Episode2:力の扱い方
「……そうそう。ユリシーズ君から相談されていた件だけどね、一応何とか形になりそうだよ」
「っ!! ほ、本当ですか!?」
ビアンカは弾かれたように顔を上げる。アルマンはそんな彼女の反応に苦笑しながらも頷いた。
「ああ。ただし流石に急な話でしかもこの短期間という事もあって、あくまで
「ぜ、是非! お願いします!」
彼女は勢い込んで頷く。ユリシーズは悪魔達との戦いでビアンカも最低限戦えるようにできないかアルマンに相談してくれていたのだ。彼が言っているのはその件だろう。
「はは、凄い食いつきっぷりだね。さっきも言ったように試作品だから余り過度な期待はして欲しくないけど……。じゃあ後で『RH』に持っていくから先に戻って準備していて」
「解りました!」
ビアンカは再び勢いよく頷いて、逸る心のままに議会図書館を後にして『RH』に駆け戻る。因みにRHというのはリバーシブルハウスの略だ。つまりビアンカが現在住んでいる『裏のホワイトハウス』の事である。
数時間後、約束通りアルマンがRHを訪れてきた。彼は大きなブリーフケースのような物を携えていた。
「やあ、ビアンカ。約束通り準備万端のようだね」
彼はいつものトレーニング用のスポーツブラとショートパンツ姿に着替えて待っていたビアンカを見て微苦笑した。因みにこの場にはアダムと、そして話を聞いてきたユリシーズの姿もあった。
「そ、それが……?」
周囲の視線に構わずビアンカは、アルマンの持っているブリーフケースを食い入るように見つめていた。
「ああ。君は格闘戦が得意だと聞いたのでね。一応サイズだけは君の手足に合わせた物を使ったけど」
アルマンがケースを床に置いて開く。中には白い指貫きのグローブと、同じく白いスニーカーのようなシューズがそれぞれ左右セットで入っていた。どちらも独特の黒い紋様が入っていたが、それ以外は一見すると市販されている物とそれ程変わりないように見えるが……
「さあ、とりあえず試着してみて」
「は、はい!」
促されてビアンカはまずグローブを両手に装着する。キツくも緩くも無く丁度いいフィット感だ。指貫きなので細かい作業も問題ない。続いてシューズを履いてみる。こちらもサイズ的にはソックスの上から履くと丁度良さそうだ。
ビアンカは少し身体を動かしてみる。軽くジャンプして、シャドーの要領でパンチやキックを素振りしてみる。確かに軽くて邪魔にならず動きやすくはあったが、正直何かが変わったような気はしない。
「残念だけど特に君の身体能力を上げたりするような効果はないよ。そこまで便利な物じゃない」
「あ……そ、そうなんですね」
ビアンカは正直ちょっと落胆したが、それは贅沢という物だと解っていたので何も言わなかった。アルマンが苦笑しながら続ける。
「代わりにそのグローブとシューズには
「……!」
「君の格闘技と組み合わせた場合の使い方は自ずと解るよね?」
「は、はい……」
ビアンカは緊張した面持ちで頷いた。恐らくパンチやキックなどの打撃が当たった瞬間にだけ発動するという事だ。確かに彼女の戦闘スタイルと相性が良さそうだ。
それまで黙って聞いていたユリシーズが口の端を吊り上げて顎に手を当てた。
「打撃が当たった瞬間ねぇ。そいつは例えば歩いててテーブルの角に足をぶつけちまった場合にも発動するのか? それと誰かを軽く叩いたりした時なんかも? そうだとしたら誰かさんもうかうかお転婆できずに大分お淑やかになりそうなんだがなぁ」
「な……! ちょっと、あなたね……」
一々余計な一言を付け加えるユリシーズに、ビアンカも眉を吊り上げて詰め寄ろうとするが、
「今はよせ、話が進まん。……それでどうなんだ、ドクター。日常のふとした弾みや事故で発動してしまう危険はないのか?」
アダムがそれを遮って話を戻す。言い方はともかくユリシーズの疑問自体は大事な点なのでしっかり確認しておきたい所だ。因みにアルマンは退魔師を引退後に精神科医の資格を取っているのでドクター呼びは問題ない。
「ああ、その懸念は尤もだね。その点も勿論考慮してあるよ。霊力の発動には強い衝撃の他に、彼女自身の
つまりどのみち明らかな
「お淑やかになる機会を逸して残念だわ」
ユリシーズに皮肉を返してやると、彼はわざとらしく顔をしかめた。彼をやり込めて少し気分が良くなったビアンカは、そのまま『デモンストレーション』に移る。相手はいつものようにアダムが務めてくれる。
「さあ、手加減は無用だ。いつも通り俺を殺す気で来い」
フロアの中央で向き合ったアダムはそう言って、両手を広げてこちらを威圧するようなポーズを取る。ただでさえ巨体の彼が一層大きく見えて、気の弱い者ならそれだけで怯んでしまうだろう。だが
「ふっ!!」
呼気と共に全力の正拳突きを打ち込む。普段なら回避動作を取るアダムだが、この時は敢えて避けずに彼女の拳打を腕でガードする。彼の腕にビアンカの拳が接触する。そして……
「……!」
ほんの一瞬だが、グローブを装着した彼女の拳の先から光が迸ったように見えた。そしてそれと同時に彼女の拳を受けたアダムの身体が僅かに
視覚的な効果だけでなく、拳を打ち込んだビアンカ自身も明らかな手応えを感じていた。アダムの巨体を仰け反らせる程の衝撃を発しながらも、彼女自身には殆ど反動が無かった。不思議な感覚であった。
「もっとだ! これは『性能テスト』だ。その装備の限界を探るつもりでもっと打ち込んでこい!」
体勢を立て直したアダムが促してくる。彼自身にも未知の衝撃であったので一瞬体勢が崩れたようだが、次からは備えてくるだろう。ビアンカも彼の言う通りこの装備の限界を引き出すべく、そのまま追撃に移る。
「ふっ!」
今度はキックだ。身体の回転を加えつつ、長くしなやかな脚を振り上げてハイキックを繰り出す。アダムは今度は少し足を踏ん張った体勢でそれを受け止めた。
「ぬ……!」
そして呻いた。体重の充分に乗ったハイキックは、ビアンカの攻撃の中では最も高い威力を誇る。大振りで対処されやすいという弱点はあるが、当たりさえすれば当たり所によっては人を殺せる威力なのだ。
そのハイキックに、シューズに込められたアルマンの霊力が反応し、閃光と共に衝撃の威力を上乗せする。充分に備えていたはずのアダムが呻いて身体を揺らした。それだけでもその蹴りの威力を物語っているだろう。
更なる手応えを感じたビアンカは、高揚する心のままにどんどん連撃を仕掛けていく。だがアダムも何度か攻撃を受ける内に慣れてきたらしく、殆ど揺るがなくなった。
ただしアルマンによると霊力が武器なので、悪魔が相手であればもっと効果が高いだろうとの事であった。
そのまましばらく『性能テスト』が続いたが、やがて攻撃を当ててもインパルスが発生しなくなった。ただのパンチやキックと変わらなくなる。
「そこまでだ。どうやらグローブやシューズに込めていた僕の霊力が
「……!」
どうやら彼の霊力は電池のような物らしく、コンセントに接続して無限に使えるという物ではないらしい。考えてみれば当たり前だ。
「今後
「い、いえ、これだけでも充分です。ありがとうございます」
自分で思っていた以上に落胆が顔に出ていたのだろうか、アルマンが申し訳なさそうな口調で謝罪してくるので、ビアンカは慌ててかぶりを振った。
「そうだな。当面はそれで充分だろ。いきなり強い力を持つと碌な事が無い。逆に自分がその力に振り回される事になっちまう」
ユリシーズが妙に神妙な顔つきで頷いている。力に振り回されるなどと言われて、ビアンカはちょっと反感を覚えた。
「何言ってるのよ。あの悪魔達と戦うんだから強い力を求めるのは当然でしょ。私は振り回されたりなんかしないわ」
「はっ! 随分な自信だな? さっきまでそのアダムを
「……っ!」
ビアンカは目を見開いた。アルマンやアダムの顔を見回しても、誰も否定はしなかった。つまりユリシーズの言葉は事実であり、その事に強い衝撃を受けるビアンカ。
「……やはり自覚はなかったか。ただ初めてであれば仕方のない事だ。気にする必要はない」
当のアダムはそうフォローしてくれる。アルマンも頷いているが、ユリシーズだけは顔をしかめていた。
「は、お優しいこって。甘やかしてばかりいればいいってモンじゃない。今の内からしっかり
「な……!」
敢えて挑発的に言っているのかも知れないが、今のビアンカは若干興奮して冷静さを欠いている事もあって瞬間的にカチンときてしまう。
「私に自衛能力を付けるように最初に言ったのはあなたでしょう!? 何が気に喰わないのよ! 私があなたの予想よりも強くなっちゃいそうでそれが気に入らないんでしょ!? 器の小さい男ね!」
「はっ、自惚れもここまで来れば滑稽だな。変に自信過剰になって、しなくてもいい怪我する前に自重しろって言ってんだよ」
あくまで彼女の力を認めようとしないユリシーズに、胸の奥がモヤモヤする感覚と共に猛烈に腹を立てたビアンカは、彼に見せつけるようにアダムの太い腕に自分の腕を絡ませて密着する。案の定ユリシーズの目が少し吊り上がるのを見て、ビアンカは気分を良くする。
「お生憎様! あなたに心配してもらわなくても先生から貰ったこの力とアダムがいてくれれば、別にあなたなんていなくても充分悪魔達と戦えるし。そうよね、アダム?」
「む……? 勿論俺は何があっても君を守るが……」
やや歯切れの悪いアダムの回答を都合よく受け取って、ビアンカは勝ち誇ったようにユリシーズを嗤う。
「ほら、彼もこう言ってるわ。あなたなんてもう別に必要じゃないのよ。今までご苦労様!」
「ち……勝手にしろ! 後でどうなっても知らんからな!」
ユリシーズはそう吐き捨ててから踵を返して地上に戻っていってしまう。アルマンが嘆息して彼女に振り返る。
「……ビアンカ、いいのかい?」
「べ、別にいいんです。いつも私に失礼な事ばかり言って、どうあっても私を認めようとしないんですから……」
立ち去っていくユリシーズの背中を眺めながら、ビアンカは自分に言い聞かせるように呟いていた。
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