Episode10:神仙の戦闘術

 結論から言えば予め目星を付けていた政治家や役人の元には粗方中国の工作員が送り込まれている事が判明した。郡政委員や州議会議員などの元にいたのは下仙ばかりであったが、アトランタの市長やジョージア州の州務長官、副知事、司法長官などの要職者の元には中仙が送り込まれているようだった。


「ふむ、どうやら悪い予感が当たったようですね。数人とはいえ中仙が直接現場に出向いているとなると、彼等を動かす権限があるのは上仙だけです。この作戦・・の指揮官は上仙とみて間違いないでしょう」


 一週間ほどの時間を掛けて『視察』を終えた一行。拠点としているホテルのラウンジで、リキョウは最終的にそう結論を下した。


「ち……そうなると、どのみち奴等から情報を引き出すのは難しそうだな」



「ええ。なのでここは当初の予定通り・・・・・・・行くとしましょうか」



 顔を顰めるユリシーズにリキョウが当たり前のように提案する。ユリシーズも解っているとばかりに頷く。一方、置いて行かれているのはビアンカだ。


「え? 当初の予定? 何の事?」


 そんなものあったかしらと首を傾げるビアンカ。ユリシーズが呆れたようにかぶりを振る。


「お前なぁ……俺達がこの一週間、ただ中国の工作を確認する為だけにアトランタ中を練り歩いてたと思ってるのか?」


「え、違うの?」


 他に何か目的があったのだろうかと彼女が驚くと、今度はリキョウにまで微妙な目で見られた。


「ミス・ビアンカ……。女性は無知を晒した場合も時として魅力となる事もありますが、ここでは当てはまりませんよ。『エンジェルハート』の持ち主たるあなたが本当に・・・期待されている役割は何ですか?」


「あ……!!」


 ビアンカは目を見開いた。エンジェルハートと言われてすぐに思い出した。そうだ。今回は中国の事『も』調べているが、そもそも彼女の本当の敵は中国統一党ではない。



「中国人どもの注意を引きたくなかったんで派手な事はしていないが、それでも一週間掛けて街中を美味しい餌・・・・・ぶら下げて歩き回ってりゃ嫌でも気づくってモンだ」



「……!」


 そう……この視察行脚には、中国に気付かれずに奴等の工作の確証を得るという目的の他にも、『エンジェルハート』たるビアンカがこれ見よがしにアトランタ中を回る事でカバール・・・・の注意を引くという目的もあったのだ。


「その通りです。そしてカバールからしたら、あなたや私達がこの街をウロウロして一向に立ち去らない理由も気に掛かる所でしょう。そろそろ痺れを切らす・・・・・・タイミングです」


 悪魔が痺れを切らすという事はつまり……戦いになる可能性は非常に高いという事。


「戦いになるが、同時に情報源・・・が向こうから転がり込んできてくれるって事でもあるからな」


 ユリシーズとリキョウがそう言ってソファから立ち上がる。ビアンカも慌てて立ち上がった。



「本来はあなたのような麗しい女性を血生臭い戦いの場に誘いたくはないのですが……敵の狙いがあなたである以上どうしてもご一緒して頂かなければなりません。危険がありますが、あなたもそれは御承知のはず。お覚悟は宜しいですか?」


 リキョウがそれまでの柔和な雰囲気を一変させ、真剣な目線で問い掛けてくる。一瞬気圧されたビアンカだが、しかしすぐに持ち前の負けん気を発揮して睨み返す。


「勿論よ。最初から覚悟の上だわ。ボルチモアでもそうやって戦って来たんだから」


「ふ……愚問でしたね。あなたのこれまでの経緯や軌跡は聞き及んでいます。そもそもが大変な覚悟の上でこの戦いに身を投じられたのでしたね」


 リキョウが表情を緩める。その横ではユリシーズがまた人の悪そうな笑みを浮かべていた。



「へ、その覚悟が強すぎて、突っ走っちゃ敵に捕まってあられもない姿・・・・・・・を晒してばっかいるけどな」


「……っ! う、うるさいわね! あなたのせいでしょ! 肝心な時に役立たずのくせに! それでよくSPなんか務まるわね!」


 揶揄されたビアンカは瞬間的に顔を真っ赤にして言い返す。


「ああ? 先走って自分から敵に捕まりに行くやつの面倒まで見きれるか!」


「はあ? 何ですって!? 自分の無能さを棚に上げて私のせいにしないでよ! この甲斐性なし!」


「甲斐性なしって……それは関係ないだろ!」


 よせばいいのに一々相手の言葉尻に突っかかって口喧嘩を繰り返す2人。それはリキョウがどのようにしてか小さな水の玉を作り出して2人の目の前で破裂させて(強制的に)頭を冷やさせるまで続いた……



*****



 ライオネル・ハンプトン・パーク。アトランタの街の西側にある、この街では最も大きい自然公園だ。広い草原から見通しの悪い雑木林まで一通りの地形が揃っており、小さいがバルマイラ湖という湖まである。手軽にピクニックが楽しめる都会の憩いの場であった。


 しかし普段はそれなりに散策する来園者達もいるはずのこの公園が、今日ばかりは何故か不自然な程に人の気配が無かった。いや、気配がないというのは語弊がある。


 誰も居ない自然公園を堂々と進む3人の人影。無論、ビアンカ、ユリシーズ、そしてリキョウの3人であった。男2人は文字通り無人の野を行くが如く全く堂々としたものであったが、彼等に挟まれて護衛されている形のビアンカは、やはりどうしても緊張してしまい挙動が固くなる。



「ミス・ビアンカ。我々はもう既に彼等の『結界』の中にいます。これより先はいつ襲われてもおかしくありませんが、だからこそむしろ最初から固くなり過ぎては余計な気力を消耗してしまいます。不埒な輩共の侵害からは私が必ずお守り致しますので、もう少し肩の力を抜いて下さい」


「……っ。あ、そ、そうね。ええ、頼りにしてるわ、リキョウ」


 彼に指摘されて初めてビアンカは、身体に余分な力が入り過ぎていた事を自覚して、大きく息を吐いた。


 彼女は自分の装備・・を確認する。白いシューズに同じく白い指貫きのグローブ、そして首に巻いたチョーカー。全て議会図書館館長のアルマンから授けられた物だ。今の所彼女が悪魔と戦う唯一の手段。



「おっと、どうやらお出ましのようだぞ?」


「……!」


 ユリシーズの声にビアンカは顔を上げる。彼等の進行方向にいつの間にか20人近い数の男達が現れていた。明らかにこちらを注視しており尋常な様子ではない。ビアンカは反射的に危険を感じて身構える。


「……『エンジェルハート』。やはり間違いなく本物か。護衛も貴様達2人だけか。なんのつもりか知らんが飛んで火にいるなんとやら、だな」


 男達の先頭にいる人物が喋る。仕立ての良いスーツ姿の初老の男性だ。一見かなり品が良さそうに見える。しかしそのスーツ姿と相まってこの自然公園では浮いて見えた。その人物の顔を見たリキョウがピクッと眉を上げる。



「ほぅ……アトランタ連邦準備銀行の総裁・・、ハンス・デューリンガーですか。ちょっとした魚釣りのつもりが、これはまた随分大物が釣れたものですね」



 アトランタ連邦準備銀行はジョージア州だけでなくその周辺の州にも支店を持つ、アメリカ南部の経済に重要な役割を果たしている金融機関だ。その総裁ともなればリキョウの言う通り相当の大物だ。


「『エンジェルハート』を私の物にするのと同時に、貴様らが……大統領がこの街で何を企んでいるのかもじっくり聞かせて貰うとしようか」


 デューリンガーの言葉を合図として後ろに控えていた男達が前に進み出てくる。その数、ざっと20人。全員が不気味に赤く発光した目をしており、間違いなく悪魔と思われる。


 彼女の予想を裏付けるように男達の姿が変化していく。やはりビブロスが多いが、トカゲと人間が合わさったような悪魔や、カエルっぽい姿の悪魔なども混じっている。いずれにせよ下級悪魔のようだ。



「男どもは殺せ! 生かしておくのは『エンジェルハート』だけでいい!」


 主の指示を受けた悪魔達が奇声を上げながら殺到してくる。ボルチモアでレーラー州議会議員に襲われた時と近い状況だ。あの時よりも敵の数がずっと多い。だが……数が多いのは相手側だけではない。


『קוׄקוּשִׁידָן』


 ユリシーズが呪文を呟くとその掲げた手の先から黒い火球が射出され、上空に飛び上がっていたビブロスの1体に直撃。跡形も無く焼き尽くした。



「はっ! おい、いい機会だ。どっちがより多くの敵を倒せるか勝負だな!」


 敵が襲ってきて戦闘が始まったというのに、ユリシーズがむしろ普段よりウキウキした様子でリキョウを挑発する。


「やれやれ、相変わらずの野蛮さですね。私達の最優先事項はあくまでビアンカ嬢の護衛だという事を忘れているのではありませんか?」


 しかしリキョウは冷静にその挑発を受け流すと、言葉通りビアンカを庇うように前に進み出る。その彼に対してビブロスの1体が電撃を撃ち込んできた。


「あ、危ない!」


 何故か避けようとしないリキョウにビアンカが思わず叫ぶが、その直後彼女は信じがたい光景を目にする。


「ふっ!」


 何とリキョウは片手を突き出すと、迫りくる電撃を受け止めた・・・・・のだ。そして気合の呼気を発するとその電撃を握り潰して・・・・・しまった!


「な…………」



「このような雑魚共相手なら仙獣を用いるまでもありません。ミス・ビアンカ。あなたに神仙の基礎能力である『気』の力を用いた戦闘術をお見せしますよ」


 不敵に笑うリキョウ。その間にも地上から他の悪魔達が殺到してくる。先頭にいたトカゲ頭の悪魔が持っていた槍を突き出してくる。かなりの速さだ。少なくとも並の人間なら反応も出来ずに刺し貫かれているだろう。


 だがリキョウはまるで予めその軌道が見えているかのように危なげなく槍を躱す。トカゲ悪魔がそのまま連続して槍を繰り出してくるが、リキョウの服にすら掠らなかった。リキョウ自身は決して高速で動いている訳ではないというのに連続突きが掠りもしないのだ。まるでマジックでも見ているような感覚であった。


 そのまま流れるような動作で敵の攻撃を掻い潜りながら距離を詰める。そして股間が180度開く勢いで足を蹴り上げると、その爪先がトカゲの顎にヒット。トカゲ悪魔が大きく仰け反る。そこに間髪入れずトカゲ悪魔の胸の辺りにそっと手を添える。ただそっと触れただけのような仕草。


「把っ!!」


 だがその効果は激烈であった。人間より遥かに強靭であろうトカゲ悪魔の胸の辺りが、まるで大砲でも撃ち込まれたかのように陥没・・した。そして何故かその背中が破裂した。背中から血と臓物を飛び散らせて倒れるトカゲ悪魔。当然即死のようですぐに消滅してしまう。


 悪魔すら一撃で死に至らしめる絶技。しかし下級悪魔達は怯まずに四方八方から攻撃してくる。


 だが数が増えても結果は同じだ。リキョウはまるで後ろも含めた全方位に目が付いているかの如き挙動で悪魔達の攻撃を掠らせもせずにいなしていく。ユリシーズやアダムのような速く力強い動きではないにも関わらず、全く引けを取らないほどの勢いで悪魔達を屠っていく。


 リキョウの動きは『気』とやらを上乗せしてはいるものの、基本的には研ぎ澄まされ洗練された武術の動きであった。ビアンカにはそれが解った。


 西洋の格闘技とは全く異なる独特の体術。それを実戦レベルまで昇華させ、尚且つ西洋では魔力に該当すると思われる『気』の力を加味する事で恐ろしいレベルの戦闘術に仕上がっている。 



 事実ビアンカが殆ど何もする暇もない内に、向かってきた敵の殆どを殲滅してしまったリキョウ。それだけの戦闘を経ておきながら彼は汗1つ掻かずに涼しい顔のままだ。尚ビブロスなどの上空に飛び上がっていた敵は全てユリシーズが斃してくれたらしく姿が消えていた。


 折角新しい力を試せる機会だと意気込んでいたビアンカは、自分が何もする事がないまま敵が全滅してしまって、肩透かしを食ったような少し微妙な気分になった。


「……ミス・ビアンカ。あなたが敵と直接戦うケースというのは、無ければ無いに越したことはありません。アルマン氏から貰った力もあくまで保険、もしくは最後の手段と認識して頂くようくれぐれもお願いしますよ?」


 なのでリキョウから若干苦笑するようにそんな忠告を受けてしまうのだった。

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