慌ててよ」


 関、絵理子、柚美と伝言ゲームのように伝わってきたせいか、

 伊吹も内容の割に驚けなかった。


「偶然かしら。尾行されていたのかしら」


 伊吹は遊び終えて帰るのと同じくらい、

 なんの気負いもなくごく自然に席を立つ。


 アイはまだ幼いから、もともと事情を理解していないだろう。


 エレベータへ向かう途中、

 子供服売り場と玩具売り場の間で伊吹は足を止めた。


「連絡が遅かったようね……」


「ん?」


 伊吹は柚美に「津久井がいた」と小声で耳打ちする。


 伊吹は周辺視野が広く、動体視力にも優れているため、

 子供服売り場を挟んだ反対側に現れた津久井を見逃さなかったのだ。


 津久井はまだ伊吹達には気付いていないようだった。


 伊吹はアイのライオン姿がすぐ傍らにあるのを確認し、

 自分のゴスロリ衣装を胸元から足先まで見下ろし、

 変装は十分だと判断した。


 だが、真っ直ぐ進むつもりはなかった。

 少しでも津久井からは距離を取りたい。


「柚美さん。

 貴方の好きな売り場に入りましょう。

 津久井は追って来られないわ」


 伊吹は柚美とアイの手を引き、女性下着売り場へ向かう。


 店員の目がないことを確認し、アイを抱き試着室に入る。


 柚美も慌てて追いかけてきた。


 三人は狭い空間で身を寄せ合った。

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