機械之心

Mεyμ-めゆ-

小説家

金曜日、深夜の居酒屋。仕事終わりにどんちゃん騒ぎをするサラリーマンから、少し離れたところでちまちまと焼酎を喉に送る。その席に居座ること、3時間を過ぎたところだった。

葉山汐はだいぶ空いてしまった焼酎のグラスを目の前で揺らす。二時間ほど前から時折見ていた光景だが、もう慣れた。閉じようとする瞼をこじ開けながら、織原陸は口を開いた。


「…あの、葉山さん」

「んー?」

「もう終電無くなりますけど」

「いいよ。タクシー呼ぶからぁ」


これが尊敬し敬愛していた作家の素顔か。織原は大きくため息をつく。この数時間で、葉山の扱い方が分かってきた。

テーブルにでろーんと伸びるこの飲んだくれが、若者に人気でSNSなどでよく話題になる人気作家だとは誰が思おうか。スマホの壁紙は人気アニメキャラ、口を開けば「酒が飲みたい」とぬかし朝もろくに起きない。にもかかわらずヒット作を生み出し続け一部の読者からは崇拝の対象にすらなりつつある作家であることに理不尽さすら感じる。ついさっきまで「信者」だったのだが。


「葉山さんはどうして作家になったんですか?」


意を決して織原が尋ねれば、葉山はつまらなそうにその怠慢な動きをぴたりと止める。視線だけ動かして、織原を抉るように見つめた。

すぐに視線は明後日の方へと動かされる。虚空を見つめながら葉山は「なんでだろうね」とつぶやいた。


「それしか無かったから」


口下手な作家はそれだけ言うと、残りのビールをがぶがぶと呷る。あっという間にグラスは空になった。


「誰かの"またね"は僕にはなくて。だから文字に書き起こすしかなかった」

「は?」

「自分の気持ちを、ありったけを書き連ねて。折角だからって適当な賞に応募したらとんとん拍子で受かっちゃった」


何が言いたいのかが全く伝わってこない。

呂律の回らない幼子のような口調だった。


「本当は僕は作家なんて大層な人間じゃなくて。弱かっただけなんだよ少年」

「いや別に少年じゃないですけど」


葉山はははっと笑うと、皿の上に一人ぽっちで残っていた串揚げを摘まみ上げた。僕みたいだねと自嘲気味に笑う。そうですねと返せば、葉山はむっと顔をしかめべしっと織原の頭を叩いた。事実を肯定しただけなのに。


「どうして作家に、か。考えた事も無かったなぁ」


新しく運ばれたビールジョッキを抱えながら呟いた。

織原は枝豆を嚥下してから顔を上げる。


「ちょっと昔の話をしようか。どこからがいい?」

「知らないのでお任せします」


その小説家は、楽しそうに笑った。

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