明日こそは

しらい家

明日こそは

 1年というのは、単純に数字の話であれば365日と長く感じますが、体感でいうとあっという間でとても短く感じてしまいます。もちろん、人によって差はあると思います。ただ、私はいつもそのように感じています。

 これまでに1年というものを、私は17回繰り返しています。17回ですから、単純計算で6205日(閏年はないものとする)にもなります。とても大きい数字に感じますが、それらの日々を思い返せばギュッと小さなもののように感じます。毎日が充実してるから早く感じるのかというと、そういう訳ではない気もします。しかし、そうなるよう日々努力しています。努力するのに忙しく、短く感じているのかもしれません。当然ですが努力した結果、充実した日々を送ることができているのならいうことはありません。

 それは高校2年生の夏のことです。私の家から学校まではそう遠くなく、自転車で10分程なのですが学校に着く頃には汗をかいてしまうぐらい暑い季節になりました。ただ、そんな日々とも少しの間お別れです。そうなんです。待ちに待った夏休みが訪れようとしているのです。高校生になって2回目の夏休み。そんなワクワクな日々を前に私はやらなければならないことがあったのです。学生の本分は勉強だとよく耳にします。私は今年で高校2年生で、普通に考えれば来年には高校3年生へと進級します。高校3年生になると大学受験という大きな魔物が現れるとききます。つい先日、私の学校へ訪れたどこぞのお偉い大学教授もそんなことを口にしていたのを思い出します。みるからに怪しい大学教授で、私たち学生の魂を吸い取りにきた魔物かなにかかと疑った程でした。後から調べてみると、やはりどこぞのお偉い大学教授だったことが分かり大変安心しました。そんなお偉い大学教授も仰っていらしたので、学生の本分は勉強なのでしょうか。勉強することで学力という武器を備え、大学受験という魔物を討伐しにいく必要がでてくるのでしょうか。しかし、私の親はこうともいっていました。

「高校2年生が1番甘くて酸っぱい恋をするのには最適である。」と。

 みなさんご存知のとおり、『甘酸っぱい』という言葉があるくらいに甘さと酸味というのは切っても切り離せない関係にあります。しかし、恋というのは甘いものであるべきだと私は思います。決して酸味など求める必要はなく、最初から最後までホイップクリームのように甘くあるべきなのです。人によっては甘ったるく感じるかもしれませんがそれでいいと思うのです。そうは思ってはいるものの、私が経験する恋には甘酸っぱいという言葉がよく似合ってしまうような気がします。

 出会いは高校2年生の春のことです。それは高校2年生になって最初の登校日でした。新しい教室のにおいというのはなにかこう新鮮で、期待と不安を含んだようなそこでしか味わうことのできないにおいだと思います。去年のそれを思い出しつつ、今回はどのようなものだろうかと楽しみにしながら教室を目指していました。しかし今回は、それを感じることができませんでした。なぜなら、教室へ入ってすぐ私はその人に心を奪われてしまったのです。心だけではありません、視覚や聴覚といった全てを奪われてしまったのです。いわゆるところの一目惚れというものでした。その人は窓際の席、列の真ん中あたりに座って所在なげに窓の外を眺めていました。その姿がなんとも言葉に表せないくらい素敵なものだったのです。それから今日までこの思いを胸に秘めたまま過ごしてきました。

 その人のことを言葉で表すことは到底できませんが、なんとか伝えようとするとクールビューティーだと思います。授業中にみるその人は真面目に授業を受け、休み時間にみるその人は友人達と楽しげに話をしています。誰にでも気さくに話しかけにいくようなタイプではありませんが、その人のことを良く思う人がたくさんいるのを私は知っています。良くも悪くも異性関係なしに。しかし、たまに一人で窓の外を眺めている時があるのです。その時のその人は誰も近づくことのできない、その人にしか出せないオーラを纏っていて、その人以外誰もいない世界を一人過ごしているような淋しい表情をするのです。そのことに多くの人は気づいているとは思いますが、誰一人そのことに触れようとしないのです。触れることができないのです。そのような自分だけの世界を作り上げることのできる、自分というものを持っているその人に惹かれていくばかりでした。

 対して私は、何か取り柄があるわけではなく平凡な日々を過ごす平凡な学生です。その人に釣り合うかと言われると、上手に答えられる自信はありません。それに、多くの人はそのことについては「NO」と答えることが私にでさえ容易に分かってしまうのです。けれども、私は諦めることなどできません。ここでクラスメイトなのだから、声をかけるくらい簡単だろうとお思いの方もいらっしゃるかもしれませんがとってもピュアな私には大変ハードルが高いことなのです。なので、その人とじわじわお近づきになっていくしかないのです。そうなると声をかけることさえできないというのにどうやってお近づきになるのでかと疑問を持たれるかもしれませんが、心配には及びません。あくまで一対一での対話となるとハードルが高いという話であって、大人数での会話の中でその人に話しかけることはなんとか可能なのです。実際はこれもだいぶ勇気がいる行動ではあります。しかしこのような積み重ねの結果、一対一でお話ができるようお近づきになっていこうということなのです。

 これまで私は、その人と一対一でお話しできるとように小さな努力を積み重ねてきました。それは休み時間であったり、授業中のグループ学習であったり、対面だけでなくSNS上でも行ってきました。残念ながらSNS上であっても個人的な一対一でのやりとりはできませんでした。しかしこれらの小さな努力が着々と集まっていき、ある程度の大きさになってきたように思えます。本当のところはもう少し大きくしてから行動に移したいのですが、私にとって夏休み直前のこの時期は都合が良いのです。その理由は簡単なものです。もし失敗(話しかけることができなかったと)しても夏休み中になにか作戦を練ることが可能なのです。そのうえ、成功(話しかけることができた)したら、その先のこともお話しできないだろうかと狙っているからなのです。不安だとすると、話しかけてはみたものの何も返事をもらえなかったり、私のことを覚えていてもらえなかったりするかもしれません。しかし、こういったマイナスのことは考え出すときりがないので、あまり考えないことにします。

 私がその人へ話しかけるにあたって、作戦があります。まず話しかけるとなると、なにか話題が必要になってきます。高校2年生になって数ヶ月が経ち、その人の趣味も多少は知ることができました。しかしながら、趣味を知っているからといって一方的に話しかけるというのはとても怪しい行動なのです。喋ったことのない相手から『君は〇〇が好きだよね〜私も好きなんだ〜』なんていきなり言われれば警戒してしまいます。私は少しは話したことはありますが、実際一対一ではないので話してないのと同然なのです。なんとかスマートに、良い第一印象を持ってもらえるようにする必要がありました。ではなにを話せば良いのでしょうか。私はこれまで悩みに悩んだ結果、第一段階として「おはよう。」とあいさつができればそれで良しということにしました。小学生のときにきちんとあいさつができる人に悪い人はいないと教えてもらったことを思い出したのです。私がいかに良い人なのかを知ってもらうにはちょうどいいと考えたのです。ここで幸運にも、私がこのクラスで一番仲良くしている友人がつい最近行われた席替えでその人の前の席になったのです。そのため、友人にあいさつした後にその人にもあいさつをするという実にスマートな流れで第一段階を突破することができるのです。作戦決行日は夏休みの一週間前とすることにしました。決行日までの何日間かは作戦を成功させるために鏡に向かってどれだけさりげなく、自然に、違和感なく、こなれた感じに、甘い言葉で、スマートなあいさつができるか練習してきました。私の胸は今までの高校生活で一番の熱で燃えに燃えていました。

 ついに夏休みの一週間前がやってきました。大事な日だというのに朝起きた私の体はやる気ではない別の何かで熱くなっていました。最近ずっと胸の中で燃えたぎっていた熱が、胸の中では収まらず身体中を駆け巡った結果、私は発熱してしまったのです。起きてすぐは「なんでこんなタイミングで風邪をひいてしまったのだろう」と自分を責めましたが、考えようによってはこれも一つの会話のきかっけになるような気がしました。ひとまずは風邪を治すことに専念し明日に備えることにしました。

 次の日の朝です。昨日ゆっくり休んだおかげかいつもよりも体が軽く、絶好の作戦決行日和のように感じられました。外も雲ひとつない快晴でより一層やる気に満ちてきました。いつもより念入りに身だしなみを整え、いつもより丁寧に食事をしました。あとは登校してあいさつをするだけです。私は自転車に乗り学校へむかいました。ペダルも心なしか軽く感じ、登校の景色は輝いてみえるようでした。しかし学校に近づくにつれてじわじわと緊張がやってくる感覚がありました。校門付近に自転車置き場があり、そこに自転車を停めました。私はいつも朝のホームルーム直前ぐらいに着くため、その人と友人が先に学校についていることがほとんどでした。今の時間も朝のホームルームの少し前なので、いつもだったら2人とも教室についている時間です。もしここで出会ったら、なんて考えましたが下駄箱につくまで人の姿はなくほっとしました。下駄箱をみると私以外のクラスの人は全員すでに教室にいるみたいだったので、作戦を決行するにはちょうど良い日だと思いました。私のクラスは3階にあるのですが、階段を登るたびに私の緊張はどんどんと強くなっていきました。教室に向かう途中に数人の友人に出会いましたが、多分ぎこちない喋り方をしていたと思いますし、表情も変だったのだと思います。出会った友人全員に「今日はなんか変な感じがするなあ」と笑われてしまいました。けれども私にそれを気にする余裕はありませんでした。私の気持ちはただひとつのそこにだけあったのです。今までにないほどに早まった鼓動を感じつつ、教室のまえに着きました。この時私は今年最初に感じることのできなかったあのにおいを感じました。やはりそれは不思議なもので、なにかこう新鮮で、期待と不安を含んだようなそこでしか味わうことのできないにおいでした。多分ですが、これは私にしか感じることのできないものだと思いました。

 教室に入ってすぐ、友人とその人が教室にいることを確認しました。気持ちを落ち着かせるために大きく深呼吸をし、ゆっくりと近づいていきました。まずは、友人にいつも通りあいさつをします。この時も私はどこかぎこちない感じだったと思います。私の視線は友人ではなくその後ろの席にありましたし、声色も自分でも分かるくらいに不自然だったからです。友人はそれを感じ少し心配そうに私をみていたと思います。私はここからが本番だというようにグッと気持ちを切り替え、その人に近づいていこうとしました。私は頭が緊張と不安でフワフワしていました。その人は今日も、あの時と同じように所在なげに窓の外を眺めていました。やはりその姿がなんとも言葉に表せないくらい素敵なもので、私の気持ちを再度認識されるようでした。一歩二歩と近づいていきいよいよ後戻りできなくなりました。そしてその人の隣に立つと、こちらに気がついたようで目が合いました。今しかないと思い私は勇気を振り絞りました。これまで練習やイメージトレーニングしていたようにさりげなく、自然に、違和感なく、こなれた感じに、甘い言葉で、スマートになんてまったくできず、違和感のあるものだったと思います。しかし私はそれでよかったと思うのです。どれだけ不格好であってもこの一言が最初の一歩となり、これから先へ進むことができるような気がしたからです。なによりもあの笑顔を見れたことが私にとって一番嬉しいことだったのです。

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