Episode11:大胆な彫刻家
「ふん、やるな。やはりそいつらでは相手にならんようだな」
下級悪魔達が全滅してもデューリンガーに特に動揺はない。ユリシーズやリキョウの戦力の一端を見たはずなのにこの態度。やはりこの男は……
「次はてめぇの番だな? 死なない程度にぶちのめしてやるから安心しろ」
ユリシーズの挑発にデューリンガーが不快気に鼻を鳴らす。
「身の程知らず共が……。『
「……!!」
言葉と同時にデューリンガー……バルバトスの身体が変化する。全身の皮膚がまるで岩のような物で覆われて肥大する。数瞬後にはそこに人の形をした岩塊のようなオブジェクトが屹立していた。
やはりこの男は中級悪魔ではなく、カバールの構成員たる上級悪魔のようであった。だが正直今までの上級悪魔に比べて余り強そうな見た目ではない。
「何だぁ? 随分とショボそうな奴だな。こりゃ思ったより簡単な仕事になりそう……」
一見ユーモラスにも見えるバルバトスの見た目に、ビアンカと同じ事を思ったらしいユリシーズが嘲けるが、直後にその言葉は中断される。
何故ならバルバトスの後ろに、高さが優に5メートル以上はありそうな巨大な『腕』が出現したからだ。その『腕』は土と岩を固めて作られたような外観をしており、地面から直接
「な…………」
『我が力、思い知れぃっ!』
バルバトスが叫ぶと、その『腕』がこちらに向かって移動しつつ握り拳を作って、その超巨大な『拳』を打ち込んできた。巨大さからは想像も付かないスピードで、恐ろしい風圧を伴いながら迫りくる『拳』の迫力にビアンカは思わず硬直してしまう。
「危ないっ!」
リキョウがそんな彼女を咄嗟に抱えて、大きく横っ飛びに『拳』を回避した。直後、今まで彼女達が立っていた場所に『拳』が炸裂し、地面が陥没して衝撃と砂礫が爆散した。
リキョウが身体を張って飛散する砂礫と衝撃からビアンカを庇った。衝撃が晴れるとそこにはまるで爆弾でも落ちたかのように
「何だこの腕は!? ふざけやがって!」
ユリシーズが呪文を唱えて連続して黒火球をその『腕』に撃ち込む。フィラデルフィアでヴァプラが操っていた美術品のような防護膜に覆われている様子も無く、黒火球を喰らった『腕』は容易く粉砕された。だが……
「……!」
『腕』はすぐに地面から新たな
『ふぁはは、無駄だ! この大地に石や土くれは無限にある。即ち私の力も無限という事だ!』
バルバトスの哄笑と共に『腕』が、今度は掌を開いて薙ぎ払いを仕掛けてきた。その巨大な平手で打ち据えられるのは勿論、風圧だけでも相当の威力だろう。
「……っ! 『
リキョウが咄嗟に叫ぶ。その瞬間彼の側で強烈な光が瞬き、白と黒の縞模様の美しい毛皮を持った豹のような姿の四足獣が出現した。
その縞豹は迫りくる『腕』の薙ぎ払いに向かって、大きく口を開けて牙を剥いた。すると目の前に極小規模の竜巻のような空気の渦が発生し、巨大な『腕』の平手を正面から受け止めた!
『何……!?』
バルバトスが驚愕する。竜巻と『腕』は短時間拮抗状態となるが、縞豹が獰猛な唸り声を上げてその体毛を逆立てると竜巻の規模と圧力が明らかに向上した。
すると拮抗状態が崩れ、風の竜巻は『腕』を押し戻して、逆に『腕』をズタズタに切り裂き打ち砕いてしまった。
「リ、リキョウ……その、動物は?」
ビアンカの目はリキョウの側に現れた縞豹に向けられていた。彼はバルバトスを見据えたまま応じる。
「もう少し優雅に登場させられれば良かったのですが、私の仙獣のうちの一体『
「……!」
あの小さな虹鱗とは違う、本来の戦闘用の仙獣を初めて見たビアンカは、そのどことなく神々しい雰囲気に思わず目を奪われてしまう。だが生憎現状がいつまでもそれを許していなかった。
『何度砕こうが無意味だと学習しろ。大地の怒りを操る我が力の前に屈するがいい』
バルバトスの言葉と共に
「ユリシーズ君。この腕は私が引き付けます。あなたはその間にあの悪魔を叩いて下さい」
リキョウの提案。『腕』が不死身なら本体であるバルバトスを叩けばいい。単純な理屈だ。だが……
「へ、いいのか? 俺に美味しい所を持っていかれてもよ?」
「別に構いませんよ。代わりにビアンカ嬢を側でお守りする方が何倍も価値がある役目ですから」
「……! ち……言ってろ!」
ユリシーズは一つ毒づいてから『腕』の相手をリキョウに任せて、自身はバルバトスの方へ突進する。
「ふぅ……それではミス・ビアンカ。あなたは敵を斃そうなどとは考えずに、とにかく自身の身を守る事に専念してください。宜しいですね?」
「わ、解ったわ!」
ビアンカは慌てて頷く。下級悪魔それも単身くらいならともかく、到底カバールの構成員達と直接戦えるような力はまだない。かといって余り戦いの場から離れすぎるのも、敵の狙いが彼女である事を考えると出来ない。なのでリキョウの言う通り戦場に身を置きつつ、巻き込まれて被害を負わないように身を守る。それが彼女の
『腕』は今度は接近戦を挑まずに、こちらに向けて掌を突き出すような仕草を取る。するとその掌から尖った岩塊が次々と発射される。それはさながら岩の
だが発射された岩の弾丸は殆どが麟諷の風の障壁によって阻まれる。僅かに討ち漏らした分もリキョウが驚異的な体術で、何と素手や蹴りで岩弾を打ち砕いてしまった。結果としてビアンカの元まで到達した攻撃は一つも無かった。
麟諷がお返しとばかりに唸ると、圧縮された空気の塊を何個も作りだして弾丸として撃ち出した。ムルカスの使う圧縮空気弾と同じ原理のようだが、威力は桁違いだ。全ての空気弾が命中して『腕』が再び崩落する。
しかしやはりというかすぐに再び復元してしまう。いや、今度はそれだけではない。
「……!」
リキョウが眉根を寄せる。ビアンカも僅かに目を瞠る。
『腕』の周囲に
勿論再生した『腕』も攻撃を再開してくる。
「ちぃ……! 麟諷! お前はあの『腕』を食い止めるのだ!」
自らの仙獣に『腕』の相手を任せ、自身はビアンカを護衛すべく駆け寄ってくるリキョウ。仙獣を自律して戦わせつつ自身も離れて戦う事が出来るのか。その便利さと汎用性の高さに感心するビアンカだが、生憎今はそれどころではなかった。岩人形達が間近まで迫って来ていた。
「ミス・ビアンカ。可能な限り露払い致しますが、
「……! 解ってる! こんな奴等に負けないわ!」
事ここに至っては彼女の覚悟も定まっていた。後は戦うだけだ。
リキョウが言葉通り凄まじい勢いで岩人形達を薙ぎ倒し、打ち砕いていく。岩人形も殴りかかったり石の弾丸を飛ばして攻撃したりしてくるが、リキョウはやはり卓越した拳法と『気』の力によってそれらの反撃を物ともせずに敵を破壊していく。
だが岩人形達は砕かれて地面に転がった傍から再生し、再び戦列に加わってくるのでキリが無く、一向に敵の数が減らない。やがて流石のリキョウも四方八方から押し寄せる敵に対処し切れなくなり、
「く……かかって来なさい!」
ビアンカが戦闘態勢を取るのとほぼ同時に、眼前まで迫った岩人形が殴りかかってくる。人間が殴ってくるのと同じくらいのスピードで躱す事は難しくない。
屈み込んでフックを躱したビアンカは、伸び上がるようにして岩人形の『顎』の部分にアッパーカットを打ち当てる。普通の人間が岩の塊を殴りつけたらむしろ殴った拳が怪我をしてしまうだろうが、インパクトの瞬間に白いグローブから霊力が放出され彼女の拳を保護すると共に、岩人形の頭を粉砕する威力を付与する。
頭部を粉砕された岩人形が崩れ落ちる。しかしすぐに新手の岩人形が側面から襲い掛かってきた。今度は殴りかかってはこずに、両手を前に突き出すとその手の先から複数の石の弾丸が射出された。
「……!」
石と言っても先端が尖っており、それがメジャーリーガーの剛速球なみの速度で撃ち出されるのだ。当たったら致命的な被害は免れない。
ビアンカは反射的に回避行動を取るが、超人ならぬ彼女には全ての弾丸を躱す事は出来ず、何発かの弾丸に『被弾』してしまう。
「痛っ!!」
咄嗟に庇った左半身のそれぞれ上腕、脇腹、太ももに石弾が当たって、彼女は鋭利な苦痛に顔を顰める。だが……
(痛いっ! でも……どこも怪我をしてない!)
先の尖った石の塊をあれだけの速度で打ち付けられたら、間違いなく身体に突き刺さったり皮膚が切り裂かれたりして重傷を負っていただろう。だがまともに喰らったというのに、彼女の身体はどこも出血しておらず勿論骨折などもしていない。確かに苦痛は感じたが、子供に石をぶつけられた程度のものであった。
(凄い……これがこのチョーカーの効果なのね!)
彼女の首に巻かれた黒色の細いチョーカー。アルマンから与えられた霊具の効果を実感するビアンカ。これなら敵の攻撃を過度に恐れずに攻勢に出る事が出来る。
「ふっ!!」
苦痛を堪えて大きく息を吐き出すと、ビアンカは一気に岩人形に向けて踏み込んだ。石弾を放った直後で硬直していた岩人形の脇腹に全力のミドルキックを叩き込む。
インパクトの瞬間シューズからも霊力が放出されて、岩人形をバラバラに砕き割った。
攻撃と防御双方に確かな手応えを感じるビアンカだが、岩人形どもは倒してもすぐに元通りに再生してしまう。単体では大した敵ではないが、数が多いのとこの再生能力が厄介であった。
リキョウは勿論ビアンカよりも遥かに多くの岩人形どもを引き付けて、獅子奮迅の無双状態であった。しかしやはり彼が倒した傍から次々に復活していく岩人形。全くもってキリが無い。
少し離れた所ではリキョウの仙獣である麟諷と巨大な『腕』が激しい戦闘を繰り広げているが、麟諷が風の力でどれだけ『腕』を砕いてもやはりすぐに再生されてしまってキリが無い。このままではジリ貧だ。
この状況を打破するには
(ユリシーズ……お願い!)
ビアンカは心の中で彼の勝利を祈る。しかし普段はがさつで無礼でデリカシーの欠片も無い男だが、やる時はやってくれる男だと彼女はユリシーズの勝利を信じて疑っていなかった。
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