4 伊吹はアイに授乳する

 伊吹が興奮状態で肌がうっすらと桜色に染まっているので、

 吸うべき場所も色が周囲に埋没して、さらに見つけにくい。


「おっぱい無い……」


「よ、よく探しなさいよ。

 だ、だいたい、そもそも貴方、

 やっぱり、おっぱいを吸うような年齢じゃないでしょっ。

 吸わせるのやめるわ。

 ええ。やめ、あっ――」


 アイがちゅっと先端を口にした。


 弾力のある舌が、敏感なところに吸い付く。


「んっ」


 伊吹は思わず声が漏れてしまったので、

 慌てて唇を固く閉じようとするが、頬がとろけているので無理だった。


 熱く湿ったものが、胸の先端を包み込んでいる。


 胸の先端から、脳髄や骨盤を経て、

 全身の隅々にまで柔らかな快感が走っていく。


 緊張していた肩から力が抜け、

 正座を崩して、ぺたりとお尻で座ってしまう。


「はうう」


 甘い幸せが、溶けるように伊吹の全身を満たしていく。


 夢の中で何度も護りたいと願った幼子が、

 自分のおっぱいを吸ってくれることが、

 ここまで嬉しいとは思いもよらなかった。


 恍惚に酔いしれ、軽く首筋を伸ばすと、

 金色の髪がさらりと背中で流れる。


 アイの唇や舌が伊吹の先端を中心にして、

 ちっちゃな口からは想像もできないほど、

 どう猛にうごめいている。


 時に舌先で舐めるように、時に搾るように吸ってくる。


 時折、硬い物が触れて、先端を挟んでくる。


 歯で噛み噛みしているらしい。


「ち、小さいときにおっぱいを吸わないと、

 大人になったときに、いろいろと困るのよ」


 甘くこみ上げてくる快楽に耐えようと、

 伊吹は意識を胸から逸らしていく。


 官能に陶酔していたら、きっといけないトコロに流されてしまう。


 意識をしっかりと保つために、いつか新聞か本で読んだ知識を思い返す。


「おっぱいを吸わないと顎に筋肉が付かないの。

 その結果、顎が細くなるの。

 ほら。柔らかいものばかり食べるようになった現代人は、

 昔の人よりも顎が細いって言われているでしょ。

 顎が細くなると歯が生えるスペースが無くなって、

 歯並びが悪くなっちゃうの。

 そうすると虫歯になりやすいし、

 他にも色んな病気にりやすいのよ。

 だから、小さいときは母乳を、

 あっ、んっ……」


 吸う力の緩急は、

 潮騒のようにざざあっと押し寄せてはすっと引いていく。


 伊吹はこらえようとしているのだが、

 つい何度も「はうう」やら「あうう」やらと声を漏らしてしまう。


 だが、幸運の海にたゆたう時間は長続きしない。


「痛っ」


 突然、胸の小さな先端に、

 針を刺すような鋭い痛みが走った。


 伊吹は直感で理解した。

 アイが噛んでいると。


 伊吹自身が知った知識ではないが、

 いつの間にか差しこまれていた記憶により、

 痛みの原因を正しく理解した。


 赤ちゃんが母親の乳を噛むことは珍しくない。


 母乳が出なかったり、

 母体の体調不良により味が変質していたりすると、

 赤ちゃんは違和感を覚えて、乳首に噛みつくのだ。


 だから、吸っても何も出てこないことを不満に思ったアイが、

 本能的に噛み付いたとしても何ら不思議はない。


 しかし、伊吹は、授乳とは痛いものなのだろうと思い、我慢した。


 数秒も耐えればアイは噛むのをやめるだろうと楽観視した。


 だが痛みはいつまでも治まらず、アイは強く噛み、吸い続けている。



 敏感な部分の痛みは、

 いつまでも我慢しきれるものではなく、すぐに限界が訪れた。


「痛い、痛い。噛んでる!

 アイさん、噛んでる!」


 口にすると、一気に痛みが大きくなった。


 常より充血して感覚が鋭くなっていただけに、猛烈だった。


 伊吹はアイの頬を掴んで顎をこじ開け、頭を乱暴に引き剥がす。


 見下ろせば胸には歯形がくっきりと残り、じわっと血が染みでる。


「痛いじゃない。

 なんてところに噛み付いてくれたのよ!」


「……?」


「お仕置きです」


 怒った伊吹は仕返しとばかりに、アイのうなじに噛み付いた。


「ノン!」


 柔らかい肌は何故か牛乳の味がする。


 もちろん、歯形を残すほど強く噛みはしない。


 伊吹は心の中で言い訳をする。

 母ライオンは子ライオンにおっぱいを噛まれたら、

 噛み返して痛みを教える生き物だ。


 人の痛みを知るための教育として、時として母は子に牙を剥く。


「ノン、ノーン!」


「噛んだら、痛い。分かる?」


「ウイ、ウイ! ママ、ごめんなさい」


「そう。分かればよろしい。ふふっ」


 しつけみたいで、本当の親子になった気がして、

 伊吹はつい笑ってしまう。


 アイもつられてふたりで声を出して笑いあった。


「おっぱいのことは、ふたりだけの秘密よ。

 ほら、シャワーを浴びて着替えて、お布団を干すわよ」


「ウイ」


 仲良く手を繋いで浴室へ向かった。


 濡れたまま飛びだすアイをお風呂に連れ戻したり、

 おねしょのお布団を干したりしていれば、

 胸が温かくなり、幸せな気分に浸れた。


 しかし。


 アイと手を繋いで居間へ向かう途中、

 チクリと胸が痛んだ。


(アイさんが夢の赤ちゃんなら、

 これは、イレーヌが手に入れることの出来なかった時間……)

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