ラスト・クリスマス・イヴ ~パパは新米ママ1年生~

嵐山之鬼子(KCA)

1.聖なる夜は愛する人と

 「♪くりすますーはー、じんぐるべーる……」


 リビングで、クリスマスソングを歌いながら、9歳になる娘の美代子が、キラキラしたモールやお手製の色紙チェーンで部屋を飾りつけています。


 「ママぁ~、おへやのじゅんび、できたよー!」

 「あら、ありがとう。ケーキももう少しで焼けるから、手を洗って、お台所に来てくれる?」

 「はーい!」


 4年前に連れ合いを事故で亡くし、それ以来、片親ながら懸命にひとり娘を育ててきたつもりですが、幸いにして美代子はとてもよい娘に育ってくれています。


 今日は12月24日。同僚や部下の好意で休暇が取れたので、私は娘とふたりでクリスマスパーティーの準備をすることにしました。

 昼間から夕方にかけては、娘の学校のお友達数人が訪れる予定です。


 そして、子供達のパーティーが終わる夕方からは、何かとお世話になっている、私の友人を招いています。


 「わぁ~、いーにおーい!」

 「ウフフ、摘み食いはダメよ。さっき焼けたから、オーブンから出して熱をとってるの。もう少し冷ましてから、デコレーションは、ふたりでやりましょうね」

 「あ、クリームぬるの手つだっていいの!? やるやるー!」


 目を輝かせて私の手元を見つめる娘の視線をちょっとくすぐったく感じながら、私は手際良くホイップクリームを泡立てます。


 ワクワク……という擬音が聞こえてきそうなくらい楽しそうな娘の様子に、苦笑しつつ、手早くポットからお湯を入れて飲み物を作りました。


 「はい、あったかいココアよ。サービスでコレも入れてあげる」


 泡立て途中のまだ柔らかな泡状のクリームを、ひとさじカップに垂らします。


 「わーい! ありがとう、ママ♪」


 両手でカップを持ち、フーフーする娘の様子をにこやかに見守りつつ、数年ぶりのクリスマスホームパーティーの料理番として、頭の中で残りの料理のことも計算します。


 (ターキーとテリーヌは昨日デパートで買ってあるし、ローストビーフも昨日作って冷蔵庫に冷やしてあるわよね。野菜サンドもできてるし……クラッカーにはあとで美代子といっしょに色々載せてカナッペにしましょ。あとは……先週焼いたクッキーも出そうかしら)


 外で働く兼業主婦として、手を抜けるトコロはさりげなく抜きつつ、それでもできるだけ「母親の手料理」を娘やその友人に味わってほしい──という自己に課した課題をこなすのは、少々ホネですが、同時にやり甲斐のあるクエストです。


 実際、多少手間暇かかったとしても、「美味しいよ、ママ!」という娘の笑顔が見れただけで、それで十分、私自身報われた気になります。


 仕事は忙しいですが、やり甲斐はありますし、職場もアットホームな雰囲気で、上司も部下も、心根の優しい人たちに恵まれていると思います。

 私に小学生の娘がいることを皆知っているせいか、こういう時には優先的に休みを取らせてくれますし……働く子持ちの未亡人としては、破格に恵まれているのではないでしょうか。


 (未亡人、か……)


 自然に、そんな言葉で自分を表現したことに気付いて、私はクスリと片頬に微苦笑を浮かべました。


 確かに、今の私の立場を他の人から見れば、それは「働く子持ちの未亡人」以外の何者でもないのでしょう。

 もっとも、最近では未亡人という言葉は、差別表現として忌避される傾向もあるようなので、後家もしくは英語でウィドーと呼ぶ方が良いのかもしれませんが。


 久賀小夜子、33歳。大手アパレルメーカー、“ルコーワ”本社の商品開発部第三課に勤務するチーフパターンナー。4年前に大手商社に勤める夫・孝太郎を交通事故で亡くし、現在、娘を単身育てる一児の母。

 ──世間様には、そう認識されているはずです。


 ですが、真相は違います。

 4年前亡くなったのは、孝太郎ではなく小夜子の方でした。

 ならば、私は誰なのかと言えば──ええ、お察しの通り、私こそが、本来は美代子の父親である久賀孝太郎その人なのです。


 なぜ、そんな奇妙なことになっているのか。もしかして「子供には父親より母親の方が必要」と考え、事故後のどさくさにコッソリ擦り替わったのか……などと、漫画か推理小説のようなことを推測されるかもしれませんが、決してそういうワケではありません。


 正気を疑われるのを承知で言いますが──コレは、“サンタクロースの贈り物”の結果なのです。

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