Episode20:悪意の増幅器

「オルブライト議員……。やはり貴様がこの自治区を樹立させていた黒幕か」


 アダムの確認にオルブライトは肩を竦めた。


「黒幕、か。ひねりの無い表現だがまあ良い。その答えはイエスだ。理由は説明するまでもあるまい?」


「……ウォーカー大統領の国内外での信用を失墜させる為か」  


「ご名答。そして想像できるだろうが、この計画にはそれなりの時間と資金、そして労力を注ぎ込んでいたのだよ。それを台無しにしてくれた君達に対しては怒りしか感じないが……」


 そこでオルブライトの視線がペドロに囚われているビアンカの方に向く。


「まあ『エンジェルハート』を手に入れられるのであれば、その損失も許容できるというもの。という訳でそれを邪魔するだろう君達には早々にご退場願おうか」


 身勝手な言葉と共にオルブライトの身体から強烈な殺気と魔力が噴き出す。それは紛れもなく奴自身がカバールの悪魔である事の証明であった。相手は国会議員だが今この瞬間、超法規的措置の対象となった。


 アダムは奴が悪魔の姿に変じる前に先制で光線銃から粒子ビームを撃ち込む。だがそれはオルブライトが眼前に展開した不可視の障壁のようなものと相殺して弾かれた。そしてその隙に奴は変身を完了させていた。


「……! これは……」


 アダムが目を瞠った。そこにいたのは凡そ生物とは思えないような何か・・であった。端的に表すならそれは「淡く発光した大きな四角いキューブ・・・・が何個も寄り集まって、人型に近い・・フォルムを形作っている不可思議な代物」であった。


 キューブは細かく動いて常に位置を入れ替えたりしているが、全体的なフォルムは保たれているようだ。


「これはまた面妖な奴が出てきたな……」



『姿だけではないぞ? この【悪意の増幅器アンプリファイア】ガープの力、とくと思い知るがいい』



 どこから喋っているのか全く分からないがキューブの集合体――ガープが、ブラーの掛かったような不気味な声を発する。 


「思い知るのは貴様だ!」


 アダムは再び光線銃を向けて粒子ビームを放つ。ガープは全く能動的な防御や回避動作を取らずにビームが直撃した。


「……っ!」


 直後にアダムは素早く飛び退いた。彼がいた場所に自分の放った・・・・・・ビームが飛んできたからだ。


 アダムはそれでも確認のために更に2発ほど粒子ビームを撃ち込んだ。しかしいずれも同じように反射・・して、ビームを撃ったアダム自身に跳ね返ってきた。


『何十発撃とうと無駄だ。我が身体はあらゆる光を吸収して跳ね返す特性を持っているからな』


 ガープが嗤う。奴の身体・・を構成する謎の四面体群は光を反射するようだ。粒子ビームは実弾ではないので奴には効果がないという事になる。


『今度はこちらの番だな!』


 ガープが『腕』を掲げるとその先端にある四面体が光に包まれて、まるで砲弾のように撃ち出された。アダムは咄嗟に横に跳んでその砲撃を躱す。すると砲弾はそのまま地面に着弾し、物凄い爆発を引き起こした。


 アスファルトの地面が大きく抉れて土砂が飛び散る。かなりの威力だ。しかも爆発したにも関わらずその四面体は健在であり、再び浮き上がるとアダムを狙って飛来してくる。どうやら誘導能力も備えているようだ。アダムが躱しても正確に追尾してくる。


「ちぃ……!」


 アダムは右腕のブレードを展開して、迫ってくる四面体に斬り付ける。かなりの硬さだが手応えがあり、四面体は真っ二つに裂けて地面に落ちると消滅してしまう。どうやら物理攻撃は効果があるようだ。だが……


『ふぁはは、無駄だ! 我が身体は何度でも構成・・し直せるからな!』


「……!」


 ガープは何ら痛痒を覚えた様子もなく、新たな四面体を撃ち出してきた。しかも今度の四面体は戦法を変えてきて、闇雲に突っ込んでくるのではなく付かず離れずの距離を維持して小さな光弾を次々と撃ち込んできた。


 小光弾の破壊力は先程の体当たりより小さいがその分手数が多く、躱すのが難しい。それでいて威力もそこそこあるので厄介だ。アダムがブレードで攻撃しようとしても素早く距離を取ってまた小光弾を連射してくる。


「ぬぅ……! ならば……」


 これでは埒が明かないと判断したアダムは四面体を無視して、ガープの本体・・に直接攻撃を仕掛ける。


 最初の四面体を切り裂いてもガープはダメージを受けていなかった。となると理論上、あの四面体とは別にガープの『本体』に相当する部分があるはずだ。そして『本体』があるとすれば間違いなくあの多数の四面体が集合している中であろう。


 アダムはブレードの刀身を更に伸ばしてガープに斬り掛かる。


『馬鹿め! それを予測していないとでも思ったか!』


 ガープが哄笑すると、その『身体』から更に二つの四面体が飛び出してきた。今アダムを追尾しているものと合わせて三つだ。それぞれの四面体は体当たりや光弾で攻撃してくる。


 流石にアダムもこれらを無視してガープ本体を攻撃する事は出来ない。四面体への対処に追われるが、それぞれの四面体はアダムのブレードを警戒して光弾を撃ち込んで牽制しつつ、隙が出来ると高火力の体当たりを仕掛けてくるという連携でアダムを追い詰める。


 三つの四面体に翻弄されてアダムには打つ手がないように思われた。このままでは削り殺されるだけだ。しかもガープはまだ追加の四面体を繰り出せるかも知れないのだ。




「そ、そんな……アダム!」


 ペドロに捕まっているビアンカは、その光景を見ながら絶望に呻く。ルイーザも初めて見る上級悪魔の姿と力に青ざめ身体を震わせている。


「……流石にカバールの悪魔は伊達じゃないねぇ。如何にあの旦那でも単身じゃ厳しそうだ」


 ペドロが神妙な表情で呟く。オルブライトに加担していたはずだが、それにしてはガープが優勢な事をあまり喜んでいないようにも見える。


「あ、あなたは一体何者なの? なんで悪魔に加担するような事を……」


「別に加担しちゃいないさ。アンタらの味方じゃないが、あいつらの味方って訳でもない。俺としちゃ共倒れ・・・になってくれるのが一番いいんだが、中々どうして難しいモンだねぇ」


「と、共倒れですって?」


「そうさ。自由党も国民党も関係ない。アメリカ・・・・にこれ以上デカい顔をしてもらっちゃ困るって思ってる奴等は中国やロシアだけじゃないんだぜ?」


「……!」


 つまりはどこかの外国勢力・・・・という事か。中国やロシアの工作員達とは以前に対峙している。ビアンカはアメリカが国際社会において様々な国から狙われて工作を仕掛けられている現状を改めて認識した。


「アダムッ!!」


「……!」


 だがルイーザの悲痛な叫びでビアンカの思考は途切れた。ガープが繰り出す多数の四面体の波状攻撃にアダムが追い詰められていた。1人ではあの連携攻撃に対処しきれない。このままではマズい。


「くっ……!」


 ビアンカは必死にもがくが、ペドロの剛力は人間離れしていて全く振りほどくことが出来ない。無論彼女が加勢した所で出来ることなどたかが知れているのは解っていたが。


「まあこれで大統領側の戦力を削げるなら、それはそれで良しとしておこうかね」


 ペドロが唇を歪めて呟く。ビアンカとルイーザが絶望に呻吟する。その時……!



 ――Gauuuuu!!!



「……っ!!」


 猛獣の唸り声と共に空気が切り裂かれる音。いち早く反応したペドロが咄嗟にビアンカとルイーザを手放して大きく飛び退る。後ろからペドロに飛びかかった獣は、一頭の大きな白豹・・であった。ビアンカはその姿をよく知っていた。


「麟諷……!?」


 それはリキョウ・・・・が使役する仙獣の一体。という事は……


「ミス・ビアンカ、ご無事ですか!?」


「リキョウ!」


 物凄い速さで駆け付けてきたリキョウが、厳しい表情でペドロとビアンカ達の間に割って入る。そして彼だけではなく……



「おらっ! てめぇの相手はこっちにもいるぜ!」


『何……!?』


 ガープとアダムの戦いに乱入する影が一つ。霊力を帯びた二刀で四面体の一つを鮮やかに斬り捨てるのはサディークだ。


「サディークも……!!」


 ビアンカの声が歓喜と安堵に震える。二人共恐らくガープの魔力を感じ取って全速力で駆け付けてくれたのだ。彼等が揃えばもう安心であった。

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