第22話

「栞って萌香と仲良いでしょ?」


「え、うん、そりゃーね。」


 見れば分かるでしょと言いたげだ。


「じゃあ、萌香の誕生日に何かあげたりするの?」


「ふーん。」と何かを察したように、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 栞の悪戯っぽい笑みは、その容姿や仕草と相まってよく似合っているし、なにより色っぽくて少しドキッとしてしまう魅力がある。


「私はもうあげちゃったのよね。何をあげたかは内緒。」


 どうやら、参考にはさせてくれなそうだ。


「そういえば、まつりんは明日、もかっちと水族館デートなんでしょ?魚がダメな私らの分も楽しんできてね。」


 私らというのは満を含んでいるのたろう。


「でーと?」


「そりゃ、女の子2人で水族館行ったらデートでしょ。あ、まつりんまさかそんなカッコでデートに行くつもりじゃないでしょうね。」


 私の今日の服装はデニムのパンツに黒のブラウスというシンプルな格好だ。特段違和感は無いと思うけど。


「そのつもりだけど。

というか、こういうのしか持ってないし。」


「ああぁぁぁ、もう。予定変更、誕生日プレゼントなんて後でいいから、服を買いに行くわよ。私がコーディネートしてあげるから。」


「え、でも」


「いいから、時間ないんだから早く行くわよ。」


 栞は迷うことなく店を決めて、服を見繕うと私に渡してくる。


「はい、これ着てみて。」


「あの、」


「あ、お金?なかったら貸してあげるから気にしないで。」


 喋る隙間与えられずにカーテンを閉められる。


「着れたら呼んでね。」と言い残して何処かへ行ってしまう。


 渡された服をみると、ふりふりの可愛らしい洋服だった。こんなの私に似合うのだろうか。


 ようやく着替えが終わると、タイミングを見計らったかの様に栞が戻ってくる。


「いいじゃん、可愛い。」


「私には似合わないでしょ。こういうの。」


 私は女子の中では背の高い方だからこういう可愛らしい服はきっと似合わない。


「鏡見て見なさいよ、私の次くらいに可愛いわよ。」


 言われて初めて鏡をよく見る。


 確かに、違和感は全くない。ふりふりの服とはいえデザインが子供っぽくないから、清楚で大人っぽく見える。


「……悪くないかも。」


「でしょ、私の見立てに間違いはないんだから。という訳で次はこれね。」


 栞はまた違う服を持ってきていた。


 それから私は1時間近く着せ替え人形になっていた。




「もう、疲れたぁ」


 買い物が終わりへとへとに疲れた私を気遣ってか、フードコートで休憩することになった。


 ファストフード店で、フライドポテトとドリンクを注文して適当な席に座る。


「中学三年生の乙女が情けないわね。」


 栞は反対にほくほく顔で幸せそうだ。普段は一日中服を見ている日もあると言っていたし、このくらいは序の口なんだろう。


 しかし、肝心の誕生日プレゼントがまだ買えていない。もう4時を過ぎているので余りゆっくりもしていられない。


 せめて、何かヒントでも得られればと栞に話を振る。


「栞は萌香達ともこうやって買い物とかしているの?」


「そりゃね。明日もお洒落してくる筈だから楽しみにするといいわ。」


 萌香の私服か、中学に入ってからは見る機会が少なかったから、少し楽しみだ。


「なに、にやにやしてんの。」


 栞はまたもや悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「にやにやなんてしてない。」


「へぇー。写真でもとっておくんだった。」


 萌香のことを考えると胸の底が温かい気持ちになってくるが、にやにやなどは決してしていない。


 しかし、言ってもどうせ信じないだろうし、好きなように言わせておく。


 栞は、冷めて硬くなり始めたポテトを齧りながら、私の目を覗き込んでくる。

 彼女の目には、全てを見通すかのように瞳孔が開いていた。


「ねぇ、実際まつりんって、もかっちのこと……。やっぱり、なんでもない。」


 栞は下を向き、笑顔とはとても言えない笑顔を見せる。


「一番の親友だよ。」


 栞の言いたかったことは分からない。けど、嘘偽りない本音を伝えたい。そんな、気持ちになった。


「そっか」


 栞は心なしかさっきよりも俯き具合であったけれど、優しい目をしていた。


 彼女は、猫の様だ。気分はコロコロ変わるし、愛嬌のある笑顔を見せてくれたと思いきや、次の瞬間には飼い主の手に噛みつき颯爽と逃げていく。


 寂しさと獰猛さが入り混じった瞳に映る私は、どんな顔をしていただろう。


「まつりんには、分からないかもだけど、私たちは似てると思うんだよね。」


「なにそれ、冗談?」


 学校のみんなから、ファッションリーダー的な存在として、崇められていて先輩からも畏怖されるような存在だった栞と、数少ない私なんかを好きになってくれた人を無碍に扱う私。全然いている要素なんてないと思う。


「私は、そんな冗談言わない。

中学校生活も、後一年。クラスは同じになれなかったけど、他の人になんか渡す気は無いし、まつりんも同じでしょう?」


 ぞくっと背筋に冷や汗を掻くほどの黒く深い瞳に見つめられて、私は言葉を発することすら出来なかった。


 栞の好きな人。

 きっと私の身近な人だと思う。そうでなければあんなに憎しみに満ちた笑顔は出来なあだろう。


 と、すると、私には萌香のことしか頭に思い浮かばなかった。


 もし、栞が萌香のことを好きだったとして、わたしにはそれをとやかく言う権利なんてありはしないし、両思いであれば友達として応援するべきだ。

 そんなことは分かりきっている。

 それでも、胸がずーんと重く感じるのは、友人を取られるかもしれないという嫉妬心からくるものだろうか。


「な、なんのこと……。」


 栞は顔をずいっと私に近づける。整端な顔が吐息がかかるほどの近距離に現れてドキッとする。真っ黒な双眸そうぼうが私ことを見つめる。

 私の真意を探るように目をピタッと合わせられる。その瞳に吸い込まれるように、目を離すことができない。


「にぶちん。」


 栞はそう呟いて顔を離すと、何でも無かったかの様にフライドポテトを食べ始める。

 あまりの気迫に、私は息をすることも忘れていた様だ。動悸が激しくなる。

 気持ちを沈めるためにコーラを口に流し込む。氷が溶けて薄くなったコーラを口に流し込む。二酸化炭素がしゅわしゅわと弾けて乾いた喉に心地よい。


 栞は私の気持ちに気がついているのか。本人に問い正したい気持ちに駆られるが、辞めておく。恐らく墓穴を掘るだけだろう。

 何か別の話題を探す。しかし、私と栞の間には萌香のことくらいしか共通の話題はない。


 沈黙の中、ポテトの減りが急激に早まる。


 沈黙を破ったのは栞だった。


「まつりん、ごめん。ちょっと取り乱した。」


「ううん。」


「お詫びにポテトあげる。」


 栞はポテトを一つ摘み、私の口元に運ぶ。


「ほら、口開けて。あーん。」


 フードコートで、他のお客さんもいるのにあーんだなんて恥ずかしすぎる。私が口を開けずにいると、ポテトを押し付けられるので仕方なく口を開く。

 少し冷めたしなしなのポテトは、しょっぱかった。


「まつりんって意外と押しに弱いよね。萌香が言ってたことちょっと分かったかも。」


 確かに、言う通り私は押しに弱い。今まで、人よりも身長が高かったせいか、人からあまり責められたことがない。そのせいか、どう対応して良いのか分からなくなる。

 しかし、そんなことよりも気になることがあった。


「え、萌香が何か言ってたの?」


 栞は目を丸くして「ぷふっ」と吹き出すように笑うと、秘密だよ。とはぐらかして教えてくれなかった。

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