Episode9:骨檻の罠

 気が大きくなった彼女はアダムの方にも加勢しようと視線を向けるが……


「……!」


 いつの間にか背景で響いていた戦いの喧騒が止んでいた。アダムの光線銃に撃ち抜かれて、最後・・に残っていた双頭の狼が消滅していく。何とビアンカが一体のビブロスを倒す間に、アダムは残りの下級悪魔達を全て掃討し終えていたのだ。


「……! ビアンカ、敵を倒したのか。よくやった」


「え、ええ、あなたもね……」


 10体はいた悪魔達を短時間で倒しておきながら涼しい顔でこちらを労うアダムの姿に、ビアンカは若干頬を引き攣らせた。解ってはいたがやはりアダムやユリシーズに並び立つには、まだまだ道のりは遠いようだ。


 だがそれでも悪魔に対して実効的な戦力を得る事ができたのは間違いない。これなら奴等と戦える。ビアンカは闘志に燃えた目で残った敵――メリーランド州議会の自由党院内総務マルクス・レーラーを睨み付ける。



「……なるほど、どうやらギルタブルを倒したのは運が良かったからという訳ではないらしい。大統領はこんな奴まで抱え込んでいたのか」


 レーラーが低い声で唸る。


「さて、次は貴様の番だな。カバールの一員だと裏付けが取れた時点であらゆる超法規的措置が適用される。覚悟してもらおうか」


 アダムが処刑宣告にも等しい宣言と共に光線銃を向ける。その横でビアンカも臨戦態勢を取る。だがレーラーは忌々し気に鼻を鳴らしながらも口の端を歪める。


「ふん、大統領の犬風情が生意気な。覚悟するのは貴様の方よ。ああ、だがその前に……『天使の心臓』が戦いに巻き込まれて死ぬのは避けたい所だな」


「え…………っ!?」


 いきなり自分の事に言及されてビアンカが怪訝な顔になるのも束の間、突如床から何本もの白くて太い棒状の突起がせり出して、ビアンカの周り・・・・・・・を取り囲むようにして縦に伸び、彼女の頭上の空間で合流して融合してしまう。


 その白い棒状の突起はのような材質で、格子状にビアンカを取り巻く半径1メートルほどの……即席の『檻』を形成した。



「な、何なの、これ!?」


 一瞬の事でビアンカには反応すら出来ずに、気付いたら『檻』に閉じ込められていた。焦った彼女は白い格子に取り縋って外そうとするがビクともしなかった。


(だったら……!)


 ビアンカは勢いを付けて全力の前蹴りを格子の一本に叩き込む。シューズから霊力のインパルスが放たれる。全力の蹴りなので今の彼女に出せる最大威力となったはずだが……


「ふ、ふ……無駄だ。それは我が主・・・の特別製で、霊力に対して非常に高い耐性を備えている。お前はそこから自力で脱出する事は不可能だ」


「そ、そんな……」


 足掻くビアンカの姿にレーラーが含み笑いを漏らす。折角戦う力を得たのにまた囚われの身に落ちてしまった状況に彼女は呻吟する。



「ビアンカ、下がっていろ!」


 だがここにはアダムがいる。彼の力は霊力とは関係ないので、この『檻』を破壊する事が出来る可能性は高い。アダムが右腕からブレードを出現させて骨の格子を切断しようとするが……


「――それを私が黙って見ていると思うか?」


「っ!」


 高速で飛んできたのような攻撃に、アダムは舌打ちして跳び退った。レーラーの両腕が長い触手のような形状に変化していた。白っぽい色に先端が広がったそれは、まるで烏賊イカの触腕のようにも見えた。ただし相当巨大なダイオウイカ並みのサイズの触腕であったが。


 目を剥くビアンカの視線の先で、レーラーの姿が変化していく。背中からも触腕が突き出て両腕と合わせて4本・・になる。そのまま身長がどんどん伸びて体毛が全く生えていない表皮が露出する。頭はまるで鏃のような形に尖り、目が異様に大きくなり口からは細くて小さい無数の触手のような物が飛び出て蠢いている。


 それは一言で表すなら巨大なイカ人間という所であった。



「これは……スキアタン!? 中級悪魔・・・・だと? それでは貴様は……」



『死ネィッ!!』


 眉を上げるアダムに対してレーラー……スキアタンは、問答無用で触腕を振るってきた。鞭のように撓るそれは先端が消えたと錯覚する程の速度で、しかもそれが4本だ。


 まるで真空刃かなにかのように、周囲の床や柱が抉れて破片が飛び散る。だがアダムもまた人間離れした挙動で4本の鞭に対処する。


「むん!」


『……!』


 そしてなんとスキアタンの触腕の攻撃を躱しつつ、その内の一本をカウンターでブレードを振るって斬り落とした。スキアタンが攻撃を止めて怯む。


「俺の情報処理速度は人間とは比較にならん。貴様の攻撃パターンは見切った。中級悪魔とはいえ、一体では俺の相手にはならん」


『……!!』


「しかし貴様が中級悪魔だったとすると、カバールの構成員は……貴様の主は誰だ。正直に言えば苦しませずに殺してやる」


 アダムがブレードの切っ先を向けながら勧告すると、スキアタンは僅かに身体を震わせた。それは、恐怖や憤怒によるものではなく……含み笑いのようであった。



『フ、フ……ギルタブルヲ倒シタ奴相手ダ。コウナル・・・・事モ織リ込ミ済ミダ』


「何……むっ!?」


 何かを察知したアダムが咄嗟に横に跳び退る。その直後、一瞬前まで彼がいた場所の床に後ろから緑色の巨大なのような玉が衝突し、弾けて飛散した。するとその部分の床がグズグズに溶け崩れてしまった。


「な……!?」


 ビアンカは『檻』の中から、その巨大な泡が飛ばされてきた方向を見やった。そこにはスーツ姿で黒っぽい髪の如何にもインテリ風の白人男性が立っていた。今の泡はこの男性が飛ばしたものだろうか。ビアンカには解らなかったがアダムはその男性の顔を知っていたらしく、声と表情に驚きが混じる。



「ヘリ―・ブロック下院議員!?」



「え……!?」


 ビアンカはギョッとして目を見開いた。ブロック下院議員も容疑者の1人だったはず。レーラーが違った以上、ブロック議員がカバールの構成員だったのだろうか。


「まさかこの街に『天使の心臓』がやって来るとはな。この千載一遇の機会を逃す訳には行かんからな」


「……っ」


 ブロックの目が『檻』に囚われているビアンカに向く。感情の籠らない視線で射抜かれてビアンカは僅かに身体を震わせる。そして彼女の見ている前でブロックもその姿を変化させていく。


 身体が縦横に大きくなり赤っぽい甲殻・・に覆われ、両腕は関節が増えてその手は巨大なはさみに変わっていく。目が飛び出てギョロギョロと動く。


 その姿は完全に、と人間が融合したようなカニ人間とでも言うべきものであった。その奇怪なカニ人間を見たアダムが眉を顰める。



「……ルルゲーデ。やはり中級悪魔・・・・か。貴様も違うのか、ブロック議員!?」



 どうやらブロック議員も中級悪魔であり、カバールの構成員ではなかった模様だ。となると残る容疑者はコルベル判事だけだ。コルベルが黒幕なのだろうか。

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