4 伊吹はゴスロリに着替えて変装する

 伊吹は児童養護施設で名乗っているので、

 直ぐには自宅に戻らず、暫く様子を見ることにした。


 津久井たちが伊吹の名前を覚えているとは限らないが、

 年には念を入れるしかない。


 警察には、自宅周辺に不審者がいると連絡してある。


 桐原道場と近隣の警察署は出稽古をする関係だし、

 警察幹部には祖父の友人もおり、便宜を図ってもらえるだろう。


 もし津久井たちが自宅に現れれば、警察が対処してくれるはずだ。


 さすがに警察にまでは狼藉を働かないだろうというのが、

 伊吹や絵理子だけでなく、関にも共通する見解だ。


 一行は大型デパートに向かった。


 市内では最大規模で、

 シネマコンプレックスと並立しており、

 平日休日を問わず賑わっている。


 関は立体駐車場の三階に来ると同時に、行方をくらませた。

 黒いレインコートの男はいかにも不審者なので、

 別行動の方が好都合だ。

 絵理子が電話番号を交換したから、連絡はいつでも取れる。


 先ずは下着のような格好をしている伊吹とアイに着替えが必要だった。


 伊吹とアイは車内で暫く待ち、絵理子が買ってきた服に着替えた。


 伊吹が新品の服に身を包み車から降りると、

 絵理子と柚美がわあっと歓声を上げた。


 対照的に伊吹はこめかみをひくつかせている。


 露骨に不機嫌を伝えるため、

 厚底の靴で駐車場を踏みつけて何度も鳴らす。


「普通の服にしてと、言ったのに!」


 伊吹は服の入っていた紙袋を全力で柚美に投げつけた。


「何これ。身長160センチのゴスロリなんて怖いわよ。

 こういうのは小柄な子が着るから可愛いんでしょ?」


 衣装は黒を基調にし、悪魔のイメージで統一してあるようだ。

 背中には片翼が付いている。


「偏見だよ。

 むしろ背が高い方が、ロリータ衣装とのギャップが激しくて可愛いよ。

 あと、伊吹ちゃんガリガリだから、はいとく的? 耽美?

 なんと言うかな、とにかく似合ってるよ!」


「伊吹は黒が好きでしょ。

 肌を出したくないって言うし。

 ね。条件を満たしているでしょ。

 ほら、お化粧するからじっとして」


「やけに待たされたと思ったら、

 化粧品まで買ってきていたの?」


「三十分も経ってないでしょ。

 展示してあるマネキンのをフルセットで買ってきたんだから。

 ほら、伊吹は顔を見られているんだから。

 ほらほら。じっとして」


「絵理子さんだって顔を見られているわ」


 伊吹が抗議すると絵理子は「デュワ」と眼鏡をかけ、帽子を被った。


「はあい。私の変装は終了。さあ、伊吹の番」


「ほらほら、伊吹さん観念するのですわ」


「柚美さん、その変な喋り方は何よ。

 それに、ねえ何しているの。

 写真なら音が鳴るわよね。

 さっきから貴方のスマホ、音が聞こえないんだけど」


「動画」


「ちょっと待って。貴方、車の中でも弄っていたわよね」


「一生の宝物!」


 柚美がズビシと掲げるスマートフォンの画面では、

 伊吹が着替えている様子がしっかりと映っていた。


「アイさん、噛みなさい」


「ガオー!」


 伊吹の傍にはちっちゃなライオンが潜んでいた。


 アイは全身をライオンの着ぐるみで身を包んでいる。


 ごっこ遊びのつもりか、

 アイは伊吹の指示通り柚美の太ももに噛みつきにいった。


 柚美はヒョイッと避ける。


「ノン、ノーン!」


 柚美がアイの口まねをしながら、飛び跳ねるようにして逃げ回る。


「むぅ……」


 ライオンはからかわれたことが理解できたのか、

 小っちゃく唸ると、むきになって柚美を追いかける。


 伊吹はちっこい着ぐるみがとことこ動いているのを見ていたら、

 急激に胸が疼いてきた。


「アイさん、こっち、こっちにもガオーしてよ」


 自分でけし掛けておきながら、

 可愛いライオンに追われるのが羨ましくてしょうがない。


 かがんで両手を叩いて誘う。


 直ぐにアイが目をキラキラさせて飛びついてきた。


 小さな体重を受け止めると、甘い痺れが伊吹の背筋を駆け上ってくる。


 絵理子のスマートフォンがパシャッと音を鳴らす。


 撮影した画像のプレビュー画面には、

 根元が金色で毛先が黒色の女が優しい笑顔で写っていた。


「……宗一さんに送ろうかな」


「駄目よ!

 私が不良になったと勘違いして、お爺さまが卒倒するわ!」

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