Episode19:ディープステート


「な、何なの、あなた達は? 一体何がしたいの? 私をどうするつもりなのよ?」


 ビアンカは声を震わせながらも気丈にハンターを睨みつけながら問いかける。ハンターがそんな彼女を嘲笑うように口を歪める。


「知りたいかね? まあ当然といえば当然か。宜しい。私はエメリッヒ君と違って狭量ではないし、君をこの場ですぐに殺すつもりもないので、彼が来るまでの・・・・・・・暇潰しにある程度の疑問には答えてあげよう」


 芝居がかった仕草で腰を折るハンター。しかしその表情も口調も慇懃な悪意に満ちていた。


「私達カバールの事は恐らくあの彼からある程度は聞いているんじゃないかね?」


「こ、この国を裏で操ってる連中だって話? あの時は眉唾だったけど、今のあなたを見てたら彼の話が本当だったって確信できたわ。自由党が何か関係してるの?」



「ははは、まあ同胞・・達の名誉のために、あえて名前を列挙するような事はしないが……当たらずとも遠からずと言っておこうかな。私達はこの国のあらゆる所に入り込んでいる。君もネットなどで『ディープステート』という言葉を聞いた事はないかね? あれはね、陰謀論という訳ではなく真実・・なんだよ」



「……!」


 ディープステート。勿論その単語だけなら見聞きした事はある。この国の行政や立法、そして司法に留まらず、メディアや芸能、経済界などあらゆる上層部に蔓延っているという、アメリカを裏で支配する闇のネットワーク。


 当然ながら陰謀論の代表格のような扱いで、皆単語は知っていても誰も本気でそれが実在するなどと考えてはいない。だがその陰謀論の内容は、昨夜ユリシーズから聞かされたカバールの概要とほぼ合致してはいまいか。


「ネット上で流布されているディープステートという陰謀論。あれは実は私達が意図的・・・に流布したものだと聞いたら君は驚くかね?」


「な、何ですって?」


「さも荒唐無稽な陰謀論という形で先に流布してしまえば、それ以後何かあっても全部『陰謀論』で片付けられるようになるからね。自分達が賢しいと思っている愚民達は勝手に結論付けて勝手に納得してくれる。誰も『陰謀論』を真面目に取り上げて調べようなどとはしない。全く良く出来ているよ」


「……っ」


 ネットという特性を利用して、あえて自分達の虚像・・を作って広めたという事だ。それによって誰もカバールの実態を把握できなくなった。それどころか自分達の実在・・すら隠す事ができる。


 すぐ隣に化け物が潜んでいるのに、『陰謀論』というフィルターが掛かって、誰もその化け物を認識できなくなったのだ。



「何がしたいのか。私達の目的・・を聞いたね。カバールの目的。それはね…………無い・・というのが答えだよ」



「え……?」


 ビアンカは一瞬聞き間違いかと思った。しかしハンターはそのまま続けた。


「各々が自身の欲望に忠実に生きる。それこそがカバールの理念だからね。メンバー同士の利益に抵触しない限りは何をするのも自由だ。ひたすら利益を追求するのもよし。自分の欲望を優先して好き放題やるのもよし。人々を支配洗脳して表社会での権勢を強めるもよし。勿論カバール内での出世を目論むのも自由だ。そういう意味では目的が無いというのも語弊があるかな。正確には……目的はメンバーそれぞれで異なっているというのが正解だ。カバールはあくまでその為の互助会ギルドという位置づけなのさ」


 つまりは厳格な上下関係のある組織という訳ではなく、基本的にはメンバーそれぞれが独立した存在ということか。


「ただし勿論契約・・している『悪魔』の強さによって、ある程度カバール内での格付けという物は存在しているがね」


「……っ!」


 ビアンカは目を見開いた。『悪魔』。それこそがカバールの連中を本当の意味での化け物たらしめている存在。ビブロスやムルカスのような下級悪魔を使役するだけでなく、自らも強力な悪魔の姿に変じる事が出来る。


 ビアンカの元彼・・であったヴィクターも、『悪魔』の魔力と魅力に取り憑かれた。


「最後に、なぜ君がこうして狙われるのか。勿論すでに自分がウォーカー大統領の娘だという事は知っているね? 君を手中に収めればカバールにとって最大の障害であるあの大統領に対して、これ以上ない最高のカードになるからね。これが一つ目・・・の理由だ」


 一つ目。つまり他にも理由があるという事だ。それはエメリッヒやハンターが言っていた『エンジェルハート』という言葉に関係があるのだろう。ビアンカにもそれぐらいは予想できた。


「『エンジェルハート』について知りたいかい? まあ当然だろうが、それは生憎私の口から語る訳には行かないんだよ。まあ君の心臓・・は『悪魔』にとって値千金の価値があるとだけ言っておこうかな」


「…………」


 やはりこの場で詳細を聞く事はできないようだ。そういえばあのエメリッヒも最初、彼女の心臓に用があると言っていた気がする。ユリシーズもそれに関して言葉を濁している雰囲気があった。


 『エンジェルハート』については、ビアンカの実の父親・・・・が関係している。これまでの色々な状況や体験から、彼女はそんな予想を立てていた。



「さて、君のような美しい女性ともっとお喋りしていたいのは山々だが、残念ながら無粋な訪問者がやってきたようだ。君の頼もしいナイト・・・がね」


「……っ!」

(ユリシーズ……! 来てくれたのね!)


 ビアンカは再び目を瞠る。ただし今度は驚きだけでなく喜びの感情も多分に混じっていたが。助けにきてくれるか不安だった。また来てくれるとしても、彼女が囚われている場所が分かるか不安だった。


 だが彼はそんな不安を打ち破って、本当に彼女を助けにきてくれた。もう彼女は自分の感情を偽れなかった。彼女は……ユリシーズが自分を助けにきてくれて嬉しい・・・と感じている事を認めた。



「ふふ、随分嬉しそうだね? しかし可哀想に。君のその喜びはすぐに糠喜びと絶望に変わる事になる。私の……『狂乱の錬金術師マッド・アルケミスト』によってね!」



「……!!」


 ハンターの身体から何らかの不可視の力が立ち昇る。これはエメリッヒが発していた物と同質の……つまりは『悪魔』の力だ。ビアンカにも経験上それが判った。


 同時に建物全体が微かに震動した。そして……彼女の見ている前で信じがたい光景、いや、現象・・が発生し始める。


「な……あ……」


「ふふふ! 私がなぜ彼を出迎えるのに市庁舎ではなく、ここ・・を選んだと思う? 勿論自分の城を戦場にしたくなかったというのもあるが……ここには私の『狂乱の錬金術師マッド・アルケミスト』にとって実に都合が良い武器・・が沢山存在しているからだよ!」


 あり得ない光景に絶句するビアンカに対して得意げに自身の能力を披露するハンター。



「さあ……力押ししか能が無いプルフラスなどとは一味違う、この『狂乱の錬金術師』ヴァプラ・・・・の歓迎を存分に楽しんでくれたまえ、勇気ある挑戦者君!」



 フィラデルフィアの呪われた死闘の一夜は今、最終対決の時を迎えようとしていた……



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