Episode2:デモンストレーション

「……おい、本当にやるのか? もし失敗したら火傷じゃ済まんぞ?」


「だ、大丈夫……のはずよ。そうでしょ、先生?」


 アメリカの首都ワシントンDCにある大統領府、通称ホワイトハウス。その地下にあるRH(リバーシブルハウス)内にあるトレーニングルームでは現在、ビアンカとユリシーズが適度な距離を開けて向き合っていた。その少し離れた所には議会図書館館長のアルマンが佇んでいる。


 ビアンカに不安げな目を向けられたアルマンは頷いた。



「ああ。そのチョーカー・・・・・は、魔力を帯びた攻撃に対して一定の防御効果を付与する働きがある。……まあ、あくまで理論上・・・はだけどね」



「……っ!」


 却って物凄く不安になるような事を笑顔で請け負うアルマン。ビアンカの顔が引き攣る。彼女の首にはこれまで嵌められていなかった、細い黒色のチョーカーが装着されていた。ボルチモアの任務から帰還してしばらく経ったこの日、アルマンがRHを訪問してきて「君に新しいプレゼントがあるんだ」と言って渡されたのがこのチョーカーであった。


「君は身体的にはあくまで普通の生身の人間だ。魔力による障壁を張ったりも出来ない。今のままだと相手が本気で殺すつもりで襲ってきたら例え下級悪魔の攻撃でも、躱し損ねれば一発で致命傷を負ってしまう可能性が高い。今後もカバールと戦っていくに当たって、それは余りにもリスクが大きすぎる」


 アルマンはそう言って細いチョーカーを差し出した。


「君のサイズに合わせて調節してある。これにも以前に君に渡したグローブやシューズと同じで僕の霊力を込めてある。ただしその効果は真逆だ。これを填める事によって、魔術を含めた悪魔の直接的な攻撃に対してある程度の耐久力を得る事ができるはずだよ」


「……!」


 確かに防御面・・・はビアンカ自身が不安に感じていた部分ではあった。攻撃面に関しては前回贈られたグローブとシューズで補強されたが、アルマンの言った通りもしビブロスと戦ったと想定して、剣で斬り付けられて例え致命傷でなくとも腕や脚に裂傷を負ってしまったら、もうそれだけで戦えなくなる可能性がある。


 また火球や電撃などの魔術を一発でも喰らったら、火傷や感電などで即死かそうでなくとも酷い事になってしまうだろう。ビブロス一体と戦うのでも綱渡りの連続だ。ましてやそれ以上の強さの敵となれば致命傷を負わずに戦う事など不可能に近い。


 それではとてもカバールと戦うどころではない。攻撃面だけでなく、防御面でもある程度の補強は必須であると言えた。


「ただし勿論『ある程度』という事は念頭に置かなければ駄目だよ。例えばビブロスの火球には耐えられるようになっても、ヴァンゲルフの蒸気攻撃をまともに浴びたらどうなるか……。何となく想像は付くよね?」


「……っ。は、はい……」


 何でも防げる訳ではなく、耐久度には限界があるという事だ。ビブロスの火球であっても、同じ物を何回も喰らっていたらやはり限界を迎えてしまう。あくまで補助・・と考えて過信はしないようにと念を押された。


 しかしどうしても一度は実演・・が必要であるという事で、ユリシーズにお声が掛かった。彼の魔術は本質的には悪魔達と同じ魔力に拠る物なので、理論上はユリシーズの魔術に対しても防御効果を発揮できるはずであった。


 こればかりはカバールの悪魔達を連れてくる訳にも行かないので、仕方がない部分ではあった。




「ああ、ただしあくまで発動実験だから、魔術の威力は最低限・・・で頼むよ? でないと大変な事になってしまうからね」


 そう言ってにこやかに笑うアルマン。冗談なのか本気なのか余人には判別がつかず、ビアンカとユリシーズはそれぞれ別の意味で緊張する羽目になった。


 そういう経緯を経て現在トレーニングルームで向き合っている2人。ユリシーズは軽く・・魔力を発散させる。そして掲げた指先に小さな黒い炎を灯した。彼が良く使う黒火球の極小バージョンといった所だ。


 だがそれでも生身・・で当たったら、彼の言う通り火傷では済まないだろう。しかしここまで来てやっぱりやめますというのは格好が悪すぎる。これからカバールと戦っていくに当たって絶対必要な力なので、こんな所で尻込みしてはいられない。



「……よし、行くぞ?」


「ええ、いつでもいいわ」


 ビアンカも覚悟を決めて構えを取る。ユリシーズはそんな彼女に黒い灯火を向ける。そしてさながら指で弾丸を撃つような仕草で黒い小球を撃ち出した!


「……!」


 ビアンカは流石に緊張する。だが敢えて逃げずにその場で両腕をクロスして顔の前に掲げて防御態勢を取る。そして……


 ――衝撃と熱波が彼女を襲った。


「ぐっ!! うぅぅぅ……!」


 彼女の口から苦鳴が漏れ出る。だが彼女は全力で踏ん張ってそれに耐えた。……耐える事ができた。



「ビアンカ! 大丈夫か!?」


 攻撃を放ったユリシーズ自身が一番心配して駆け寄ってくる。だが……



「だ、大丈夫……。私、大丈夫だわっ!」



「……!」


 そこには防御姿勢を解いて無傷・・のビアンカの姿があった。確かに熱や衝撃と若干の苦痛は感じた。だが体はどこも火傷を負ったりしていないし、無事なままだ。ビアンカ自身がその事実に一番驚いていた。


 だが同時に確かな手ごたえも感じていた。手加減していたとはいえユリシーズの魔術に耐えられたなら、ビブロスの火球や電撃程度なら致命傷を受けることは無さそうだ。


 とはいえ痛みは感じたし、敵の攻撃の威力が増せばこの苦痛の度合いも上がっていくだろう事は容易に想像がついたので、アルマンの言う通りあくまで非常時の防御手段と考えて過信はしない方が良さそうだ。しかし大きな安心に繋がった事は間違いない。



「ありがとうございます、先生! このチョーカー、大切に使わせて頂きます!」


 ビアンカはそう言って自分の首に填まったチョーカーを撫でる。アルマンも満足げに頷いた。


「君の力になれたようで良かったよ。今後も色々研究して改良や開発を重ねていくつもりだから、また成果があれば知らせるよ」


「す、すみません、先生。館長としての本業もお忙しいはずなのに……」


 ビアンカは少し恐縮してしまう。彼の協力はありがたいし、そのお陰でビアンカは攻撃面でも防御面でも下級悪魔程度となら戦える力を得た訳なのだが、アルマンはあくまで合衆国議会図書館の館長という公職に就く身だ。ビアンカには分からないが色々と忙しいはずであった。


 だが彼は苦笑してかぶりを振った。


「気にしなくていいんだよ。確かに暇という訳じゃないけど意外と時間の融通は利くし、何よりも僕は本来退魔師だった訳だから、こういう霊力を応用した研究の方がずっと楽しいんだよ。だからこれからも君を驚かせるような発明をしてみせるから楽しみにしていて欲しい」


「お、お手柔らかにお願いしますね……」


 楽しいという言葉に嘘は無さそうだと感じて、ビアンカは若干ひきつった笑みを浮かべながらそう釘を刺しておくのだった……

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