Episode14:神仙と超能力者

『オォ……オノレ、マサカ我ガ能力ガコンナ事デ見破ラレルトハ……!』


 口だけしかない顔をした悪魔が唸る。あのコピー能力はリキョウでさえ見破れなかったのだから、確かに自信を持つのも頷ける。それだけにあのような不条理な反応で見破られた事は、この悪魔からしたら納得できない結果なのだろう。


「どんな手段であってもそれで勝ちを掴めるのであれば問題ありません。イリヤ君、ミセス・シュルツを安全な場所へ。こいつは私が対処します」


「わ、解っタ……! シュルツさん、僕から離れないデ!」


「え、ええ!」


 悪魔を油断なく見据えたリキョウがイリヤを促す。カリーナも流石に異様な悪魔の姿を見て頭が冷えたらしく、素直に指示に従う。


『逃ガスカ! コウナレバ仕方ナイ。抹殺・・ニ切リ替エルマデダ!』


「……!」


 口だけの悪魔が吼えると、それを合図としたようにペントハウス全体が『結界』に覆われ、同時にリビングの大きなガラスが砕け散って中に何かが飛び込んできた。


「ひぃ!? な、何……!?」


 飛び込んできたモノを見てカリーナが引き攣った悲鳴を上げる。それは何とも異様な物体・・であった。端的で形容するならそれは、『巨大な肉塊の上部にいくつもの怪物の頭が生えていて、肉塊の側面からは四本の異常に長い腕が生えた』化け物であった。


 まるでその四本の腕が『脚』であるかのように胴体部分の肉塊を支えている姿は、巨大な蛙か蜘蛛のようにも見えた。背中・・の頭群は、訳の分からない呻きや呟きを喚いている。


 どうやら入れ替わりに失敗した場合の『プランB』に備えてスタンバイしていたらしい。


『ヤレ! ドゥクブス・・・・・! ソノ女ヲ殺セ! 邪魔スルナラ、ソノガキモダ!』


 口だけ悪魔の指示で肉塊の悪魔――ドゥクブスが、カリーナとイリヤをターゲットに動き出す。


「ミセス・シュルツ!?」


『オット、オ前ノ相手ハコノ私、タブラブルグ・・・・・・ガ務メヨウ!』


「ち……!」


 咄嗟にカリーナの方に駆け付けようとするリキョウだが、そこに口だけの悪魔――タブラブルグが逆に妨害してきた。こいつらはどちらも中級悪魔のようだ。リキョウとしても背中を向ける訳にはいかない相手だ。カリーナの事はイリヤに任せるしかない。



「ふぅ……仕方がありませんね。こうなれば極力早く終わらせるまでです。掛かってきなさい」


『ホザケ、人間メガッ!!』


 タブラブルグは襲い掛かってくる事はせずに、こちらに向かって手を掲げた。するとその掌の先に放電現象が発生した。


「……!!」


 リキョウが本能的に危険を察知して横に跳ぶのとほぼ同時に、悪魔の手から強烈な電撃が迸った。電撃は激しく明滅しながらリビングの家具を薙ぎ倒して焼き尽くす。ドゥクブスが乱入してきた事もあって既に部屋は酷い有様だ。だが命には替えられないとカリーナには納得してもらう他ないだろう。


『カァッ!!』


 タブラブルグが今度は火球を放ってくる。どうやらビブロスのように魔法による遠距離攻撃を得意とするようだ。だが先程の電撃を見ても、その威力や発生速度ともにビブロスとは比較にならない。


『麟諷!!』


 彼は仙獣のうち一体、風の力を操る白豹の麟諷を呼び出す。彼が使役する仙獣の中では最も使い勝手が良く、冥蛇や煉鶯ではカリーナを巻き込んでしまう危険がある事を考えると、ここはやはり麟諷が適任だ。


 シアトルの戦いで『ルーガルー』という怪物に変身したペドロに一度破壊されたが、それから『気』を練り直して再構成を行い、最近になってようやく復活したのであった。このニューヨークの任務の前に間に合ったのは僥倖であった。


 喚び出された白豹は局所的な風の防壁を発生させてタブラブルグの火球を打ち消した。


『……!』


「今度はこちらの番ですね!」


 リキョウがその隙に相手に飛び掛かる。敵は遠距離攻撃を得意とするようなので、接近戦を仕掛けるのは常道だ。空中から『気』を込めた飛び蹴りを放つ。


『馬鹿メ! 接近戦ナラ勝テルト思ッタカ、人間風情ガ!』


 タブラブルグは意外に軽快な動作でリキョウの蹴りを回避すると、猛然と反撃してきた。いつの間にかその両手には鋭い鉤爪が備わっていた。その鉤爪を振るってリキョウの頭を砕かんと攻撃してくる。


 かなりの速さだ。だが上仙であるリキョウにとって見切れない程ではない。


「なるほど、あなたの知識に神仙という物は存在しないようですね!」


『……!?』


 リキョウがタブラブルグの攻撃を躱すと、奴が驚いたような気配があった。その隙に相手の懐に潜り込み、ゼロ距離から掌底を押し当てる。そして一気に『気』を解放した。いわゆる寸勁だ。


「噴把ッ!!」


『グェェッ!!』


 タブラブルグがその口から緑色の液体を吐き出しつつ吹き飛ぶ。下級悪魔ならこれだけで確実に斃せていたが、流石に中級悪魔はこれだけでは倒せないようだ。リキョウはすかさず追撃する。


『オノレェェェッ!!』


 吹き飛んだ事で距離が開いたタブラブルグが、今度は両手を掲げるようにしてそれぞれの手に火球を発生させる。そしてそれらを時間差で投げつけてきた。


 一つはやはり麟諷の障壁で打ち消す事が出来た。だがその間にもう一方の火球が迫る。これを回避すると足が止まってしまい、敵に仕切り直しを許してしまう。


「ぬぅ……!!」


 決断は一瞬だった。リキョウは全身に『気』を漲らせて、迫りくる火球と正面衝突・・・・した。リキョウとぶつかった火球が爆裂し、凄まじい爆炎が視界を遮る。


『ヒャハハ!! 馬鹿メ! 跡形モナク焼キ尽クサレテ――――』


 タブラブルグの耳障りな哄笑が途切れる。爆炎を割るようにして五体満足のリキョウが飛び出してきたのだ。服はあちこち焦がしていたが、身体には大きな火傷を負った様子も無かった。上仙の練り上げた『気』の障壁が悪魔の魔法に耐え切ったのだ。


「天波・滅脚!!」


 奴が動揺している隙に、リキョウは跳び上がった体勢から神速の連続蹴りを叩き込む。


『グギャアァァァァッ!!!』


 聞くに堪えない断末魔の悲鳴を上げて、滅多打ちされたタブラブルグは大きく吹き飛んで壁に激突した。そしてそのまま煙を上げるようにして消滅してしまった。



*****



 ――Gutyururururu……!!


 醜い肉塊から複数の頭と腕が突き出した、まるで悪夢に出てくる化け物のような姿をした悪魔――ドゥクブスが、奇怪な呻き声を上げながら迫ってくる。どうやら知能は高くないらしい。しかしターゲットがカリーナだと認識はしているようで、彼女に向かってその腕の一本を叩きつけてくる。


「ひっ……!!」


「させナいっ!」


 イリヤは咄嗟に念力の障壁を張ってその拳撃を防いだ。かなりの衝撃とともに障壁が揺らめいた。こんな物を何発も喰らったら障壁が破られるかも知れない。


 ――Gigaaaaaaaaa!!!


 ドゥクブスが妨害するイリヤもターゲットに加えてきた。四本の腕の内、前側に二本を無茶苦茶に振り回してくる。自由自在に動いて撓る丸太のようなものだ。


「くそ……! お前、うるさいゾっ!」


 屋内で相手にするにはこいつはデカすぎる。イリヤは念動波を発動して、この化け物を外のテラスまで吹き飛ばす。


「シュルツさんはここを動かなイで!」


「え、ええ……解ったわ!」


 彼女に言い置いてから、自身もテラスに出るイリヤ。ドゥクブスは既に体勢を立て直して待ち構えていた。



「ここなら遠慮はいらなイね。火だるまになっちゃえ!」


 イリヤが怪物に向かって手を掲げると、突如ドゥクブスの足元辺りから強烈な火柱・・が立ち昇った。イリヤのパイロキネシスだ。


 炎は一瞬にして醜い怪物を包み込んだ。そのまま焼き尽くして決着かと思われたが……


「……!」


 ドゥクブスはその複数生えた頭の口を開いて、そこから凍てつく冷気のブレスを吐き出した。吐き出された冷気は瞬く間にイリヤの炎を鎮火してしまう。怪物はそのまま別の口から今度は炎を吐き出してきた。


 イリヤは咄嗟に再び障壁を張って炎をガードする。奴の攻撃は今の所防げているが、こちらの攻撃も有効打を与えられていない。念動波もパイロキネシスも効果が薄いようだ。


 奇妙な膠着状態となりかけたが、その時ドゥクブスが前側の両手を合わせて拝む・・ような体勢となった。何をする気かと訝しんだのも束の間、何と奴は合わせた両手をまるで『槍』のように前に突き出しながら、凄まじい勢いで一直線に突っ込んできた!


「な……!?」


 イリヤが目を瞠る暇もあればこそ、ドゥクブスの巨体が障壁に衝突した。


「……っ!!」


 途轍もない衝撃。それは槍というよりも一種の破城槌・・・のようであった。障壁は辛うじて破られなかったものの、その衝撃が伝播してイリヤの小さな身体を弾き飛ばしてしまう。


 勢いあまってマンションの最上階であるテラスから転落しそうになるが、念動力で自分の身体を制動する事でそれは何とか免れた。だがこんなものを後一発でも喰らったら障壁が破られてしまうかも知れない。


 ドゥクブスはこの攻撃が有効と見て、再び両手を合わせて突進の体勢に入っていた。また突進される前にこちらから攻撃しなくてはならない。だが生半可な攻撃ではあの化け物を仕留められないだろう。そうなれば奴はこちらの攻撃を無視して突っ込んでくるに違いない。であるならば……


 イリヤは片手を貫手のような形にして前に突き出した。そしてそこに力を集中するイメージを作り出す。


 ドゥクブスが奇声を上げながら再び突っ込んできた。イリヤは敢えて障壁も張らずに、全ての力を手の先に集中させる。この状態で悪魔の突進を受けたら一瞬で即死だろう。だが彼の中に怖れはない。


『貫けっ!!』


 馴染んだロシア語で叫ぶ。彼の意思に合わせて手の先に集中した力が、指向性を持って発射・・された。かつてシカゴで修得した新たな攻撃能力。イリヤはそこに更に磨きをかけて、より高威力、広範囲の必殺技・・・に昇華させていたのだ。


 少年の手先から放たれた不可視のエネルギーは、全てを貫き切り裂く『指向性念動波サイコ・レーザー』となって、醜い悪魔の身体を一切の抵抗なく貫通した。


 ――Gyoeaaaaaaaa!!!!


 胴体の真ん中に巨大な風穴を開けられたドゥクブスは、聞くに堪えないような絶叫を上げてその場に沈んだ。どこが急所だったか解らないが、そんな事が関係ないほどの甚大なダメージであったようだ。


 ヘドロ状になった悪魔はそのまま蒸発するように消滅していった。



*****



「イリヤ君の方も無事終わりましたか。流石ですね」


 イリヤが巨体の悪魔ドゥクブスを無事に斃した事を確認してリキョウは頷いた。


「あああ、わ、私の部屋が……。こんな事って……」


 一方でカリーナは自分の家の惨状に呆然となっていた。まあ中級悪魔が2体も襲ってきて、その戦場となったのだ。部屋は散々たる有様、という言葉では効かない程の惨状を呈していた。リキョウは溜息を吐いた。


「ミセス・シュルツ。残念ではありますが、カバールに狙われるというのはこういう事でもあるのです。あなたはそれを承知で今回の話に乗ったはずです。まあ補償に関しての話は後で大統領閣下と個人的にして頂くしかありませんが……とりあえずあなたのお命を狙う不届き者を炙り出して片を付けるまでは、ホテルなり別の場所に宿泊する事をご提案いたします」


 家どころか命が無くなる危険の方が高かったのだ。カリーナも流石にそれは解っているのか諦めたように嘆息した。それにリビングとダイニング以外の部屋は無事だ。これ以上の損害・・を防ぐ為には彼の言う通りにするしかない。


「ええ、ええ。勿論解ってるわ。もうこうなったらヤケクソよ。むしろあいつらと戦い抜いてやるって決心が完全に固まったわ。意地でも最高裁判事になってやるわ。そして奴等をこの国から永遠に叩き出してやる」


 そう発奮するカリーナの様子は、無理をしているようにも嘘を言っているようにも見えない。彼女は大統領にとってより心強い味方になってくれそうだ。


「大変結構です。さあ、それでは最低限の荷物だけ纏めたら、ここを一旦引き払いますよ。今回の敵を撃退した事で相手もそう迂闊には仕掛けてこないと思いますが、それでも用心に越した事はありませんからね」


 そういってカリーナを促すリキョウ。こうして敵の計画と襲撃を防ぎ切った彼等は仮の住まいに拠点を移すべく、まるで室内で竜巻が荒れ狂ったような惨状の部屋を後にするのだった……

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