Episode8:小さな監視者

 その後3人はまずジョージア州の州庁舎に赴き、ブライアン・シンプソン知事のオフィスを確認した。


「州務長官も勿論重要ですが、やはり何と言ってもまずは州知事ですね。連邦国家であるアメリカにおいて州知事は下手な小国の首長よりも権限がありますから、知事をしっかり押さえておかないと話になりません。その州で工作が行われているなら確実に州知事にも調略の手が伸びているはずです」


 州庁舎の前まで来た所でリキョウがそう補足する。アメリカの州は他国と違って、独自の軍隊州兵まで擁した一種の独立した国家・・のような物だ。その国家が寄り集まってアメリカという大きな国を形成しているのである。


 なので州知事は名称こそ知事ではあるが、その実態は各独立国の首相・・と言っても差し支えない存在だ。何をするにもまずは知事を押さえないと何も始まらないという訳だ。



「で、ここまで来た訳だが、この後はどうするんだ? お前が知事のオフィスまで直接出向く訳にも行かないだろ。いくら神仙だと見抜かれないとは言っても、向こうの工作員にそもそもお前の顔を知ってる奴がいないとも限らん。それじゃ俺達が内偵を進めてるってのが向こうにもバレちまうからな」


 ユリシーズが言葉にリキョウは解っているとばかりに頷いた。



「ええ、その危惧は尤もです。なので……この子・・・を私の『目』とします」



「この子?」


 ビアンカが怪訝な顔になる。ここには自分達以外には誰も居ない。今のリキョウの言い方からしてビアンカの事を言った訳でもなさそうだ。


 リキョウが微笑んで、ビアンカの前に自分の掌を上にして掲げる。


「丁度良いので貴女にお見せしましょう。これが仙獣というものです」


「……!」


 リキョウが掲げた掌の上に何か淡い光のようなものが灯った。その光はすぐに収まり、掌の上には……



「な…………」


 ビアンカは目を剥いた。リキョウの掌の上には非常に小さな……カメレオンのような生き物がいた。彼の掌に余裕で収まるくらいのミニサイズだ。まるで虹のような不思議な体色をしている。


「か……可愛い・・・! こ、これが仙獣なの?」


 瞳を輝かせてその小さな生き物を見つめるビアンカに、ユリシーズが眉根を寄せた。


「おいおい、これが可愛いって正気か? こういうのが好みなのか?」


「何言ってるのよ! このクリッと飛び出た目とか、必死に張り付いてる感じがする小さい足とか最高に可愛いじゃない! 私本当は寮でイグアナを飼いたかったのに、エイミーが駄目で断固として反対されてたのよ」


「寮でって……そりゃ彼女が正しいな」


 意外な場面でビアンカの嗜好の一端が解ってしまったユリシーズであった。反対にリキョウは嬉しそうに笑みを深くした。



「ほう、爬虫類の美しさを理解できる女性は珍しいですね。流石はビアンカ嬢です。無論これは見た目通り隠密専用に力やサイズを抑えた仙獣ではありますが。しかしこれなら私も安心して預ける・・・事ができますね」


「え……?」


 預ける? と彼女が聞こうとした時には、そのミニサイズのカメレオンがチョコチョコと脚を動かしてビアンカの肩に乗り移ってきた。露出した肩に少しだけひんやりした感触。まるっきり本物のカメレオンのようだ。


「ひゃっ!? リ、リキョウ……これは?」


「その仙獣の名前は『虹鱗こうりん』。私がこのアメリカに来てから新たに作り出した仙獣です。戦闘能力はありませんが隠密や偵察の能力に特化しています。しかし御覧の通り単体では素早く動く事が出来ませんので、誰かに付いて一緒に移動するのが最も効率が良いのです」


「そ、それで私に……?」


 ビアンカは自分の肩にちょこんと乗っている小さな生き物を見つめた。そのサイズと目をキョロキョロ動かしながら盛んに首を傾げている動作が堪らなく可愛い。


「ええ。普段は透明になって完全に『気』の力も消す事が出来ますので、一般人は勿論、他の神仙にも感づかれる事はありません。そして私はその『虹鱗』と感覚を共有・・する事が出来ますので、私自身は直接赴く事なく知事のオフィスを偵察できるという訳です」


「なるほど、それは確かに便利ね」


 つまりビアンカがこの『虹鱗』を連れていけば、リキョウの『目』を連れて行ってるのと同じという事だ。


「それだけでなく神仙と仙獣は常に繋がって・・・・いますから、その『虹鱗』があなたに付いている限りあなたがどこにいても私にはその居場所が察知できるようになります。あなたをお守りするという意味でもその『虹鱗』は、宜しければそのままあなたのペットとして肌身離さず・・・・・お持ちください。仙獣は神仙からの『気』の補充さえ受ければ餌も水も一切必要ありませんし」


「そ、そうなのね。でもそれだと有事・・の際なんか大丈夫かしら?」


 仮にカバールの悪魔などに襲われて戦闘になった場合、この小さな生き物まで気に掛けている余裕はない可能性が高い。戦闘の巻き添えで死んでしまったらと思うとちょっと怖い。しかしリキョウは苦笑してかぶりを振った。


「それも心配ありません。仮にも仙獣ですから最低限身を守る能力はありますし、いざとなれば安全な場所に退避する判断力もあります。決してあなたの邪魔にはなりませんよ」


「そういう事なら…………ふふ、じゃあこれから宜しくね、コウリン?」


 杞憂が晴れたビアンカは、思わぬ成り行きで出来た小さなペットを指で撫でて挨拶する。すると虹鱗は嫌がる事も無く、逆にその指に乗り移ってきた。余りの可愛さに身悶えするビアンカ。



「……おい、ちょっと待て。感覚を共有してるだと? そいつとお前が? その感覚ってのは視覚以外・・・・も含まれてんのか? いや、視覚だけでもアレだが……」


 するとユリシーズがビアンカの素肌に直接触れている・・・・・・・・・・虹鱗とリキョウを交互に眺めながら、胡乱な目つきで問い掛けてくる。


「……! ちょっと、あなた何考えてるのよ!? イヤらしいわね!」


 ユリシーズの目線と言葉で彼が何を考えているかを察したビアンカは、頬を紅潮させながら彼を睨み付ける。


「全くです。そういう願望があるからそういう思考になるのですね。たった今あなたに言われるまでそのような用途・・・・・・・は考え付きもしませんでしたよ」


 リキョウが呆れたように嘆息する。


「ご安心ください、ミス・ビアンカ。私はどこぞの性的倒錯者とは違って、女性に対しては常に紳士である事を心掛けています。虹鱗との感覚共有は意図的に制限できますし、間違っても悪用・・など致しません。そもそも自分の手で直接あなたに触れられないのであれば、ただ虚しいだけで何の意味もありませんから」


 それはプレイボーイらしく女性に対して自信を持っている彼ならではの発言であり、逆にだからこそビアンカはその言葉を信用できた。


「ありがとう、リキョウ。ええ、あなたを信用するわ。すぐにイヤらしい事を考えるどこかの誰かさんとは違うわね!」


「おい、何で俺が悪者みたいになってんだよ? 俺は男として当然の懸念を表明しただけでなぁ……!」


 ビアンカの当てつけにユリシーズが不服そうに口を尖らせる。そのまま何か言い募ろうとするが、その前にリキョウが手を叩いた。



「さあ、当面の杞憂・・・・・は解決できた訳ですし、いつまでも庁舎の前で立ち話していては人目を引きます。そろそろ仕事を始めませんか?」


 彼がそう促してきた事もあって、納得いかなそうなユリシーズを放って本来の任務を始める事とする。



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