夢の中の四畳半

口一 二三四

夢の中の四畳半

 体調を崩すと必ず見る夢がある。

 四畳半の部屋には新聞を置かれた机。座布団が四つ。四隅にはブラウン管テレビ。

 磨りガラスから射し込む斜陽は夕暮れにしては淡く、朝焼けにしては濃く室内を照らす。

 おかげで電気が点いていなくとも明るいのだが、かえってそれが日常的な風景を非日常に塗りつぶしていた。

 僕はその中で正座をして辺りを見渡している。

 見るたびに位置は変わるが、始まりは決まって座布団の上。

 うたた寝から目覚めるみたいに視界に入る光景はもう二十年以上の付き合い。

 壁と磨りガラスと襖に囲われた部屋。

 恐らくどこかへ繋がっているであろうと思える先には行ったことがない。

 行ってしまえば戻れなくなってしまうかも知れないと恐れがあるからだ。

 四隅のテレビに手を伸ばす。

 どれもこれもダイヤル式のテレビは電源に触るとバチッと音がして砂嵐を映し出す。

 チャンネルをいくらいじってもそれしか映らず、しばらくするとブツリッとひとりでに消える。

 四つとも全てそうなのだから、きっとこれにはなんら意味がなのだろうと子供の頃は思っていた。

 最初は見るたび母親に泣きつきもしていたが、回数と歳を重ねることで慣れてしまった。

 それで余裕が出たのと知識を得たことによってわかることも増えた。



 ここは、アパートだ。

 父親と母親が一軒家を買う前まで暮らしていたと写真で見せてくれた一室の内装によく似ている。

 襖の先は押入れ。磨りガラスの向こうは台所と外。

 テレビは確かにあったが、四隅全てではなかった。

 父親や母親ではなく何故僕が二人の思い出にある部屋の夢を見るのか。

 それは僕がひと通りの漢字と番組表以外の新聞の読み方を学んでから知った。


『天井裏に子供の遺体。両親を逮捕』


 机の上の新聞にはそんな痛ましい記事が載っていた。

 子供を虐待し死なせた親が死体を屋根裏に隠し、何人目かの住民が見つけようやく逮捕となった事件。

 日付は今から二十年以上も前。

 両親が一軒家へ越してすぐぐらい。

 死体遺棄の現場は、二人が住んでいたアパート。よりにもよってその真下の部屋。

 初めて気づいた時はゾッとした。

 知らなかったとは言え、両親は子供の死体が遺棄されている真上で新婚生活を送っていたのだ。

 妊娠が発覚して楽しそうに子供のことを話していたのだろう。

 名前何にしようとか男か女かとかを語り明かしたのだろう。

 仲睦まじく暮らす声は、きっと、賑やかだったのだろう。

 それらを全て、聞いていたのだろう。

 天井裏、床の下に捨てられた子供が、死体になっても、なお。

 寂しさを、まぎらわすように。



 最近また新しい発見があった。

 砂嵐しか映さない四隅のテレビ。

 ザーッと鳴るそれが、四つ合わさると何かの声になっている気がした。

 今のところはまだハッキリと聞き取れないが……。

 聞き取れるようになれば、僕は一体どうなってしまうのだろうか?

 床一枚隔てていたとはいえ『一緒に暮らしていた』子供の遊び相手として。

 連れて行かれてしまうのだろうか?



 顔を上げる。襖を見る。

 微かに開いた戸の奥。

 押入れの中から覗く、誰かの目。


「……………………ア……ソ……ボ……」



 夢はいつもここで終わる。

 今のところは、まだ。

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