Episode21:ゲッタウェイ
ビアンカは激しい屈辱と焦燥を感じていた。彼女は現在両手両足を大きく広げた状態で、四肢に巻き付いた光の帯によって宙吊りにされていた。彼女を拘束している4本の光の帯は、天井や床から直接
金属の壁で囲まれた大きな部屋。そのスペースの水平方向だけでなく
当然ながらビアンカは激しく四肢をもがかせるが、光の帯は全く緩んだり外れたりする気配はなかった。
これで3度目だ。また敵に攫われて虜囚の憂き目となってしまった。彼女は自分自身の愚かさと無力さに呻吟した。
『いやぁ、我ながら良い眺めだねぇ。やはり君のような美女は囚われの身が良く似合う。僕は自由党が掲げる行き過ぎた男女平等のポリティカルコレクトには実は反対の立場なんだよね』
「……っ!」
宙吊りになっている彼女の目の前に浮遊してきた存在……皮膜翼の生えた巨大な『目』の悪魔サタナキアだ。今現在、ビアンカを捕らえている張本人でもある。
『ほらほら、そんな緊張して硬い顔しないで。折角の美人が台無しだよ? 折角これから極上のエンターテイメントムービーが見られる特等席なんだからさ』
どこから声を出しているのか解らないサタナキアが嗤うと、奴はその『目』からビアンカを拘束しているのとは別の光線のような物を射出した。ただし彼女に向けてではない。彼女の丁度目の前辺りに、その光線によって光の幕のような物が出現した。
その幕は徐々に光量を落とし、代わりにその中に何らかの映像が浮かび上がる。その映像は激しく動いていた。すぐに目が慣れて映像の輪郭がはっきりしてきた。それは……
(……! ユリシーズ! リキョウ……!?)
画面は2分割されていて、片方では炎の獅子アモンと戦うユリシーズの姿が。そしてもう片方には黄と仙獣対決を繰り広げるリキョウの姿が映し出されていた。どちらも非常な激闘の真っ最中であった。
『ははは! 見なよ、エンジェルハート!
「くっ……!」
サタナキアに揶揄されてもビアンカは歯噛みする事しかできない。彼女の見ている前でユリシーズ達が死闘を演じている。しかし思わず息を呑んでしまう場面が何度もあったが、その死闘の末彼等はどちらも目の前の強敵を打倒する事に成功していた。ビアンカはホッと息を吐いた。
それから精一杯挑戦的な目でサタナキアを睨み付ける。
「さあ、どうするの? 思惑が外れたわね。あなたの仲間達は全員死んで、今
『ふふふ……仲間、ね。君達と同じ価値観で物事を測らないで欲しいなぁ。むしろ
「え……?」
その言い草と態度にビアンカが怪訝な目を向けるが、サタナキアは特に強がっている様子はない。
『それにまあ、まだ安心するのは早いんじゃない? ここは僕の魔力で作り上げた即席の亜空間迷宮になっている。見た目以上の広さがあるから
「……!!」
あきらかに朽ち果てた講堂の内部とは思えないようなこの金属質の部屋や内装が何なのか解らなかったのだが、思わぬ所でその疑問が解けた。そしてサタナキアの言う事が本当なら、この迷宮自体が奴の能力であり
戦いはユリシーズ達の勝利に終わったと思っていただけに、新たな目に見えぬ攻撃が彼等に害を与えていると知ってビアンカはまた焦燥と煩悶に苛まれた。
『ふふふ……本当は僕の魔力を全開にすればもっと複雑で
サタナキアが楽しそうに嗤う。ビアンカは迷宮を進むリキョウ達の姿を見守りながら、彼等が無事にここまで到達してくれる事を祈る事しかできなかった。
『ん? んん……? いや、まさかね……』
と、それまで余裕の体であったサタナキアが戸惑ったような様子になる。奴は画面内のリキョウ達の様子を食い入るように見つめている。ビアンカには解らないが、何かサタナキアにとっては予想外の事態が起きているらしい。
『……! やはり、間違いない! 何故……
「……!」
どうやらサタナキアの予想を外してリキョウ達が着実にここに近付いているらしい。勿論ビアンカにとっては喜ばしい事だが、何故彼等が正確に迷宮を進んでいられるのかは解らなかった。
と、その時……
(……!)
ビアンカは自分の肩の辺りに何かが張り付いているのを触覚で感じた。彼女が首を巡らせると
小さな虹色のカメレオン……虹鱗であった。その可愛らしい姿を見たビアンカは、リキョウが正確にここを目指して進んでいられる理由を悟った。
『んんん!! 馬鹿な……! 即席とはいえ僕の迷宮をこんなにあっさりと踏破できるなんてあり得ない……!』
だがサタナキアは近付いてくるリキョウ達の姿に悪態をつくのに夢中で、小さな虹鱗には気付かなかった。
(虹鱗……ありがとね。危ないからまた隠れていて)
彼女の意思に応えて虹鱗は再び遮蔽を働かせて透明になる。それとほぼ入れ替わるようなタイミングでこの部屋と通じる廊下から1人の男性が姿を現した。先程まで映像の中にいた人物……リキョウだ。
「ふぅ……ようやくたどり着きましたよ。お怪我はありませんか、ミス・ビアンカ?」
「リキョウ……! え、ええ……私は大丈夫よ。でも……」
彼女の声が途中で途切れる。ビアンカの前にサタナキアが割り込むように浮遊してきたからだ。
『いやぁ、まさか僕の迷宮をこんなにあっさりと踏破できる人間がいるとは思わなかったよ。まあ所詮は即席で作ったオモチャのような物だけどね。でも今後の参考の為に、どうやってゴールの位置が解ったのか教えてもらえないかな?』
何でもない風を装いつつも、その声の調子からは自身のプライドを傷つけられた怒りや不快感が滲み出ていた。それを悟ったリキョウが薄く笑う。
「敵に手の内を明かす馬鹿はいないでしょう。それにこんな
『……っ! ふ、ふふ……人間風情が』
サタナキアの声が引き攣る。そのまま激昂して襲い掛かるかなにかすると思ったが、予想に反して悪魔はビアンカからも離れるようにして上昇していく。
『まあいいさ。今回は君達の勝ちだ。僕の目的自体は果たせたし、この上『エンジェルハート』まで手に入れようと欲張れば碌な結果にならないだろうからね。今日の所は大人しく退散させてもらうよ』
「ミス・ビアンカに狼藉を働いておいて、このまま見過ごすと思いますか?」
『君こそ強がらない方がいいよ。ミスター・黄との戦いで『気』の力の殆どを消費しているでしょ? 僕の『目』は誤魔化せないよ?』
「……!」
サタナキアの言葉にリキョウが僅かに目を細める。否定しない所を見ると事実なのだろう。ビアンカの目から見ても相当の激戦であったので、見た目以上に消耗していたとしても不思議はない。
『ははは、そういう訳だからここは痛み分けと行こうじゃないか。ここに保管してある
サタナキアは嗤いながら更に上昇すると、『迷宮』の天井が動いて大きな天穴が開いた。サタナキアはその穴を通って迷宮の外へ……空へと姿を消していった。すると間を置かずして『迷宮』の壁や床、天井などがまるで極めて電波状態の悪いテレビ映像のように激しく歪んで消滅していく。
「……!!」
そして次の瞬間にはビアンカ達は荒れ果てた古い講堂のホールにいた。屋根も所々朽ち果てていて、隙間から月明りが差し込んでいる。
「お、おお? いきなり壁が消えやがった。どうなってんだ?」
「……! ユリシーズ!」
ホールの入り口近くで戸惑ったように周囲を見渡しているのはユリシーズだ。『迷宮』を進んでいる最中に急に『迷宮』が消えた事で一瞬混乱したようだ。だがすぐにこちらを発見して状況を把握したらしい。
「お……ビアンカ、無事だったのか!? だが……戦った様子がねぇな。あの目玉野郎、逃げやがったのか」
「ええ、残念ながら。せめて正体が知れれば良かったのですが」
リキョウもやや無念そうに唸る。そういえばあのサタナキアは最初から悪魔としての姿で現れたので、結局人間としての姿や素性は解らずじまいであった。
とはいえ今はそれよりも優先すべき問題が彼女にはあった。
「ね、ねぇ、ちょっと! 早く降ろしてもらえないかしら!?」
サタナキアは飛び去って『迷宮』も消滅したというのに、何の嫌がらせかビアンカを拘束して宙吊りにしている光の縄はそのままであった。縄の先は講堂の床や壁に埋め込まれていて、ビアンカがどれだけもがいても全く外れなかった。
それを見たユリシーズが途端にニヤニヤしだす。
「おーおー、ボルチモアで勇ましい事言ってたような気がしたが、俺の気のせいだったみたいだなぁ?」
「……っ! う、うるさいわね! 仕方ないでしょ!」
自覚があったビアンカは羞恥に頬を紅潮させて、それを誤魔化すように怒鳴る。リキョウが大きく咳払いした。
「オホン! ビアンカ嬢がこのような目に遭っているのは、むざむざあの悪魔に隙を見せた我々の責任でもあります。下らない事を言っていないで彼女を下ろしますよ。さあ、あなたは上の縄を切って下さい」
「ぬ…………ち、解ってるよ」
ビアンカを拉致された事自体には責任を感じているのかユリシーズが唸る。リキョウは僅かに『気』を纏わせた手刀でビアンカの足を拘束している光の縄を断ち切った。その間にユリシーズは彼女の腕を拘束している縄に熱線を飛ばして断ち切る。
「きゃ……」
宙吊り状態から唐突に解放されたビアンカは重力に引かれて地面に落下する。思わず身体が硬直しかけるが……
「ふっ……」
真下にいたリキョウが軽く跳び上がって、落ちてくるビアンカを横抱きにキャッチした。そしてそのまま緩やかに着地する。
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