第15話 魔物よ、毒の海に嵐を呼べ


「やっほう、懐かしき毒の海だぜ。みろよ、あの不穏な波、灰色の空、ならず者たちの船出にうってつけだぜ」


 『鋼鉄の城』でマイダス・アイランドを無事脱出し終えた俺たちは、陸のごたごたから解放された反動でいつも以上にはしゃいでいた。


「さあて、次はどこを目指そうか。せっかくだからしばらくは大航海の気分を味わうのも悪かねえな」


 周囲数百キロに陸地がない事を確かめた俺は、舵輪を握った。


「おいクライ、ちょっと端末のアーカイブを見てくれないか」


 俺がキャプテン気分で鼻歌を歌っていると突然、伝声管からギランの声が飛びだした。


「どうしたんだ一体、ちょっと待ってくれ、今起動……あっ?」


 俺はいつも端末を入れているポケットを弄り、違和感に思わず声を上げた。


「……くそっ、俺の端末がない。あの女、やりやがったな」


 俺が叫ぶとギランが「やっぱりそうだったか」と言った。


「俺の端末から、苦労して盗みだしたデータのファイルが消えちまってるんだ。どうやらお前さんの端末を通して吸いだしたらしい」


 俺は唖然とした。あの身体検査だ。奴め、初めからそのつもりで俺たちを助けたのか。


「畜生、キーがどうのこうのとほざきながら、最初から端末が目当てだったんだ。俺としたことが完全にしてやられたぜ」


「お前もイカサマの旦那と同じで、女に気を許し過ぎってことだな」


 俺が返す言葉を思いつかず「これも勉強さ」とぼやいた、その時だった。


「前方六〇〇メートル海上に複数の人型戦闘重機を確認。どうやら島の主が俺たちの捕獲を『ブラック・サーペンツ』に依頼したようだ」


 眩三の報告を耳にした俺は、カメラのズームを起動させた。確かに水平線の上に複数の黒い影が揺らめいている。大きさから察するに、こちらと同サイズの戦闘重機だろう。


「ふん、『毒海の覇者』とかほざいてるあいつか。いいだろう、返り討ちにしてやろうぜ」


 『ブラック・サーペンツ』は海賊崩れの流れ者を集めた海のギャング団だ。リーダーのバラバスは単なる粗暴な親玉ではなく、それなりに頭も切れる。だが、こちとら負け知らずの『鋼鉄の城』だ。三下が操る機械人形が何体現れようと、引きさがるつもりはない。


「よし、戦闘形態だ。こっちも『バッドガイザー』で応戦しよう。いったん分離するぜ」


「オーケー、いつでもどうぞ」


俺が号令をかけると、『チェスター』と『ウォーカー』が小気味よい音と共に分離した。


「バッドガイザー起動、オートトランスフォーム開始」


 旧型のAIが抑揚のない口調で告げると、人型戦闘重機バッドガイザーを構成する三機がそれぞれ変形を開始した。


 『ウォーカー』の折り畳まれていた二本の『脚』が伸び、足腰を動かす駆動モーターがせり上がって『腰』が完成した。


「ウォーカー、変形完了だ」


「よし、上出来だ。久しぶりでAIも忘れちまってるかと思ってたが、どうやら絶好調のようだな。……ギラン、そっちはどうだ」


「いい感じだ。ぞくぞくするぜ」


 大砲のようないかつい『腕』が背中から側面に移動し、ギランの『チェスター』は姿勢制御スラスターを器用に調節して九十度回転した。


「いくぜ、眩三」


 ギランが叫ぶと胸の中に収納されていた下腹部が下に伸び、爪を思わせるジョイントパーツが現れた。これで俺たちの憩いの場だったリビングはしばらくの間、使えなくなる。


「チェスター、ウォーカー、合体」


 ウォーカーの上面からチェスターを迎えるようにジョイントパーツが伸び、上半身と下半身が火花を散らしながら結合した。


「ようし、フィナーレと行こうか」


 ウィンガーがチェスター同様九十度回転し、俺が乗っているコクピットもそれに合わせて回転した。同時に鎖骨を思わせるフレームが左右に伸び、銛のような連結シャフトがウィンガーの下から出現した。


「行くぞギラン、久々の人型形態だ」


「おう、やっぱりバッドガイザーーはこの形が最高だぜ」


 チェスター側から伸びた『鞘』がウィンガーの連結シャフトを一ミリの狂いもなく呑みこむと、頭上のハッチが開いて俺の乗っているコクピットが潜望鏡のように突きだした。


「こいつはいい眺めだ。さすがは俺たちの『城』、ブランクがあってもなんともないぜ」


 バッドガイザーの特等席ともいるこの展望コクピットは、金属のドクロに兜を被せたような形をしている。兜の左右にある角のような索敵アンテナが斜め上に向かって伸びると、二つのメインカメラ――多くの敵を震え上がらせてきたバッドガイザーの『目』が光った。


「合体完了。バッドガイザー、ゴー!」


 メインスラスターが俺たちを泡だった毒の海に降ろすと、紫色の飛沫が弾けて光った。


「さあ来い、三流海賊ども」


 俺たちと敵の軍勢は水の中を歩兵のように歩いて距離を詰めていった。やがて敵との距離が目視できる近さまで詰まった瞬間、スピーカーから割れ鐘のような声が飛びだした。


「会いたかったぜ、クライ。今日こそお前をぶっ潰してやる」


「バラバスか。随分と威勢がいいようだが、あいにくと叩きのめされるのはお前の方だ!」


 俺は舵輪の奥から現れた操縦桿を握ると、人の形になった『鋼鉄の城』を身構えさせた。

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