Episode4:聖戦士の内実

 アメリカ北西部にあるボストンには、ビアンカの住んでいたフィラデルフィアや以前の任務で訪れたニューヨークも飛び越えていく事になる。今回もDCからボストンまではビジネスジェットで直行だ。


 ロサンゼルスやヴァージン諸島に比べたら近いが、それでも多少の時間は掛かる。そして今回の任務、同行者はサディーク一人だけ・・・・だ。


 今までの任務では基本的に同行者が1人というケースは殆どなかった。まだメンバーが少なかった頃の最初の任務でボルチモアに赴いた時はアダムと二人だけだったが、リキョウが加わって以来は必ず二人以上のメンバーが同行していた。今回はそれがない。



「んんーー……! いや、最高の環境だな! お預けを喰らった甲斐があったってモンだぜ!」


 ボストンへと向かうビジネスジェットの機内。案の定というかえらく上機嫌なサディークが伸びをしながら座席を倒して、両手を頭の上で組んだリラックスした姿勢でビアンカを見やる。


「ユリシーズの奴も本来の仕事に精を出しててここにはいねぇしな。俺は最初からこういうのが理想だったんだよ」


「浮かれるのはいいけど、私達は遊びに行くんじゃないんだからちゃんと仕事はしてよね」


 そう釘を刺しておく。何だか毎回この類いの釘を刺しているような気がしないでもないが。


「勿論言われるまでもねぇって! 俺様に任しときゃどんな悪魔だろうが他国の工作員だろうが、一刀両断にぶった斬ってやるからよ!」


 自信満々に請け負うサディーク。彼の実力を考えるとあながち安請け合いとも言えないのが凄い所だ。



「そういう訳で今は邪魔な奴等もいねぇし、存分にお前との親交・・を深められるって訳だな」


 彼の目が若干真剣な光を帯びる。ビアンカは内心で焦りを覚えた。よりによって彼との単独任務だ。ボストンに着いてからもこの調子で迫られ続けるかもしれない。ユリシーズへの気持ちを自覚・・し始めた矢先にそれは出来れば避けたいというのが本音であった。


 とはいえサディーク自身を嫌っている訳ではない。それどころか彼にも何度も命を救われており、好ましく思っているもの事実だ。過日のLAでの任務でもユリシーズ達が軒並みローラ達の敵に回っていた現状で唯1人それに異を唱え、女性を甚振るような任務を良しとせず反旗を翻したりもした。


 粗暴な言動の裏に紳士で理知的な性格と熱い情熱を秘めた好人物である事も確かだった。そんな彼をはっきりと拒絶して突っぱねるのも気が引けていた。


 理想はリキョウやイリヤのように別の対象・・・・に意識が移ってくれる事だったが……



「そ、そういえばアメリカに来て大分経つけど、実家・・とか『ペルシア聖戦士団』の方とかは何も言ってきたリしないの? 一応……ていうのもアレだけど王子だし、第2位の戦士なんでしょう?」


 ビアンカは話題逸らしのために彼に国元・・の話を尋ねる。話題逸らしではあるが、反面少し興味があるのも事実だった。サウジアラビアの第六王子という事は知っているが、そういえばそれ以外に彼に関する情報を殆ど知らなかった事に気付いたのだ。


 『ペルシア聖戦士団』に関しても同様で、位階第2位という事しか知らない。そもそもどんな組織で何人くらいいるのかもよく分かっていないのだ。LAではローラの仲間の1人に、同組織に所属するセネムというイラン人女性がいたが、生憎個別に話をする機会は得られなかった。


 故郷の話が出たサディークは盛大に顔を顰めたが、特にタブーという訳でもないのか肩を竦めた。


「俺は国の政治には関わってねぇから構わねぇのさ。ま、いくつか国内企業の筆頭株主にはなってるが、それだって直接経営に関わってる訳じゃねぇからな。金と自由だけ与えて口出しさせないようにって、兄貴達からのお優しい心遣い・・・・・・・って奴さ」


 その皮肉気な口調と表情からして、兄弟である他の王子たちとの仲は余り良好ではなさそうだ。まあサウジアラビアのような大国の王家ともなれば、一般家庭の親兄弟関係のそれとは全く性質の異なる物であるだろう事は何となく想像が付く。ましてやサディーク自身も唯我独尊の強烈な個性の持ち主とくれば尚更だ。



「そ、そうなのね。『ペルシア聖戦士団』については? 何か本部はイランにあるってお母様から聞いた記憶があるんだけど、確かイランってシーア派?とかで他のイスラム諸国と合わないんじゃなかったっけ?」


 ビアンカは特にムスリムについて詳しい訳ではないが、一応スンナ派とシーア派という二大学派がある事くらいは知っていた。そしてこの学派同士は教義の対立から余り仲が宜しくないという話も。サディークは苦笑して頷いた。


「ま、確かにその辺は有名な話だな。二大学派とは言われちゃいるが、実際には殆どのイスラム諸国はスンナ派で、シーア派はイランとその周辺くらいで勢力的にはスンナ派の方が遥かにデカいのさ」


 サウジアラビアも当然スンナ派なのでサディークもスンナ派という事になるのだろう。だが『ペルシア聖戦士団』はその名の通り本部はイランにあり、サディークはシーア派の組織に属しているという事にはならないのだろうか。


「元々あの組織が結成されたのがイランペルシャで、当時のペルシャには力があったからな。それが今になっても慣習で続いてるってだけさ。実際には『ペルシア聖戦士団』て名前とは裏腹に現在の位階上位3人は全員スンナ派の国出身の戦士で占められてて、あいつらペルシア人は昔の栄光に縋ってるだけですっかり落ちぶれちゃいるがな」


 サディークは人の悪そうな皮肉の笑みを浮かべる。『ペルシア聖戦士団』は国境や学派の垣根を飛び越えて全てのムスリム諸国を監視する使命を帯びた組織だが、それは名目上であり現実には(あるいは現在では)、やはり各戦士の母国ごとに派閥・・のような物が出来ているらしく、邪霊や魔物などが引き起こす被害を解決する任務も、その派閥の力関係・・・によってどの国や地域の任務が優先されるかが決まるらしい。


 現在の『ペルシア聖戦士団』ではサウジアラビアを中心としたアラビア派、トルコを中心としたトルコ派、そしてイランを中心としたペルシア派の三つ主要派閥があり、大半の戦士達はその三つのいずれかの派閥に属しているらしい。サディークは当然アラビア派であり、ローラの仲間だったセネムはペルシア派だ。


「結局どんなお題目掲げようが、人が集まる組織である限り政治・・ってヤツは必ず付いて回るのさ。俺がアメリカに来たのは、本来の戦士の在り方も忘れてそんな派閥争いに固執する連中にうんざりしてたってのもあるな」


 サディークが少し自嘲気味に呟く。彼はビアンカの護衛としてカバールと戦う事で、純粋に戦士としての闘争を楽しめているのかも知れない。



「でもサディークって第2位・・・なのよね? さっき上位3人って言ってたけど、他の2人はどんな人達なの?」


 話の流れ的に不自然ではなかったので、ついでに好奇心から気になっていた事を尋ねてみる。サディークの戦士としての強さを知っている身からすると、彼よりも強い戦士がいるというのは俄かには想像できなかったのだ。聞かれたサディークはやはりというか盛大に顔を顰めた。


「……第1位はアフメット・セゼルってトルコ人野郎だ。基本トルコ一国しかないトルコ派が、多くの国を抱えるアラビア派に並ぶ主要派閥として幅を利かせてられる最大の要因がこいつの存在だ」


 苦い顔のままのサディークを見る限り、そのアフメットという人物の話題が面白くないのは明らかだ。


「トルコ人……。でも第1位って本当にあなたよりも強いの? 何かの名誉職的な順位じゃなくて?」


 普通の組織であればそういう事もあり得るだろう。トップが必ずしも一番強い・・・・必要はない。だがサディークはかぶりを振った。


「あの組織はそういう所だけは厳格でな。奴は何の後ろ盾もない一介の戦士から第1位にまで成り上がった化けモンだ。その霊力と戦闘センスは正直俺以上だと認めざるを得ねぇ。面と向かっては絶対に認めねぇがな」


「……!」


 超のつく負けず嫌いで、ユリシーズにもライバル意識を燃やす彼がここまではっきりと認めるとは。会った事も無いそのアフメットという人物が空恐ろしくなるビアンカであった。



「じゃ、じゃあ第3位の人は?」


「3位か……。ライル・ハリードってオマーン人の男だ。こいつも俺と同じアラビア派で、戦士としては間違いなく超一流なんだが……最近はアイツ・・・のお守りみたいな仕事ばかり押し付けられてて、まあ同情はしてたな」


「アイツ? 誰の事?」


 ビアンカが首を傾げると、サディークは何かに気付いたように慌てて取り繕って露骨に咳払いした。


「オホン!! もうこの話はいいだろ。本来は秘密結社であって、あんまり内情をベラベラ喋る訳にも行かねぇんだからな。さあほら。今度はお前の番だぜ。フィラデルフィアでの話を聞かせろよ。実はあまり詳しく聞いた事なかったんだよ。元カレとやらもいたんだろ?」


 彼にしては珍しい露骨な話題逸らしだが、何か話したくない事情でもあるのかも知れない。無理に聞き出すような事でもないので、彼に口説かれるのを避けられるならという思いで頷いたビアンカは、差し支えない範囲でフィラデルフィアでの生活の事をサディークに語って聞かせるのだった。といっても彼女は彼女で、ヴィクターの事など話したくもなかったのだが……

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