Episode25:超常対決(Ⅳ) ~獣禍の爪痕
ニューヨークの玄関口、JFK空港の近隣にある五つ星ホテル『ニューヘブン』。更にその中でも最も高級なロイヤルスイートフロアでは、その豪華で格調高い内装とは不釣り合いな血みどろの殺し合いが展開されていた。
廊下では大統領直属のSP達が銃を抜いて、ライオンやアナコンダなどの猛獣相手に発砲している。街中、それも高級ホテルのロイヤルスイートに突如出現した猛獣達。それは……メキシコ軍の
大統領であるダイアンに襲い掛かる猛獣達とそれを撃退しようとするSP達の間で激しい争いが起きているのだ。しかし如何に人の知性を併せ持った猛獣達とはいえ、今までダイアンの警護に就いていたアダムがいれば問題なく撃退できていた事だろう。ではそのアダムは何をやっているのか……
『グルルゥゥゥッ!!』
「む……!」
スイートルーム内。凶悪な魔獣の鉤爪がアダムの身体ごと斬り砕こうと凄まじい速度で迫る。アダムはその攻撃の軌道を予測分析して、まるで予知能力のような動きで回避する。サイボーグ超人であるアダムをして、攻撃を見てからでは躱せないと判断したのだ。
「ふんっ!」
反撃に右腕のブレードを煌めかせる。だが彼の攻撃をあえなく躱されてしまう。その巨体に見合わぬ恐ろしい身のこなしだ。
アダムの前に立ちはだかる、優に二メートル半はあろうかという巨体の
本物の『ルーガルー』と寸分変わらぬ強さを誇るこの怪物を前にしては、アダムも即座にダイアンの救援に向かう事ができなかった。いや、この化け物がダイアンに襲い掛かったりしないように、アダムの方が足止めをしているとも言える状況であった。
(あまり時間は掛けられんな……)
人の知性を持った猛獣というのは、想像よりも厄介で恐ろしい存在であった。【ウィツロポチトリ】の隊員が変身した猛獣達は巧みに遮蔽物を利用して銃弾を防いだり、また一方が気を逸らしている間にもう一方が挟撃を仕掛けたりと、普通の動物……それも種類の異なる猛獣同士ではあり得ないような連携を駆使してSP達を攻め立てている。
このままではダイアンの身が危うい。その前にこの怪物を排除してダイアンの救援に向かわねばならない。
だが恐らくこのままこの怪物と戦い続けていても埒が明かない。こちらの決着がつく前に確実にダイアンが暗殺されてしまうだろう。なのでここはリスクを無視して
『ルーガルー』が再び飛び掛かってくるのを躱したアダムはそう決断すると、
『倍速機動モード、発動』
この単語を発する事が合図となって、彼の身体が
『グゥッ!?』
狼男が様子の変わったアダムの姿を見て警戒したような唸り声をあげる。そして先手必勝とばかりに大顎を開いて飛び掛かってきた。だがその眼前からアダムの姿が
『ギェッ!!』
『ルーガルー』は凄まじい反射神経と体捌きで本能的に身を躱すが、完全には躱しきれずにその背中に裂傷が走る。
「ち……今のを躱すか! やるな」
一撃で首を斬り落とすつもりだったアダムが舌打ちする。あまり時間を掛けられない都合上、どうしても急所を狙うような戦い方になりやすいのもこのモードの欠点と言えた。とはいえ相手が中級悪魔程度なら今ので確実に仕留められていたはずなので、やはり『ルーガルー』はカバールの構成員たる上級悪魔にも比肩する強力な魔物だ。
「むん!!」
今度はこちらから攻勢を仕掛ける。超スピードで正面から突進してブレードを振るう。光線銃や連接ブレードは高速機動モードの意味が無いので今は使わない。
『ルーガルー』は辛うじて反応して腕を掲げる。今度はその腕に深い裂傷が走る。『ルーガルー』は怒り狂って鉤爪を振り回してくるが、今のアダムであれば躱す事は容易だ。そのままヒット&アウェイで奴の急所を狙ってブレードを連続で煌めかせていく。
その度に『ルーガルー』の傷が増えていく。さしもの怪物も高速機動モードの速度には対処できないようで、一方的に翻弄される。だが致命の一撃は辛うじて防いでおり、傷だらけになっているものの中々倒れない。
アダムの中で次第に焦りが増幅される。このまま奴が倒れなければ、先に動けなくなるのは彼の方である。一見追い詰めているようで、その実彼も追い込まれていた。
(化け物め! さっさと死ね!)
アダムは内心で毒づいて更に攻勢を強める。すると流石に耐え切れなくなったのか、『ルーガルー』が姿勢を低くして大きな咆哮をあげる。
――Guruoooooooooooo!!!
「……っ!」
物理的な圧力さえ伴うようなシャウトに、アダムも一瞬だが足を止めざるを得なかった。その隙に身を翻した『ルーガルー』が、自身が割って侵入してきた窓まで飛び移る。そしてその狼の双眸でアダムを睨むと、窓の外へ躊躇う事無く身を躍らせていった。
どうやら逃げたようだ。ここは高層ホテルの最上階であったが、あの化け物が落下死する事などあり得ないだろう。
リーダーの咆哮が何らかの合図だったらしく、廊下でSP達と殺し合っていた猛獣達も潮が引くように非常階段などから逃げ去っていく。階下のフロアやロビー、そしてホテル前の通りは、突如現れた猛獣で大騒ぎだろう。
「……明日の新聞の一面は決まりだな」
何とか奴等を撃退できた事を確認したアダムは急いで倍速機動モードを解く。それなりに長時間起動していた為に、反動で強い眩暈のような症状に襲われるアダム。もう少し続けていたら負担はこんな物では済まなかっただろう。
「閣下! ご無事ですか!?」
しかしその身体への負担を押して、ダイアンの安否確認に走る。廊下には多くの血まみれのSP達が転がっており、中には完全に事切れている者もいた。彼等に共通しているのは爪や牙などによって身体を裂かれている点だ。
アダムは彼等の間を縫うようにして一番奥まで駆け付ける。そこには……
「アダム! あの化け物は!?」
「……! ご無事でしたか、閣下。……ええ、奴なら何とか撃退しました」
目立った怪我なども無く健在のダイアンの姿にホッと息を吐くアダム。SP達の決死の働きのお陰だ。
「そう……ありがとう。ご苦労様。こいつらは例のメキシコの特殊部隊という事でいいのかしら?」
やはり大きく息を吐いたダイアンが、何体かの銃弾で蜂の巣になった猛獣の死体を示しながら確認する。アダムは頷いた。
「ええ、間違いなく。あの狼男はシアトルでの任務時に邂逅したペドロという男でしょう」
「……サラザールめ、やってくれたわね。まさか直接こんな大胆な襲撃を仕掛けてくるなんてね。こいつらの身元は割り出せないのかしら?」
怒りに震えるダイアンは再び猛獣達の死体を指し示す。メキシコのやった事は完全に一線を越えている。しかしアダムは今度は首を横に振った。
「死んでも変身が解けていません。この様子では無理でしょう。【ウィツロポチトリ】はその存在自体が秘匿された完全非公式部隊です」
つまり公式には存在しない事になっている部隊だ。このシェイプシフター達個人もそういう扱いだろう。しかも死んでも変身が解けないのが更に状況を難しくしている。この動物たちが元は人間であったという証拠すらない。
状況的には『いきなりどこからともなく現れた動物たちが
「……この借りは必ず何倍にもして返してやるわ。サラザール……アンタが無事に任期を終えられるとは思わない事ね」
直接命を脅かされただけあってダイアンの怒りは相当な物だ。隣国の大統領に対して怨嗟の籠った予言をする。
「とりあえず奴等は撃退しました。まずはこの場を何とかするのが先でしょう。生き残ったSP達の手当てと殉職した者達への弔い、それに……このホテルへの
「……! ええ、そうね。気が重いけど仕方ないわね。あなたも疲れている所悪いけど、もう一働きしてくれるかしら」
「了解しています」
確かに倍速機動モードを使った後だけにかなり消耗していたが、正直休んでいる暇はない。アダムは表面上は疲れも見せずに頷くと、早速ダイアンの指示のもと
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