Episode22:合流

 マチルダも降参した事で戦いは終わった。ビアンカ達はロシアの工作員だけでなく、アラスカを本当に蝕んでいた黒幕たるカバールと、それに協力するCIAの企みも阻止したのであった。


 だが……この場での戦闘に勝利、つまり悪魔を斃した事によって別の問題・・・・が浮上した。


 複数の車両・・・・・が近付いてくる音。それが格納庫前で止まるとそこから大勢の人間が降りる音が続き、格納庫内にカービンやライフルを構えた大勢の兵士・・達が入ってきた。


「一体何の騒ぎだ!? ……っ! な、何だ、これは!?」

「せ、戦闘機が……!? 何故、今まで気づかなかった!?」

「夜勤の者達は何をしていた! 全員懲罰ものだぞ!」

「どこかの国のテロか何かか!?」

「……っ! そこに誰かいるぞ! お前達は何者だ! 身分を明かせ! これはお前達の仕業か!?」


 それはこのエルメンドルフ空軍基地に詰めるアメリカ軍の兵士達であった。今まではデカラビアの結界の力でこの格納庫でどれだけの騒ぎが起きても秘匿されていたのだが、奴が死んだ事によって結界が解け、基地の兵士達に即座に感知されて今の状態という訳だ。 


 兵士達の唖然とした驚愕に、ビアンカは改めて格納庫内の惨状・・に目が行き、先程までは意識的に目を背けていた損害・・にまた思考が引っ張られた。


 戦闘機がお金の塊のようなものだというのはビアンカでも想像が付いた。その『金塊の山』がそこら中でバラバラになって大破や中破しているのだ。ビアンカはよりによってこんな場所に自分達を連れ込んだマチルダとバーナードに、殺されかけたのとは別に恨めしい感情を抱いた。


(悪いのは私達じゃないわ! 私達は自分の身を守っただけだもの。悪いのは皆カバールとCIAよ!)


 ビアンカは自分達を発見して、銃を向けて誰何の声を上げる兵士達に心の中で弁明していた。同時に銃を持った兵士達に警戒の視線を向けたイリヤが超能力を使いそうになるのを、抱きしめる事で抑止していた。



「ま、待って! 私達は怪しいものじゃないわ! 私はホワイトハウスから派遣された大統領府のエージェントよ!」


「大統領府だと? お前が? だったらその子供は何だ!? 見え透いた嘘をつくな! お前達のような者が基地に入場した記録は無い。不法侵入者どもめ。この惨状について何か知っているな? 一緒に来てもらうぞ!」


 兵士達は当然というか聞く耳もたない。マチルダは下手に言い訳する事も無く、両手を上げて降参のポーズを取っていた。


 ビアンカもここで下手に言い訳を重ねたり抵抗したりすると余計に事態がややこしくなると理解して、この場は大人しく降参する事にした。何と言っても本物・・の身分証を持っているのだ。すぐに誤解は解けるはずだ。


「こいつら……! お姉ちゃンに酷い事するな! あっチに行け!」


「イ、イリヤ! 駄目よ! 私なら大丈夫だから……。すぐに許してもらえるはずだから、私と一緒に大人しくしてて。ね?」


 ビアンカは再びイリヤを抱きしめて落ち着かせた。この先の事は解らないが、イリヤにはとにかく無闇に超能力で人を傷つけないように教えないといけないだろう。


 ビアンカがイリヤを落ち着かせる事で何とかそれ以上のトラブルなく、大人しく兵士達に連行される。イリヤは外見上は年端も行かない子供なのでビアンカとの関係性は解らないながら、二人一緒にいる事は許可された。マチルダはビアンカ達とは別の場所に連行されていった。まあ彼女は彼女でCIAという組織のバックがあるし上手くやる事だろう。



 基地内にある尋問室のような場所に連行されたビアンカ達だが、ここで一つ問題が発生した。ビアンカが身分証を見せても全く信用されなかったのだ。


「だから! ホワイトハウスに問い合わせてもらえればすぐに分かります!」


「時間の無駄だ! それに格納庫で何をしていたか、あの惨状は何事か、お前は一つの質問にも答えていない。更に司令官のバーナード准将も行方不明になっている。全部お前達の仕業か!? 吐け! 何を企んでいる!?」


 尋問役の将校はビアンカが何を訴えても聞く耳もたず、一方的に詰め寄ってくる。ビアンカは苛立つと共に焦りを感じた。彼女が抑えているイリヤがどんどん不機嫌になってきていたからだ。これ以上尋問官が居丈高に詰問を続けると、彼等も『ビアンカに害を及ぼす存在』とイリヤに認定されかねない。そうなったら色々な意味で大惨事になる。それだけは避けねばならない。


 しかしビアンカを頭からテロリストと思い込んでいる彼等に何を言っても火に油を注ぐだけで、釈明する手段が無い。どうしたものかと彼女が頭を抱えていると、部屋に兵士が1人入ってきて尋問官に何事か耳打ちした。尋問官が目を見開く。


「何……それは本当か?」


「は、はい。如何いたしましょうか?」


「むむ……」


 尋問官が何故かビアンカ達の方を見て唸る。そして苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。


「……仕方あるまい。通せ」



 指示を受けて兵士が退室していく。それからそう待つ事も無く、2人の人物が部屋に入ってきた。



「……!」


 その2人の顔を見てビアンカは目を輝かせた。それは紛れもなくファイアー島で別れたきりになっていたアダムとリキョウの2人であったからだ。


 彼等はあの後生き延びて、こうしてビアンカがいる場所も突き止めて駆け付けてくれたのだ。2人共ビアンカの姿を見て安心したように破顔したが、直後に彼女の横にくっついているイリヤの姿を認めて、不可解そうに眉根を寄せた。


 ビアンカは目線だけで彼等に合図を送って、とりあえず大丈夫だからと伝える。2人共当然納得はしていないようだが、今はビアンカをここから出す事が優先であると理解してくれていた。



「大統領府のグラントだ。こっちはレン。我々の身内・・が失礼をした。この基地が受けた損害に関しては政府の方で必ず補填するので、今日の所はその2人を引き取らせてもらおう」



 アダムが身分証を呈示しながら切り出す。アダムもリキョウも外見からして只者ではない雰囲気を纏わせているので、尋問官の将校も少し顔を青ざめさせる。だが現場指揮官としてのプライドが勝ったのか、彼等にも食って掛かる。


「お、横暴だぞ! 何の事情の説明もなく……! どうせその身分証だって、この女と同じ偽造されたものだろう!? 貴様らが何者か知らんがそう簡単に思い通りになると思うなよ!」


「お気持ちは分かりますが、余りゴネない方があなたの為ですよ? これは国防長官・・・・も承知している事なのですから」


「な……こ、国防長官!?」


 リキョウの言葉に尋問官は目を剥いた。カバールの悪魔だったバーナードはともかく、一般の軍人にとって国防長官は雲上人だ。アダムがこれ見よがしに携帯を取り出す。


「俺は大統領府だけでなく国防総省にも伝手があってな。今ここでブラックウェル国防長官に電話して確認を取るとしよう。ついでにお前の名前と階級を教えろ。我々の任務を妨害・・したと長官に――」


「――ま、待て! 解った! 信じる。信じるから電話を仕舞え!」


 尋問官が慌ててアダムを制止すると、ビアンカ達に忌々し気な視線を向けた。


「……行っていい。釈放だ」


 驚くほどあっさりと事が運んだ。ビアンカは彼等の気が変わらない内にとイリヤを連れて急いで部屋を出ると、アダム達と共に基地の外へ出る事ができたのであった。



*****



「……さて、ミス・ビアンカ。まずはご無事で何よりでした。基地で何があったかは虹鱗の目を通して凡そは把握しています。バーナード准将がカバールの悪魔であり、そしてそれをその少年が撃退せしめたという事も」


 アダムが運転する車の中。助手席に座るリキョウが、後部座席のビアンカとイリヤを振り返る。とりあえず今日はこのままホテルに戻って休むという事になったが、やはり簡単であっても事情の説明はしておかなければならない。しかしそう言えば虹鱗がいた事を思い出し、ならばリキョウが大体の事情を把握している事も頷けた。  

 

「あ、リキョウ。虹鱗の事だけど……」


「ええ、解っていますよ。虹鱗が自発的に・・・・あなたを助ける行動を取った事に、他ならぬ私自身が最も驚いています。虹鱗の事なら心配はいりません。数日もあれば再生させるのに十分な『気』を練れますから」


「そうなのね。良かった……」


 虹鱗には本当に助けられたので、気掛かりが一つ減ったビアンカはホッと胸を撫で下ろした。



「それで、ビアンカ。その……少年の事だが、正直この状況に戸惑いはある。ファイアー島では望まぬとはいえ死闘を演じた訳だからな」


 アダムがバックミラーにイリヤの姿を収めて、複雑そうな表情で呟く。彼の視線を受けてイリヤも身を固くする。イリヤにとっては彼等も『ユリシーズ』と同じく、強い力で自分を追い詰めた恐ろしい存在であるはずだ。


「……すっかり警戒されてしまったな。まあ無理もない。俺達は彼の事を本気で殺すつもりだったんだからな。それだけに君が彼の軛を断ち切って自由にすることが出来たのは紛れも無い偉業だ。それに関しては心から賞賛しよう」


「アダム……」


 本心で称賛しているらしいアダムの言葉にビアンカは戸惑いと照れを感じた。リキョウも同意するように頷いてくれた。


「ええ、本当にそうですね。しかしミス・ビアンカ。マチルダ嬢が言っていた言葉はただの負け惜しみという訳ではありません。もしその少年が超能力を使って無辜の人々を傷つけ殺めるような事があれば、その責任は貴女にも降りかかってくるのですよ? 貴女にその覚悟がお有りでしょうか?」


「……!」


 それは当然突き付けられる課題であるとビアンカも理解していた。だが答えはマチルダの時と変わらなかった。これはもう理屈ではない。



「私は彼を信じてる。そして彼の中にある良心もね。その上でもし彼が本当に『殺人』を意図的に犯してしまった時は……私も共にその責任を全て負うと誓うわ」



「お、お姉ちゃん……」


 迷いなく断言するビアンカに、イリヤが感動と済まなさが入り混じったような目で見上げる。幼いながら聡い所もある彼にも、自分の行動がビアンカにも迷惑を掛けてしまうという事実が実感できたらしい。


「なるほど、既に覚悟を決められているようですね。ならば私からは何も申し上げる事はありません。差し出がましい口を利きました」


 リキョウはビアンカの覚悟を認めて頭を下げる。これでこの問題は終わり……ではなかった。



「君の覚悟は解ったが……現実問題としてその少年をどうするつもりなんだ? まさかホワイトハウスに一緒に連れて帰るのか?」


 アダムがより現実的な問い掛けをしてくる。そう……イリヤの処遇・・に関する問題が残っていた。彼はロシア人だが当然ながら国元に帰すという選択肢はない。恐らく祖国に彼の居場所はないだろう。またロシア政府に捕まる危険性さえある。


 強大な力を持つイリヤを保護・・できるとしたら、それこそ軍などの大きな組織に限られる。だがそれではCIAで保護・・しようとしたマチルダと何が違うのだろう。しかも一般人でもイリヤを監督、抑制できる制御装置はもう無い。


 ならばどのみち選択肢は一つしかない。というよりビアンカは最初からそうするつもりだった。



「ええ、そうよ。イリヤはホワイトハウスに一緒に連れて行く。そして私が責任を持って彼の面倒を見るわ。お母様には私から説明して頼み込むつもりよ」



 それが最善の選択肢のはずだ。イリヤはとりあえずビアンカの言う事なら聞いてくれる。ならば彼女の近くにいるのがイリヤにとっても、他の人々にとっても安全であり最適であるはずだ。


 幸い彼女の現在の住まいである『RH』にはまだまだ使われていない部屋が多くあるし、そこに『住人』が1人増えた所で全く問題はないだろう。


 そして大きな組織がイリヤを監視、監督するという観点からしても、アメリカ政府・・・・・・ほど巨大な組織は他にない。その意味でも適任であると言えた。


 問題は大統領・・・がそれを了承するかどうかだが……そこは『娘』であり『エンジェルハート』である事も利用して、強引にでも説得・・するしかない。普段は足枷にしかならないそれらの属性だ。せめてこういう時くらいは利用させてもらおう。


 ビアンカは心の中でそう決意を固め、DCに戻ってからのもう一つの戦い・・にも勝利すべく意気込んだ。

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