Episode13:未知の異能
「それでは淑女の皆様、私に付いてきて下さいませ」
男性陣と別れたビアンカ達は他の女性招待客たちに混じって、シヴァンシカの先導に従って扉を潜っていく。ここから先は
ルイーザやオリガ達もさりげなくビアンカを守るように、近い位置に集まってくる。グローブなどの霊具も今のうちに装備しておく。態勢は万全だ。何が起きても大丈夫……とは断言できないのが痛いが、それでも可能な限り最善の態勢で敵陣へと乗り込む。
「さあ、皆様を夢の世界へとご招待いたしますわ」
「……!?」
シヴァンシカに続いて扉を潜ったビアンカ達は……いや、全ての招待客たちは目を瞠った。扉の先には……
その日差しの眩しさも、そして肌に感じる熱気も全て偽物とは思えないリアルさだ。試しに近くにある熱帯植物に触ってみると非常にリアルな手触りを感じた。葉を引っ張って動かしてみると、それに合わせてその植物も撓って揺れ動く。どんな最新技術によるVRでもこんな事は不可能なはずだ。勿論他の招待客たちも驚愕して同じような試行錯誤をしている。
(どういう事!? 一人だけじゃなくここにいる全員が同じように体感できるVRなんて……いえ、絶対に有り得ないわ!)
少なくとも現在の科学力では絶対に不可能だ。
「さあ、皆様! アメリカのラスベガスにいながらにして、
しかしビアンカや他の客たちの驚愕や混乱をよそに、シヴァンシカはどんどん先に進んでいってしまう。皆が半ば反射的に慌ててその後ろに追随していく。勿論ビアンカ達もだ。
靴の裏に感じる地面の感触、蒸し暑く生ぬるい空気、かき分ける草木の感触、それに驚いて逃げ散っていく虫や小動物の気配。ビアンカには全てが本物に感じられた。明らかに尋常な状況ではない。
(ブラジルのアマゾンまで一瞬で、そして私達全員を一斉に移動させるような何からの力? いえ、いくらなんでもチート過ぎるわ)
そんな事はカバールの上級悪魔であっても不可能なはずだ。ましてや現在は恐らくユリシーズ達と戦っているだろうヴァンサンにそんな能力を使う余裕はないだろう。
「……ビアンカ、気をつけなさい。この『ジャングル』、微かではありますが
「……!!」
その時さりげなくビアンカの真後ろに寄ってきたナーディラが小声で警告する。女性陣の中では彼女だけが魔の存在やその力を感知できる。聖戦士たるナーディラがそう言うなら間違いないはずだ。ならばやはりこれは悪魔の仕業か。
(まさかヴァンサン以外にもカバールがいるの? だとしたら想定外ね。こっちには大した戦力はいないと思っていたのに)
シヴァンシカを無視して一旦戻るべきだろうか。急に体調が悪くなったとか何とか言い訳は可能なはずだ。そう思って踵を返そうか迷うビアンカだが……
「……! ビアンカ、私達が入ってきた扉が
「え……!?」
やはり近くにいたルイーザの切迫した声にビアンカは驚いて振り向く。そして目を瞠った。先程までそこにあったはずの入口扉が確かに影も形もなくなっていた。リンファもその光景に目を丸くして不安そうに辺りを見渡す。
「そ、そんナ……!」
オリガが顔をひきつらせて駆け寄るが、虚しく素通りするだけであった。確かに扉はなくなっているようだ。
「……退路は無いって事ね。ある意味決心が固まったわ。こうなったら突き進むしかないわね」
覚悟を決めたビアンカは決心が鈍る前にと、自分からシヴァンシカを追って歩き出す。ルイーザ達もビアンカを守る役目上、おっかなびっくりという感じではあるが追随してくる。
しばらくジャングルを歩いているとすぐに違和感に気づいた。いつまで経っても終わりがないのだ。『砂漠の宝石』がどんな広いホールを用意していたとしても、いくらなんでも5分以上歩いても端に付かないなどという事はあり得ない。更には……
「ね、ねぇ、なんか周りの人達、どんどん少なくなってない?」
リンファが問いかけてくるが、ビアンカもそれには気づいていた。30人ほどはいたはずの女性招待客達だが、ジャングルを歩くうちにはぐれたのか、いつの間にか周囲からビアンカ達5人以外には殆ど姿が見えなくなっていた。
「……ぼちぼち仕掛けてくる頃合いですわね。他の招待客たちは放っておきなさい。むしろ私達の近くに居ない方が
「……! 確かにそうね」
ナーディラの提言に納得して頷くビアンカ。敵の狙いはあくまで彼女である以上、他の招待客たちは離れていてくれた方が逆に安全だ。
そのままジャングル紀行を再開すると程なくして、ビアンカ達5人以外の招待客たちが全てはぐれて居なくなった。ルイーザ達は元々ビアンカを護衛するという目的で意識して側に付いていたのではぐれずに済んだようだ。でなければ方向感覚を狂わせるこの『ジャングル』に惑わされて、他の招待客のように分断されていたかも知れなかった。
そしてルイーザ達が決してビアンカの側を離れないというのは
「ふむ……しばらく泳がせていましたが、『エンジェルハート』の側を離れる事は無いようですね。つまりあなた達が
「……!!」
絢爛なサリーを纏った艶やかなインド人女性。それは女性達を先導しながら姿を消したシヴァンシカであった。その態度や台詞からも、彼女が意図的にこの事態を引き起こしている事は明白だ(この『ジャングル』自体が彼女の仕業かどうかは不明だが)。
「あなた、自分が何をやってるか解ってるの!? 悪魔に協力するなんて正気の沙汰じゃないわ!」
「それは
ビアンカが思わず糾弾するが、シヴァンシカはどこ吹く風といった様子で平然と笑う。そして何かを合図するように片手を挙げた。すると木々の陰に潜んでいたと思われる複数の影が現れて、ビアンカ達を包囲する。人に似て非なる異形のシルエット。それはビブロスやアパンダなどの下級悪魔達であった。全部で5体ほどいる。幸いにも中級悪魔はいないようだが。
「ヴァンサンから借り受けた兵隊たちですが、あの腕利きの護衛がいないのならこの数で充分過ぎる程でしょう?」
「う……」
異形の悪魔たちが実際に現れた事で、主にオリガが慄いて怯んだ様子になる。
「オリガ、覚悟を決めなさい。あなたはイリヤ君の力になりたくてここまで来たのでしょう?」
「……!」
衣服を脱ぎ去って聖戦士の鎧姿で曲刀を抜くナーディラの言葉にオリガは目を見開いて、それから唇を噛み締めて自らのESPを高め始める。
「早速『コレ』を実戦で試す事になるなんてね……!」
「……やってやるわ。こいつらとはLAでも戦ったし、今度は勝ってみせる!」
ルイーザは素早く『パトリオット・アームズ』を展開し、リンファも
やはりヴァンサンはユリシーズ達を抹殺するために自らのリソースの殆どをあちら側に集中させており、こちら側には大した戦力を配していないというビアンカの読み自体は当たったようだ。だがビアンカ達にとっては下級悪魔でも充分強敵だ。しかもそれだけではなく……
「でもあのユリシーズという男性以外にも、こんな可愛らしいボディガード達もいたのね。なら悪魔たちには彼女らの相手をしてもらうとして……『エンジェルハート』は私が
「……!?」
ビアンカは目を瞠った。シヴァンシカの身体から謎の圧力が立ち昇るのを確かに感じたのだ。悪魔の魔力も含めてこれまで様々な異能に相対してきたビアンカは、ナーディラのように異能を感知できる能力こそ無いものの、その異能の質というか種類というか、何となくそういう物を肌で感じられるようにはなってきていた。
その彼女の感覚からしても目の前の女から感じるそれは悪魔の魔力は勿論、神仙の気とも超能力者のESPとも聖戦士の霊力とも、そして勿論シェイプシフターの違和感とも異なる全く未知のものであった。
そこでビアンカはこの任務を請ける際のブリーフィングで聞いた、シヴァンシカの所属する『ヴィシュヌ・セーナー』というインドの野党が、カバールとも対等に取引できる
「あなたもただの無力な女ではないようですが……私も
アスラというのが何か解らないが、恐らくインドにおける異能者の呼称なのだろう。そしてビアンカは早速そのアスラとやらの異能の一端を垣間見る事になる。
シヴァンシカがお辞儀をするように両手を合わせ、若干前かがみの姿勢となる。するとその背中が不自然に盛り上がり、服の肩口を突き破って
「な……」
ビアンカが絶句した。シヴァンシカの背中から
「神代の時代への
「く……!」
四本腕の怪人と化したシヴァンシカが迫ってくる。ビアンカは咄嗟に迎撃体制を取る。周囲では既にルイーザ達4人と下級悪魔たちの戦闘が始まっている。援護は期待できそうにないが、悪魔どもを抑えてくれているだけで充分すぎる援護ではあった。
グローブやシューズ、チョーカーなどの霊具は装備済みだ。シヴァンシカと直接戦うという事態は想定外だったが、こうなったらやるしかない。
(先生、ユリシーズ、私に力を貸して……!)
魔力漂う幻惑のジャングル内で、女達の死闘が始まった!
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