Episode4:脳裏に浮かぶのは……

「例の『ニューオリンピア自治区』はシアトル市街地の一角を占拠しており、市が管理するオフィスビルを仮の『庁舎』としているようです。基本的にはその『庁舎』が暴徒達の本拠地・・・と見て良いでしょう」


 シアトルの国際空港に降り立った一行は、例によって当日は主にビアンカの体調や休息などを優先して予約してあった現地のホテルにチェックインしていた。そしてそのホテルのラウンジで夕食を兼ねて『作戦会議』の最中であった。


 リキョウの言葉にサディークが皮肉気に口の端を歪める。


「『庁舎』ねぇ……。そもそもまともに行政が成り立ってんのか? 誰か『首長』なり『行政組織』なりそういう立場の奴等はいるのか?」


「……あくまで名目上だが、ルイーザ・フロイト・・・・という女性がこの自治区の『指導者』の立ち位置にいるらしい」


 リキョウではなくアダムが答える。ビアンカはその女性の苗字に聞き覚えがあった。


「フロイト? 確か例の事件で殺された被害者の名前って……」



「キース・フロイト。このルイーザという女性はそのキース・フロイトの実の娘・・・だ」



「……!!」


 ビアンカは息を呑んだ。殺された被害者にも家族がいる。考えてみれば当然の事だ。親を殺された娘が、その原因となった社会に戦いを挑む。ビアンカは何となくこのルイーザという女性の境遇が他人事とは思えなかった。


「ミス・ビアンカ。事はそう単純ではありません。このルイーザ嬢1人だけでこのような大規模な煽動を行い、市街地の一角を占拠して曲がりなりにも『自治区』を作り上げてしまうような事は不可能でしょう」


「……ま、『協力者』がいると考えるのが妥当だな。実際の絵図を描いたのは『そいつ』だろうな。もしくは『そいつら』か」


 つまりそのルイーザを担ぎ上げた存在、もしくは連中がいるという事だ。発端となった事件の被害者の娘であるルイーザは『神輿』としてはこれ以上ない逸材だったとも言える。


「そして今回『天使の心臓』たる君に任務が回ってきたという事は、恐らくルイーザの背後にいるのは……」


「……カバールの悪魔という訳ね」


 アダムの言葉にビアンカは眉を顰める。女性であるルイーザ自身が悪魔という事はあり得ない。ならば当然彼女に『協力』している誰かに違いない。


「カバールだけでなく、それに協力して混乱を煽っているという中国人達の存在も気になりますね。まず間違いなく周主席と統一党の差し金でしょうが」


「……周国星か。親父にも何度か偉そうに『インフラ援助』を申し出てきやがったな。まあ石油利権を狙ってんのがあからさまだったから親父も断ってるがよ。そしたら今度はアホ兄貴達の調略・・に掛かってきやがった。世界中で似たような事やってやがるな、アイツらは」


 サディークが顔を顰めて吐き捨てる。彼の言う『親父』とはサウジアラビアのムハンマド国王の事だろう。どうやらあまり中国に良い印象は持っていないらしい。



 アダムが咳払いした。


「まあ現状で解る範囲はそんな所だろう。後は全て推測にしかならん。残りの詳しい情報は実際に現地に出向いて確かめる他ないな。具体的な行動指針を決めないか?」


「指針? そんなモン必要ないだろ。その『自治区』に出向いて絡んでくる奴等を片端からぶちのめしてれば、そのうち本命に当たるだろうよ」


 サディークが提案とも言えないような提案をする。彼はこのように何も考えていない脳筋のような発言をする事もあれば、たまに冷静に状況を把握して本質を突くような事を言ったりもする。ビアンカの中ではまだ彼は捉えどころのない人物であった。


 アダムが呆れたようにかぶりを振った。


「何の為に大統領府が非白人の人選で送り込んだのか意味を考えろ。余計なトラブル・・・・・・・極力避ける為だぞ? 自分からトラブルを招き寄せてどうする」


「確かにその通りですね。とはいえ白人であるビアンカ嬢もいる事ですし、カバールや中国の事も考えたら全く何もトラブルが起きないとは思えません。ある程度出たとこ勝負になるのは致し方ないでしょうね」


 ダイアン以下大統領府や国民党は勿論『自治区』の解体を望んでいるが、いきなりビアンカ達が乗り込んでいって武力で強制的に解体という訳にもいかない。それが出来るならダイアンが公権力を用いてとっくにやっている。


 強制的な制圧や弾圧は更なる反発と火種を生むだけだ。ビアンカ達に求められているのはそこではない。


「事件の発端からしてカバールが絡んでいる可能性があるんだから、裏にいるカバールや中国の影響を取り除く事で自然に『自治区』を解体に追い込めるかも知れないのよね?」


「まあそれが理想的ではあるな。問題はそいつらをどうやって炙り出すかだな」


 アダムの言葉にリキョウも頷く。



「ふむ……カバールの注意を惹くとなれば、やはりビアンカ嬢を目立たせねばなりませんね。しかし白人の彼女は『自治区』で余計なトラブルを招きかねない。一番良い方法は……彼女が我々の内の誰か・・の『恋人』という体で潜入する事ですね。そうすればそこまで現地の人間達のヘイトを集める事もないでしょう」



「「……っ!」」


 場に妙な緊張が走った。即座に名乗りを上げたのはサディークだ。


「そういう事ならやっぱ俺の出番だろ。今までにも金目当ての軽い女共とは何人も付き合ってきてるからな。そういう女・・・・・と付き合ってる振りをするなら任せとけよ」


「今までに付き合った女性の数であれば私もあなたに劣るものではありませんよ? そして文化的・・・な女性との付き合い方なら私の方が遥かに上手く演技できます。ここはやはり私が受け持つのが妥当でしょう」


 リキョウも譲らない。初めからそれも目当てでこの提案をしたようだ。


「ちょ、ちょっと、私はまだ何も……」


 事が変な方向に行きそうになって慌てたビアンカが仲裁しようとするが、何故か2人の視線が一斉に彼女に向いた。


「ミス・ビアンカ。貴女のような聡明な女性が、まさかこの傲岸な野蛮人を選ぶはずがありませんね?」


「へっ、こいつは内に激しい炎を秘めた女だ。お前みたいなスカした似非紳士を選ぶはずがねぇぜ」


 2人共自分が選ばれる気満々で、相手を貶しつつビアンカに回答を迫ってくる。何故か彼女がどちらかを選ばなければならないような空気になっていてビアンカは激しく焦った。


「え、ええと、私は、その……」


 真剣な目で見つめてくる2人の圧に押されるようにビアンカが冷や汗をかきながら口ごもると、そこに天の助けが入った。



「いい加減にしないか、お前達。ビアンカに判断を委ねようとするな。彼女が困っているだろう」


 アダムが割り込んでくれた。飛行機の時とはリキョウと立場が逆になっている。


「ち、てめぇ。またいい子じゃんぶる気かよ?」


「現実にビアンカ嬢が誰かの『恋人』になるのが最も良いカモフラージュなのです。止めるからにはあなたには何か他の案が?」


 2人の矛先がアダムに向いてくれた。彼は肩をすくめた。



「誰か1人に限定するから拗れるのだ。だったら俺達3人全員・・の恋人という事にすればいい」



「……は?」


 サディーク達の目が点になる。ビアンカも唖然としてアダムを見やるが、彼は大真面目な表情のままだ。


「彼女は誰のものでもない・・・・・・・・。だからどうしても『恋人』に偽装しなければならないならそれがベターだろう。『自治区』にいるような連中がその辺りの倫理観を気にするとも思えんしな」



「…………」


 一瞬誰もが唖然として言葉もなかった。まさか真面目一徹という印象のアダムがこのような提案をするとは予想外に過ぎた。


「ふ……ふふ……はははは! 面白え! ハレムならぬ逆ハレムって訳か? その発想は無かったぜ!」


 サディークが豪快に愉快そうな笑い声を上げる。


「いいぜ。その案に乗ってやらぁ。どっちみちそう簡単に手に入る・・・・とは思ってねぇしな」


「ふむ……まあ現状・・も似たようなものですか。確かに無理に彼女を独占しようとして不和を起こし任務に支障が出ては本末転倒です。いいでしょう。とりあえず今はそれで良しとしておきましょうか」


 リキョウも同意を示した。3人共賛成するならビアンカには勿論否はない。というより誰かを選ぶ羽目にならなくて露骨にホッとしていた。仮に偽装とはいえ特定の誰かを選ぼうとすると、やはり彼女の脳裏にユリシーズの顔がチラついた。


 馬鹿げた話だ。別に彼とはそれこそ恋人同士でも何でも無いし、顔を合わせれば余計な事ばかり言ってすぐ喧嘩になるし、性格もガサツで気が利かなくて好きになる要素が皆無だ。


 頭ではそう思っているのだが、何故か感情・・がそれを認めなかった。この気持ちが何なのかはっきりと理解できるまで、少なくとも他の誰かと交際関係になる気は今の所無かったのだ。



 こうしてとりあえずの行動指針・・・・を定めた一行は、今夜はこのホテルで一泊して明日から任務に取り掛かる事となった。


 尚やはり新たに加わったサディークも含めて、男同士の同室は断固として拒否されたのは余談だ。ビアンカは溜息を吐いて2度と相性の悪い彼らにルームシェアを勧めない事を決めた。 

 

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