リモコン

光河克実

リモコン

 存在すら忘れていたダンボールの中にそのリモコンがあった。大掃除をすると、こういう思いもかけない発見をするものだ。俺は押入れの暗闇から部屋に出て懐かしいそのリモコンをよく見た。これは今から三十年以上前、就職後、初任給で初めて買ったテレビのリモコンである。テレビ自体はもう買い替えてここには無いが、自分の稼いだ金で初めて買った物という個人的記念として、せめてリモコンだけでも、という思いで、とっておいたのだ。

 

 今のテレビのリモコンと違って至ってシンプル。電源、チャンネル、音量ぐらいしかボタンがない。普段、それぐらいの機能しか使わないので、却ってこれぐらいの方がいいような気さえする。電池を入れる蓋を開けると中に当時の単三電池が二本、入れっぱなしであった。N社のもので、今はP社に社名が変わっているから貴重品かもしれない。

このリモコンを捨てようかどうしようか悩んだ。今回の大掃除は引越しの準備を兼ねているので要らないものはどんどん処分する気なのだ。(さすがにもう捨てよう。未練はないよ。)意を決し、部屋に置いてある、処分物をいれる為のダンボール箱にリモコンを投げ入れようとして握りなおした瞬間、電源スイッチを押してしまった。すると、なんと部屋にあったテレビの電源が入り画面が表示されたではないか。(そんな事あるのか?今のテレビと互換性があるとは思えないが。)しかし、事実、テレビは作動していだ。


 奇妙な事に気づいた。今、テレビに映し出されているCMなのだが、それは紙巻たばこの宣伝だった。今はテレビで紙巻たばこの宣伝は出来ないはずである。よく見るとたばこの箱が随分と旧いデザインで今どきの物ではない。(復刻版だろうか?)不思議に思い、しばらく見ていると今度は自動車の宣伝に変わった。そこには既にない車種が映しだされていた。間違いようがない。存命だった頃の父の愛車なのだ。

違和感があったのは宣伝されている商品ばかりではなかった。宣伝している人物の服装、髪型などもふた昔前の流行であり、以前、自分がしていた恰好だった。さらに、見覚えのあるCMが幾つか流れた後、夕方のバラエティ番組が始まり、今でも活躍している芸人が若き姿で出てきた時、俺は確信した。これは三十年程前に放映されていたものだ。(これは一体どういう事なのか?)リモコンのチャンネルボタンを次々押してみた。どのチャンネルもその時代の番組を流していたようだった。


 はじめのうちは恐怖すら感じたが、ついつい画面に引き込まれ、いつしか懐かしい気持ちになるのを感じた。自分が若い頃、よく観ていたテレビ番組、好きだったアイドルがあの当時のまま登場しているのだ。ワクワクしている自分がいた。

とりわけうれしかったのは大好きだった、今は亡きプロレスラーが元気にマットを動き回っている姿を見つけた時だった。      

「好きだったなぁ。この人。」

独り言が自然に出た。このレスラーの戦いっぷりにあの頃、どれだけ励まされたことか。

(そうそう、悪役レスラーにどんなに反則技で痛めつけられて血だらけになっても立ち向かっていく姿、かっこよかったなぁ。男のロマンだよな。観ていて思わず力が入るな。そう、ここで逆転のバックドロップ!)

「ヨシ、勝った!」

スカッとした。この様な気持ちは久しぶりだった。なんだか熱いものがこみ上げてきて涙が出てきた。(大丈夫か?俺。)


 どれぐらい時間が経っただろう。ようやく押入れの物の仕分けを終えた。(今日はここまでにしよう。)畳に寝っ転がりつけっ放しにしてあったテレビを観た。(あれ?)不思議に思った。いつの間にか通常のテレビ番組が映し出されている。あの懐かしい世界ではなかった。リモコンを手に取りチャンネルボタンを押しても反応がなかった。念のため、買い置きしてあった乾電池を入れて試してみてもテレビ画面は変わらなかった。


 (あの現象はなんだったのだろう?)わからない。どう考えてもわからない。でも、おかげで若い頃の気持ちを思い出せた。凍りついていた感性が元に戻りつつあるような感じがする。(大丈夫。まだやれる。たとえ出向という名の左遷であっても新天地で活躍してみせる。それが男のロマンってやつだぜ。)そう思いつつ、リモコンを処分の箱に投げ入れた。

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リモコン 光河克実 @ohk0165

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