第4話
「どうした? 一樹、今日機嫌良いな」
「上田か。なんでもないよ」
僕は学校で、にやついていたらしい。
「なんか隠してるだろ?」
上田は僕のスマホをのぞき込んだ。
「隠してなんか無いさ」
僕はスマホをカバンにしまう。
「ところでさ。今日、帰りに本屋に寄らないか?」
「いや、悪い。今日は用事があるんだ」
僕は上田の提案を断った。
今日は帰りにカレンと会う約束をしていたからだ。
「そっか、珍しいな。一樹が予備校以外の予定があるなんて」
「ああ、そうだな」
僕は上田の言葉に頷いた。
下校時間になって、僕は慌てて駅に向かった。
約束の駅は3つ先だ。
同級生達と目を合わせずに、目的の駅で電車を降りた。
駅の傍の喫茶店で、カレンにラインを送った。
<駅に着いた。傍の喫茶店にいます>
すぐにカレンから返事が来た。
<先生によびだされました。少し遅れます>
僕もすぐに返事を返す。
<了解>
僕はカバンから『大学への数学』をとりだして、暇つぶしに解き始めた。
2問目をといて、3問目に取りかかったときカレンからラインが来た。
<終わりました。すぐ喫茶店に向かいます>
僕は問題を解くのに夢中になって、少し返事が遅れた。
<慌てなくて大丈夫なので、気をつけて来て下さい>
4問目の問題を解き終わったとき、カレンが目の前に居た。
「こんにちは、おまたせしました。カレンです」
「この前は失礼しました、伊藤です」
僕たちはぎこちなく自己紹介をした。
「あの、本題なんですけど、私の勉強見てくれませんか?」
「どのくらいのレベルですか?」
ちょっと、嫌みに聞こえてしまったかも知れないと僕は後悔した。
カレンは僕の台詞を気にとめず、カバンから赤本を取り出した。
「この大学なんですけど」
「ちょっと見せて下さい」
大学の問題とは思えないくらい、簡単な問題が並んでいる。
「美大だから、実技の練習に集中したくって」
「この程度だったら、中学の問題集を解き直せば合格できるんじゃないかな?」
僕は遠慮無く言った。
「あの、問題集選ぶの手伝ってくれませんか?」
「君がどれくらい勉強が出来るのか、分からないと選べないよ?」
僕の言葉にカレンは俯いた。
「いつも赤点ギリギリです」
「そっか。じゃあ、この問題解ける?」
僕は簡単な因数分解の計算をノートに書いた。
カレンは解けないでウンウンうなっていた。
俯いているカレンのまつげの長さに、僕はドキリとした。
「わかりません」
「九九は全部言える?」
「多分大丈夫です」
カレンは、はにかんで笑った。
僕たちはとりあえず、本屋に移動することにした。
「これ、わかりやすいよ」
僕はいくつかの参考書から、カレンにもわかりやすそうな図解入りの薄めの本を選んだ。
『中学一年生から三年生までの教科書をやり直す』と書かれている。
カレンはパラパラとめくって、頷いた。
「これなら、なんとか分かりそうです」
「良かった」
僕が笑うと、カレンも笑った。
本屋を出ると、カレンは新しい参考書をカバンにしまった。
カバンの中に何か分厚いクロッキー帳が見えた。
僕の視線に気付いたカレンはそれをとりだした。
「あの、約束してたデッサン集持ってきました」
「ありがとう。僕、君の絵が気に入ったんだ」
パラパラとクロッキー帳をめくる。
そこにはカレンの世界が広がっていた。
僕は息をのんだ。
「参考書、解いてみて分からなかったら、また会ってくれますか?」
カレンはこんなに絵が描けるのに、勉強が出来ないのは不思議だった。
でも、裏返せば、僕が勉強は出来るのに絵の才能が無いということと同じだと気付いて一人で苦笑した。
「また絵を見せて欲しいし、参考書を選んだ責任もあるからね」
カレンはありがとうと言って、電車に乗って帰って行った。
僕はカレンより一本遅い電車で、家に帰ることにした。
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