Episode3:悩みの種は……

「ハイ、ビアンカ。今度はヴァージン諸島ですって? まあ全国あちこち旅行し放題で羨ましいわね?」


 『RH』内にあるラウンジスペース。ビアンカがそこで遅めのランチを摂っていると、テーブルの向かい席にトレーを置いて座る1人の女性。スラッとした長身の黒人女性ルイーザだ。


 とある事情でビアンカと同じように大統領府に匿われ、現在は議会図書館の非公式・・・助手として働いている立場であった。ビアンカは苦笑した。


「ハイ、ルイーザ。まあね。何だったらちょっと替わってみる?」


「ありがたいけど遠慮しとくわ。私じゃカバールの悪魔を釣れないし、仮に釣れたとしても積極的に守ってくれるナイト・・・がいないからね」


 ルイーザは肩を竦めた。まあそれはそうだ。ビアンカの持つ『天使の心臓』がなければカバールを釣り出せないのだから、誰かに代わってもらうという訳にも行かない。その意味ではオンリーワンとして価値があり、それ故にこそダイアンにここに残る事を認めさせる事が出来たのだから、贅沢は言えなかった。



「皆、ナイトなんて柄じゃないけど……。でも、例えばアダムだったらあなたを積極的に守ってくれそうじゃない?」


「え……!? そ、そうかしら? そんな事も、ないと思うけど……」


 ビアンカが逆にからかい返してやると、途端にルイーザは慌てたように取り繕う。LAでの任務でアダムが重傷を負って戻ってきてからというもの、ルイーザは毎日のように彼を見舞っているらしかった。 


 基本的に色恋沙汰には鈍いビアンカだが、流石にもう気付いていた。確かに最初こそ若干面白くないと感じたものの、ルイーザとは既に友人と言っていい間柄になっていたし、客観的に見て彼女とアダムは凄くお似合い・・・・だと思えたのは事実であった。


 アダムの方がルイーザの事をどう思っているのかはまだ判然としないが、少なくとも憎からず感じているのは間違いない。それはシアトルの時からも明らかであった。



「わ、私の事はいいのよ。それよりあなたこそユリシーズとはどうなってるのよ? 今度の任務でも彼と一緒なんでしょ? 美しいカリブ海が広がる夜の浜辺で、テラス席で向かい合って2人でワインを傾けたらいい雰囲気になりそうじゃない?」


「ええ、ユリシーズと!? 無理無理、絶対ないわ。彼、そういうデリカシーとか皆無だから」


 ビアンカは慌てて手を振って否定する。だが本当にそうだろうか。前回のLAでの任務で、彼はとある美女・・・・・に対して随分いい雰囲気・・・・・で粉を掛けたらしい。普段はガサツだが、やろうと思えばそういう事も出来る男なのだ。


 そう考えた彼女はつい、ルイーザの言うシチュエーションを想像してしまった。そしてすぐに顔を火照らせる。


(私とユリシーズが、そんな……ロマンチックな……)


 浮ついた妄想が色々浮かび上がるが、彼女はすぐに頭を振ってそれを追い出した。



「やっぱり無理よ。遊びに行くんじゃないんだし。それに今回の任務では彼は裏方というかサポート的な立場で、実際の任務はイリヤと一緒にやる事になるから、あまりユリシーズと一緒になる機会はないと思うし……」


「イリヤ……あのロシア人の子ね? 人見知りが激しいみたいで、私もまだ数えるくらいしか話した事はないんだけど……あの子、ちょっと心配よね」


 イリヤの名前を聞いたルイーザは一転して、少し憂慮したような表情になる。


「まあ見た目が頼りないのは確かだけど、あの子はあれで非常に強力なサイキックなのよ。既に単身でもカバールの悪魔と渡り合える強さよ」


 話題が移った事に内心でホッとしながら、ビアンカは苦笑する。ルイーザはイリヤが戦っている所は見た事がないはずなので、心配するのも仕方ないだろう。だが彼女はかぶりを振った。



「私が言ってるのはそういう意味じゃないわ。あの子、何だかあなたに依存・・しちゃってるように見えるのよ。分かるでしょ?」



「う……それは、まあ……」


 ビアンカは少し眉根を寄せた。それはそれで目下頭の痛い問題ではあった。イリヤの過去の経験や現在の環境を鑑みると致し方ない部分はあるのだが、このままではいずれどこかで大きな暴発・・を引き起こしかねない。その兆候は既に前回のLAでの任務に現れていた。


 まだ容疑者でしかなかった女性達を無理やり拘束して、テレパシーで頭の中を無遠慮に掻き回し、女性達が抵抗するとむしろ嬉しそうに容赦なく殺そうとしたという。


 今の所ビアンカの言う事なら聞いてくれるが、そうやって言う事を聞かせ続けるのが正しい事だとも思えないのだ。かといって自由意思に任せると前回のように『暴走』する危険がある。



「このままでは良くないのは確かね。何か……あの子をあなたへの依存から脱却させてくれるような切っ掛け、もしくは対象・・でもいると良いんだけどね」


「対象……別の誰かって事? とても無理でしょ」


 少なくとも後から来て、ビアンカ以上にイリヤと近しい関係になる事が出来る者などいないだろう。どんな腕利きのカウンセラーであっても不可能だ。


「そうなのよねぇ。可能性があるとしたら彼がまだロシアにいた頃・・・・・・・の家族なり友人なりだろうけど……まさかロシアから探し出して連れてくる訳にもいかないでしょうしね」


 ルイーザも嘆息する。それだけでなく彼がロシアにいた頃は正直あまり良い思い出が無かったようだ。実の親にも売られたようなものだったらしい。そういう意味でも望み薄と言えるだろう。恋人・・のような存在も、彼の年齢を考えると居たとは思えない。


「八方塞がりね……」


 ビアンカも同じように嘆息する。とはいえ解っていて彼の身柄を引き請けたのだ。今更泣き言はいえない。



「――おや? こんな所で美女が2人、恋バナの最中……という感じでもないね」



「……! 先生!」


 と、その時、聞き慣れた落ち着いた感じの声が掛けられて2人は振り向いた。そこには案の定、議会図書館館長のアルマンが佇んでいた。


「ごめんね、2人とも。邪魔しちゃったかな?」


「いえ、大丈夫ですよ。『RH』にいらっしゃるなんて、私達に何か用事でも?」


「ああ、まあね。時にビアンカ、LAでの任務お疲れ様。新しい霊具は役に立ってるかな?」


 アルマンに聞かれたビアンカは大きく頷いた。


「ええ、それはもう。あれのお陰で『リーヴァー』に直接触れずに攻撃が出来ましたし、他にも役立つ場面は沢山ありました。ただやっぱりというか相手が中級悪魔以上だと厳しいみたいで……」


「ああ、それは単純に火力不足だね。中級悪魔以上の相手に有効打を与えるような威力の攻撃となると相当の霊力を消費するから、携帯用の霊具だけでは中々難しい所だね……」


 アルマンが申し訳なさそうな表情になると、ビアンカは慌ててかぶりを振った。


「い、いえいえ! でもそれ以外ではとても役立ってますし、今の私には充分ですよ! そもそも私が直接中級悪魔以上の相手と戦うのは、基本的に避けなければいけない事ですし」


 そのためにユリシーズ達が一緒しているのだ。彼女が強敵と戦うとしたら、倒すのではなくあくまで緊急時に身を守るためだ。それには牽制が出来れば充分である。


「そういって貰えると助かるよ。でもあの霊具にもまだまだ改良の余地はあるから、気になった事は遠慮せずにどんどん言ってほしい。より良い物が出来るように今後も研究を続けていくよ」


「きょ、恐縮です……」


 彼にはお世話になりっぱなしだ。ビアンカが畏まるとアルマンはにっこり微笑んだ。



「いいんだよ。半分は趣味でやっているような物だからね。趣味と言えば、ルイーザ。君にも用事があったんだ。例の件・・・だけど、大統領と国防長官の許可が両方下りたから正式に進められそうだよ。勿論アダムは最初から了承してくれてたしね」


「本当ですか!? やった……! 宜しくお願いします、先生」


 アルマンの報告に目を輝かせて喜ぶルイーザ。ビアンカは何の話か分からなくて戸惑う。


「例の件? お母様と国防長官が許可って……ルイーザ?」


「ふふ、まだ内緒。あなたが任務で飛び回ってる間、私だって何もしてない訳じゃないのよ? あなたのダミー・・・以外でも、あなたの役に立てる日が来るかも知れないわ」


「え……?」


 少し悪戯っぽい表情で笑うルイーザ。アルマンもニコニコしているだけで答えてはくれないようだ。気にはなったが無理矢理聞き出す訳にもいかない。それにビアンカにとってマイナスな事をしている訳ではなく、どうもその逆ではあるようだ。


 ならばまあとりあえず深く追及はしないでおこうと思った。ビアンカは苦笑した。


「ふぅ……何だか分からないけど、それじゃ楽しみにしてるわ」


「ええ、楽しみにしてて。近い内にお披露目・・・・出来るはずだから。あなたは任務を頑張ってきて」


 ルイーザは機嫌良さそうに笑うのだった。



 『RH』で任務と移動の準備を終えたビアンカは、いよいよ出発の時を迎える。次の任地は……カリブ海に浮かぶ楽園、ヴァージン諸島。

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