Episode11:不確定要素

 以前にルイーザが『商用』で東区を束ねる李志勇に会いに行った際に、リキョウはルイーザに虹鱗を張り付けていた。


 虹鱗は完全に隠密に徹していれば、カバールの悪魔であっても見破れない事は立証済みだ。そして同じ神仙でも中仙以下であればやはり見破る事は出来ない。それが出来るのはリキョウと同じ上仙だけだ。


 果たしてその偵察・・の結果は……


「ふむ……少なくともこの李という男は上仙ではないようですね。まあ上仙がこのように解りやすい形で表に出てくる事は滅多にありませんので、予測はしていましたが」


 東区にある小さな中華料理店でビアンカと差し向かいで座るリキョウが、偵察の結果を報告する。仕事を終えた虹鱗は既にお気に入りのビアンカの肩の上に戻っている。勿論今は透明化しているが。


「上仙ではない? じゃあ中国統一党とは関係ないって事?」


「それは何とも。ただ李が中国の命令で動いているのは間違いないでしょう。しかし『紅孩児』に所属している神仙はかなりの数になりますので、私も全員を把握している訳ではありません。ましてや中仙以下となれば顔も知らない者が殆どです」


 それはまあ当然の事だろう。なのでリキョウとしてはとりあえず李が中国の回し者で、なおかつ上仙ではないという確信が持てただけで充分な成果のようだった。


「それだけではなく虹鱗は他にも重要な情報を持ち帰ってくれました。李が『チャイナタウンの要人』と直接会う用事があるようです。恐らくは李と通商条約・・・・を結んで、彼にこの自自区での影響力を保持させている人物でしょう」


「……! という事は……」


 ビアンカが目線で問い掛けるとリキョウは確信を持って頷いた。


「はい。その『要人』とやらがこの自治区を作り上げて、今まで存続させている『黒幕』の一人・・である可能性は充分高いと言えるでしょう」


 あのルイーザを傀儡に仕立て上げてこの自治区を作り出し、ダイアンと国民党に打撃を与え続けている存在。そのうちの1人という事か。その正体を突き止めて何らかの対処・・をする事でこの自治区に対する影響力を遮断できれば……


「確実にこの自治区の自然な解体・・・・・に一歩近付けるでしょうね」


 リキョウが首肯した。であれば何も迷う事は無い。すぐにでも行動を開始すべきだろう。



「李がその『要人』と会う日時は解っているの?」


「勿論。丁度今日この日、今から一時間後ほどのようです。場所に関しては残念ながら彼等の間でだけ通じる隠語を使われましたが……李に教えてもらえば・・・・・・・問題ありません」


 後を尾行するか、もしくは事前に李を制圧・・して聞き出すか。どちらにせよ多少のリスクはある。


「それなら虹鱗を戻さずに、李に張り付かせたままにしておいた方が良かったんじゃ……?」


 ビアンカが思った疑問を呈するがリキョウはかぶりを振った。


「いえ、李は少なくとも上仙ではないという確信があったので偵察させましたが、その『要人』に関しては解りません。もし上仙であった場合、虹鱗の存在に気付かれてしまいます。そうなったらその人物は警戒して二度と表に出てこなくなるでしょう」


「あ……」


 そのリスクを失念していた。警戒されて表に出て来なくなったら、もう捕捉できるチャンスは無いと思っていいだろう。やはりここは堅実な方法で行くしかないようだ。



 とりあえず方針を定めた2人は中華料理店を後にする。店の軒先に一匹の野良猫・・・・・・が昼寝しており、人間達の思惑など関係ないとばかりに気持ちよさそうに欠伸をしていた。しかしその猫はリキョウ達が立ち去ると急に昼寝を止めて立ち上がり、それまでの怠惰さが嘘のように機敏な動作でどこかに駆け去っていった。




「……! 出てきました。あれが李志勇です」


 それから30分ほど経った後、李の事務所が見える目立たない位置に張り込んでいたリキョウが指を指した先、事務所のドアが開いてそこから何人かの男達が出てきた。全員東洋人だ。


 リキョウが指し示したのはその先頭中央にいる男で、30代くらいの比較的若い中国人であった。他の男達は一種のボディガード的な存在だろうか。仮にあれが全部下仙であったとしてもリキョウなら問題にしないだろう。


 李達は用意してあった車に乗り込んでどこかへと走り去っていく。こちらもリキョウが予め調達・・してあった車に乗り込むと、前の車の後をついて走り出す。


 自治区はそれほど面積は広くないので目的の場所にはすぐに着いた。東区の外れにある何かの古い倉庫だ。ここでその『要人』とやらと会うのだろうか。李の事務所を直接訪れない辺り、その人物はかなり慎重であるようだ。


 ビアンカとリキョウも連中に気付かれないようになるべく近付いて様子を窺う。しかし既に約束の刻限になっているというのに目的の人物がやってくる様子はない。だというのに李はそれに苛立ったりしていないようだ。


「……これは、宜しくありませんね。一旦ここから引き揚げますよ、ミス・ビアンカ」


「え……リキョウ?」


 戸惑うビアンカに答えず、彼女の手を引いてここから離れようとするリキョウ。しかしすぐにその足が止まった。まるで彼等を囲むように10人近い男達が姿を現したのだ。今まで隠れていたらしい。


「……っ! これは……!?」


「ふむ……車で尾行中に気付いたにしては用意周到ですね。さて、となると……感づかれる愚は犯していないはずですが……」


 リキョウが訝し気に目を細める。



協力者・・・がいるのだよ。胡散臭い奴で今一つ信用できなかったが、こうなるとその評価も改めねばならんな」



「……!」


 後ろから李志勇もやってきた。この伏兵といい、どうやら最初からこちらを誘い込む算段だったらしい。その協力者とやらから事前に教えられていたからか。


「ふぅ……申し訳ありません、ミス・ビアンカ。もう少しスマート・・・・に行きたかったのですが、こうなった以上は予定変更です。『黒幕』やその協力者とやらに関しては、彼等から直接聞き出す・・・・事にしましょう」


「……! 馬鹿め、抵抗する気か!? 殺せっ!」


 不敵な態度を崩さず動揺も無いリキョウの様子を警戒してか、李が男達に即時の抹殺を指示する。男達は刃物や銃器を所持しておらず素手だ。どうやら全員神仙(恐らく下仙)のようだ。


 下仙とはアトランタでも戦ったが、一対一でどうにか勝てたというレベルだ。流石にこの人数で来られてはビアンカには厳しい。



 だがそこに一陣の竜巻と共に白い豹・・・がビアンカの傍らに出現した。これはリキョウの仙獣の一体、風の力を操る『麟諷りんぷう』だ。



「麟諷、ビアンカ嬢の護衛をしなさい! ミス・ビアンカ。すぐに終わらせますので、しばらくの間麟諷を使って持ち堪えてください」


「わ、解ったわ! 早めにお願いね!」


 仙獣がいきなり出現した事に驚いた男達の足が止まった隙に戦闘態勢を整えるビアンカ。アトランタであのバルバトスという悪魔と戦った時と同じような構図だ。あそこで麟諷との共闘は経験している。ならば行けるはずだ。


 動揺から立ち直った男達の一部がビアンカに狙いを定めて襲い掛かってくる。残りはリキョウの方に向かう。こちらに来たのは数人だが、それでもビアンカにとっては充分脅威だ。


「……!!」


 しかし襲ってくる下仙達目掛けて圧縮された空気の塊が破裂した。麟諷の力だ。上仙の生み出した仙獣の力に下仙では為す術もない。空気の爆発に何人かの下仙が吹き飛ばされた。しかしそれでも訓練された神仙達は過度に怯む事無く攻撃を再開してくる。


 ――Gauuuuu!!!


 麟諷はビアンカの護衛を任されている為か、あまり彼女から離れる事無く下仙達を迎撃し、その鋭い爪や牙、そして風の力で下仙達を寄せ付けずに獅子奮迅の活躍を見せる。お陰でビアンカも一度に複数の敵と戦う事無く、落ち着いて自分の目の前の敵にだけに専念できた。


「さあ、掛かってきなさい!」


 ビアンカは気合を込めて、襲ってくる下仙との戦闘に突入した。

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