Episode19:超人共闘
「俺が中央の首をやる。お前は向かって左側の首をやれ。ガキ、お前は右側だ」
サディークが素早く指示を出すと、ユリシーズが顔を顰める。
「何でお前が勝手に決めて命令してるんだ? 俺はお前の部下じゃないぜ」
「いいから騙されたと思って従えや。多分それが一番
「……!」
ユリシーズがピクッと眉を上げる。この男は目の前の悪魔としばらく1人で戦っていたはずで、その分自分達よりも
それを踏まえての割り振りという事なら一考の余地はあるのか。
『原子の塵となって消え失せるがいい! 下賤の者共よ!』
「……!」
だが憤怒の形相で迫ってくるモラクスの三つ首相手に悠長に考えている暇はない。
「ちっ……! 仕方ない。イリヤ、とりあえず言われた通りにしろ!」
「わ、解った!」
イリヤも特に反論せずに従う。敗北してビアンカを誘拐されるという
「……!」
『死ねぃっ!』
モラクスは額の目から電撃の束を放出してきた。かなりの魔力だ。喰らったら彼といえども只では済まないだろう。咄嗟に魔力に拠る障壁を展開して電撃を防ぐが、障壁越しにかなりの圧力を感じた。
「はっ! 面白ぇ! 相性がいいってのはそういう事かよ!」
ユリシーズは口の端を吊り上げて好戦的な笑みを浮かべた。見ると三つの首はどれも能力が異なっているようだ。確かにこの中では自分がこの左側の首を相手するのが一番相性がいいかも知れない。
モラクスが今度は火球を吐きつけてくる。だが今度はユリシーズがお返しにフロストレイムでその火球を凍り付かせてやる。
『貴様……! その魔力は魔界の物か……!』
「ああ、そうだ! お前らと同じモンだよ! といっても俺は悪魔じゃないがな!」
『……! 半端者か! 汚らわしい混ざり者が……!』
モラクスは再び額から電撃を放ってきた。ユリシーズは障壁では防がずに、自らも攻性魔術ジェノサンダーを発動して、モラクスの電撃を真っ向から迎え撃つ!
『……!!』
「はっ……! その半端者の魔力と拮抗するようじゃ、お前も大した事は無いな!」
ユリシーズの言葉通り、双方の電撃は一進一退の押し合いとなっていた。こうなると他の行動が出来なくなる。別の攻撃をしようと電撃を緩めれば即座に相手の電撃が自分に直撃する事になるからだ。
双方ともそれが解っている為に、ここが踏ん張りどころと相手を強引に押し込もうと然魔力を注ぎ込む。
「ぬぅぅぅぅぅぅっ!!」
『カアァァァッ!!』
両者の間で凄まじいスパーク現象が発生する。だがやがて一方の電撃がもう一方を押し始めた。
『……ッ!! 馬鹿な……!』
「どうだ。これが……半端者の力だァァァァァァッ!!!」
ユリシーズの魔力が更に高まる。そしてモラクスの電撃を完全に押し込めて、ユリシーズの攻撃がモラクスの首を包み込んだ。
『ウガァァァァァァッ!!』
悶え苦しむモラクス。ユリシーズはこの機を逃さず、右手に魔界の炎で形成された剣……ヴェルブレイドを出現させると、一気に跳躍した。
『……!!』
「とどめだ、長首野郎!」
一閃。黒炎の剣は抵抗なくモラクスの首を切断した!
『貴様のような小僧が私の相手になるか! さっさと死ね!』
モラクスの右側の首は相対しているイリヤを嘲ると、その口を開いて溶解液を射出してきた。イリヤは咄嗟に障壁を展開してその溶解液を防ぐ。飛散した液体が床に散ると、その部分が焼け焦げる。やはり強酸かなにからしい。
だが当たらなければどうという事は無い。イリヤは怯まず自分からモラクスに念動波を叩きつける。するとモラクスの方も、自分の頭の前に赤っぽい半透明の『膜』を展開して念動波をガードする。
「ちっ……」
イリヤは舌打ちした。単純な念動波だけでは倒せそうにない。かといってこの室内でパイロキネシスは使えない。モラクスを斃せるくらいの火力となると味方も巻き込んでしまいかねない。ユリシーズやサディークはどうでもいいが、ビアンカを巻き込んでしまうのは困る。
悪魔との戦いで武器になりそうな、大きな重いオブジェクトもこのフロアには存在していなかった。
ただ闇雲に力を使うのでは駄目だ。今の自分はまだまだ力に振り回されているような状態だ。サディークに敗北した事は、彼の中で自らの力をきちんと使いこなす事の重要性を再認識させていた。
モラクスが今度は霧状になった液体を吐きつけてくる。イリヤは再び障壁でそれを防ぐが、噴霧状になった溶解液は前面に障壁を展開するだけでは防ぎきれず、漏れた噴霧がイリヤに迫る。彼は障壁を自身を取り囲むように球体に張り直す。
これによってモラクスの攻撃は遮断できたが、これはただ単に『負けていない』だけだ。勝つ為にはこちらから攻撃しなくてはならない。
今までは障壁に意識を集中し過ぎるとどうしても他の力を使いにくくなっていた。だがそれでは駄目なのだ。攻防一体の力の扱いを身につけなければ、
「はっ!」
障壁を張ったまま再びモラクスに念動波を撃ち込む。だがやはりあの赤い半透明の膜に防がれてしまう。
『ファハハ、無駄だ小僧! 貴様のような子供の攻撃が私に通じるはずもあるまい。貴様では私に勝てんのだ!』
モラクスが哄笑しながら更に溶解液の噴霧を強める。障壁越しに感じる圧力は相当な物だ。恐らく障壁を解除したり破られたりしたら、自分の小さな身体など一瞬で原型を留めないくらいに溶け崩れるだろう。
それが解っていてもイリヤに精神的な動揺はない。彼は今、かつてない程に自身の精神を集中させていた。
重要なのは
(『面』で破れないなら……力を
イメージは出来た。あとは実践あるのみだ。
イリヤは敢えて片方の手を貫手の形にして突き出す。視覚的に解りやすくする事で力に指向性を持たせるのだ。
『……? 小僧、何の――』
「――貫けっ!!」
手の先から念動波を発射する。そう……それは『発動』ではなく『発射』と表現する方がしっくりくる力であった。彼の小さな手の先から高密度に圧縮された念動波が、まるで不可視のレーザーのように射出された!
『何ィ……!?』
イリヤの力を一点に凝縮した
派手な金属同士がぶつかり合う音が幾度も響く。サディークとモラクスの中央の首が激しく打ち合っている音だ。
『殺してやる! 殺してやるぞ、下賤の虫けら共がぁっ!』
モラクスは咆哮しながら常人の目には到底見切れないような速度で首を振り回して、その刃角や舌でサディークを切り刻もうとしてくる。だがサディークもまた常人ではない。
「へっ! やれるモンならやってみろや、キリン野郎が!」
鞭のように先端が見えない程の速度で振り回される凶器を、二振りの曲刀で巧みに受け流していく。彼は自分の内包する霊力を自身の身体強化だけでなく、感覚の強化にも充てる事が出来る。それによって常人では見えない速さであるモラクスの攻撃を見切る事が出来ていた。そして同じように強化された膂力で凄まじい衝撃と威力の攻撃も受けられている。
彼とここまで打ち合える敵は久しぶりだ。以前は本国での任務も刺激があったが、組織に所属する
だが
彼女の元には悪魔が群がってくる。そして彼女自身に悪魔から逃げる気が無く、それどころか奴等と戦って逆に殲滅してやるつもりとなれば、必然的に彼女の周りには常に戦いと死が溢れる事になる。
(全く……大した女だぜ! だが、どうにも危なっかしいよな……)
今回自分に捕まった事もそうだが、自分の身を顧みずに無鉄砲をやらかしそうな気配がプンプンする。あれは確かに強い女だが、同時に誰か頼れる人間が周囲で支えてやる必要があるだろう。敵がそれだけ強大だというのも大きい。
(
ビアンカの近くにいれば強力な悪魔との戦いには事欠かない。確かにそれが一番の理由だが、彼がビアンカと離れがたいと感じているのはそれだけが理由ではなかった。だがサディーク自身にその自覚は無かった。
『けぇぇぇぇぇっ!!』
だがとにもかくにもまずは目の前のモラクスを斃す必要がある。全てはそれからの話だ。モラクスが奇声を上げながら次々と角や舌で攻撃してくるが、彼は危なげなくそれを捌き切っていた。
既に散々打ち合った相手であり、その軌道や攻撃の癖などを優れた戦士であるサディークは見切りつつあった。ましてや今は左右の首による横槍もない。
「さあ、こっからは反撃タイムだぜ!」
サディークは獰猛に笑うと、モラクスの攻撃の隙を突いて自分から相手に飛び掛かった。モラクスは当然迎撃してくるが、二刀を縦横に振るいつつ巧みにこちらの攻撃をいなすサディークの猛攻に徐々に対処しきれなくなる。
『ぬ、ぬぬ……! 馬鹿な……あり得ん! こんな事が……この私が……!!』
「へっ! 横槍さえなきゃこんなモンよ! あまり人間様を舐めるんじゃねぇぜ、化け物が!」
モラクスは確かに非常に強力な悪魔だ。サディークが純粋な一対一の勝負では手も足も出ずに押されていたのだから。だが今はサディークに比肩するような強さの連中と
自分に匹敵する強さの味方との共闘。これもまた物心ついた時から天才であった彼にとって、実に新鮮な体験であった。
「ぬぅらァァァァッ!!」
一際気合の咆哮と共に跳び上がったサディークは、霊力を帯びた曲刀を一閃。モラクスの長い首を一刀両断にした!
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