Episode14:鏡の檻

 『結界』に覆われた広いコンサートホール。そこでは現在、5組・・の超常の戦いが繰り広げられている真っ最中であった。


「おおりゃぁぁっ!!」


 裂帛の気合いと共に二振りの霊刀を振りかざし目にも止まらぬ勢いで斬りつけるのは、無論アラビアの聖戦士サディークだ。強大な霊力を帯びた刀は邪悪な悪魔を一刀の元に斬り捨てる威力を秘めた必殺の攻撃だ。……ただし当たれば・・・・の話だ。


「ふんっ!!」


 そのサディークが戦っている相手……このホテル『砂漠の宝石』のオーナー、ヴァンサン・エマニュエルにしてカバールの悪魔『アムドゥキアス』が、その両手に持った二振りの剣・・・・・をサディークに全く劣らぬ速度で煌めかせ、彼の連撃を全て受け切ってしまう。


「今度はこちらの番だね!」


「……!!」


 アムドゥキアスが反撃に剣を振るってくる。その威力も速度もサディークをして全く気を抜けるものではなく、彼は一切の油断なく受けに回る。そして敵の連撃を捌き切ると一旦距離を離し、霊刀に纏わった霊気を刀の軌跡に合わせて射出する。『霊空刃』だ。


「ふは! 甘いよ!」


 だがそれを見たアムドゥキアスもまた、その魔剣に帯びた魔力を刃の形にして射出してくる。サディークは目を剥いた。霊力と魔力。二つの真空刃は互いにぶつかり合い相殺される。それはつまりアムドゥキアスの放った魔力の刃も『霊空刃』と同等の威力があるという事だ。


「ち……猿真似野郎が」


「ふふふ、猿真似も極めれば厄介なものだろう?」


 サディークの悪態もどこ吹く風で流すアムドゥキアス。確かに自分と同じような力、戦い方の相手とはやりにくいものだ。そして……その状況になっているのは彼だけではなかった・・・・・・・・・




「こいツ……!」


 イリヤは眼の前のアムドゥキアスに向けて強力な念動波を放つ。するとアムドゥキアスも手を翳して同じような念動波を放ってきた。二つの不可視の力がぶつかり合って空間が歪む。


 だが今の念動波は牽制だ。イリヤはその隙に溜めていた力を解き放って、アムドゥキアスに向けて念動力を一点に凝縮した『サイコレーザー』を射出する。かつてシカゴで悪魔モラクスも倒した必殺技だ。当たればカバールの悪魔といえども只ではすまない。しかし……


「……!!」


 アムドゥキアスの姿が消えた・・・。そしてほぼ同時にイリヤの真後ろに奴が出現・・した。奴はそのままイリヤに向けて至近距離で念動波を打ち込んでくる。


「クッ……!」


 イリヤもまた咄嗟にテレポーテーションを使ってその攻撃を躱しつつ、奴と距離を取った。一旦仕切り直しとなる。


「お前……お前モESPが使えるノか!?」


「ああ、君のお陰・・・・でね。中々素晴らしい力だね。期間限定・・・・なのが残念なくらいだよ」


 イリヤの驚愕にアムドゥキアスは薄く笑って答える。彼は自分と互角の超能力者とこれまで戦った事が無かったので、初めての体験に戸惑いとやりにくさを隠せない。想定外の状況にイリヤの額に冷や汗が伝う。




「むん!」


 アダムは自身の腕から生やした・・・・連接ブレードを高速で撓らせる。下級悪魔なら数体まとめて斬断できる威力と速さの攻撃だが、アムドゥキアスもまた右腕から生やしていた・・・・・・剣が分節されて、一つの生き物のように自在に撓らせる。


 二つの連接剣は常人には音しか聞こえない速度で互いに打ち合い、火花を散らせる。


「ならばこれならどうだ」


 アダムは左腕の光線銃を展開する。アムドゥキアスをオートロックした銃口から粒子ビームが放たれる。すると驚くべき事象が起こった。何とアムドゥキアスもまた左腕を突き出すと、その手が割れて・・・中から生体組織で形作られたような『銃口』がせり出し、そこから禍々しい色合いの光弾が発射されたのだ。


 光弾はアダムの粒子ビームと相殺し合って、お互いに弾けるように消滅した。これには流石にアダムも目を剥いた。


「貴様……本当に我らの力を模倣・・しているというのか」


「そうだよ。そしてご覧の通り見せかけだけじゃなく、その性能・・に関しても折り紙付きさ」


 連接ブレードや粒子ビームとも相殺したという事は、つまり奴の放つ攻撃も同等の性能があるという証左だ。想定以上の厄介な能力にアダムの表情もより厳しいものとなる。




「ふっ!!」


 二つの影が何度も交錯し、流れるような動きで強力な券打を繰り出す。リキョウとアムドゥキアスだ。上仙として『気』を乗せた人間離れした体術を繰り出すリキョウだが、アムドゥキアスもまた上仙に全く引けを取らない熟練の体術で対抗してくる。更に一進一退の攻防を繰り広げる両者の側では、もう一つの互角の戦いが行われていた。


 白と黒のまだら模様を持つ仙獣……白豹の『麟諷りんぷう』が、謎の怪物・・・・と戦っていたのだ。それは肉片の付着した骨で構成された四足獣のような禍々しい怪物であった。


 肉骨の怪物は先端が鈎爪状になった前肢を振るって麟諷を攻撃する。麟諷も負けじとその爪牙で怪物を攻め立てるが、怪物は見た目とは裏腹な耐久力で決定打を与えられない。距離を取った麟諷が圧縮空気弾を放つと、何と怪物もその骨の口から衝撃波のような物を放って対抗してくる。


 アムドゥキアスが召喚・・した怪物は、仙獣たる麟諷と互角の強さであるようだ。リキョウは内心で舌打ちした。恐らく同時召喚で冥蛇を呼び出せば、こいつも更に別の怪物を召喚してくる事は想像に難くなかった。


「……相手と同じ力・・・を得る。それがあなたの『絶対なる公平アブソルートフェア』とやらの能力ですか」


 力の種類や性質だけでなく、その強度・・までをコピーする。恐ろしく厄介な能力だ。それでいてこの男がカバールの頂点に立てない理由は……


「如何にも。相手の力をコピーするという事は、相手より弱くもならないが強くもならない・・・・・・・という事でもある。我ながらままならない能力さ」


 やや自嘲気味に肯定するアムドゥキアス。だが次の瞬間にはその身体から強烈な魔力が噴き出る。


「でも今この状況に限って言えば、私はカバールでも最強の存在と言える。邪魔な君達を排除して『エンジェルハート』は必ず私が頂く」


「させると思いますか?」


 リキョウも充分に『気』を練り上げて再び打ち掛かっていく。超常の戦いが再び始まった。




 魔界の黒炎や黒雷が幾度も煌めき、その度に派手な閃光が上がって相殺される。先程からこの繰り返しだ。魔術も格闘戦も、そしてヴェルブレイドによる近接攻撃も全て試した。アムドゥキアスはその全てを模倣し、ユリシーズと全く同じ魔術を同じ速さ、同じ強度で撃ち込んで相殺してきた。接近戦も同じ強さ、同じ技術で対抗してくる。


(ち……このままじゃ埒が明かねぇな!)


 他の4人も同じような状況で苦戦を強いられているようだった。何せ自分と全く同じ力の持ち主が相手である。これを倒す事は容易ではない。


 もしかするとアムドゥキアスの目的はユリシーズ達を倒す・・事ではないのかも知れない。奴の力は脅威だが、反面こちらが一方的に押されるという事もない。戦力が拮抗しているのでどうしても戦いは長期化して持久戦になりがちだ。アムドゥキアスが自身の能力の性質を理解していないはずがない。


 奴の能力は相手を『倒す』には不向きだが、『足止め』『囮役』となるとその有用性で右に出る者はいないだろう。アムドゥキアスの目的が最初からユリシーズ達を倒すのではなく、ここに釘付けにしておく・・・・・・・・事だとしたら……


(くそ……本命・・はあっちか! ビアンカが危ない!)


 ヴァンサン自身がこちらにいる以上あちらには大した戦力を割けないと思っていたが、何か自分達が予測していない隠し玉があるのかも知れない。ユリシーズは焦燥に駆られる。


「ふふ、こちらの作戦に気づいたかな? 今さら気づいても手遅れだけどね。私の妻は……シヴは頼りになる女だけど、万が一『エンジェルハート』の捕獲に失敗した場合は協力者・・・が手を貸してくれる事になってる。つまりいずれにせよ『エンジェルハート』はもう私達の手中に落ちたも同然なのさ」


「……!!」


 やはり何かこちらが想定していない切り札があるようだ。ユリシーズは咄嗟に離脱を優先しようとするが……


「おっと、むざむざ行かせるはずがないだろう?」


「ち……!」


 当然アムドゥキアスが妨害してくる。何と言っても自分と同じ力を持つ相手だ。離脱は困難であり、それどころか雑念があってはこちらが不覚を取りかねない。だがこのままではビアンカが危ない。他の4人も当然ながら早期の撃破は難しい状況のようだ。



「……おい、クソナード野郎。俺は今非常に気が立ってる。命が惜しかったら今すぐそこをどけ。今なら特別大サービスで見逃してやる」


「……! ふ、ふふ……私に虚勢は効かないよ。君がどれだけ力を出そうが、私もその分強くなるだけだ。君達には『エンジェルハート』を入手するまでの間、ここで私と踊る以外に選択肢はないのだよ!」


 ユリシーズの気迫に一瞬目を瞠ったアムドゥキアスだが、すぐに自身の能力への信頼からそれをハッタリだと判断し、再び襲いかかってきた。


親父・・、悪いな。ちょっとばかし『あいつ』の力を借りるぜ)


 彼の『中』に封じられているとある存在・・・・・。先だって彼の義父とも言える現ローマ教皇マクシミリアン4世が改めて封印し直したはずのそれ・・の力を使わなければ、この状況は打破出来ないとユリシーズは判断した。


 それを使う事のリスクは百も承知だが、彼はそれよりもビアンカへの救助を優先した。


「おおぉぉぉぉぉ!!! どけぇぇぇっ!!!」


 禁断の手札を切ったユリシーズは爆発的にその魔力を高めながら、咆哮を上げつつ立ちはだかる障害を排除すべく恐ろしい勢いで突進していった。

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