おかえり~

もう一度、


「ただいま」


と声をかけると、ようやく私に気付いた観音かのんが、


「おかえり~」


と応えてくれた。


『年頃の娘なんだからもっとちゃんとしなさい! そんなんじゃ結婚できないよ!』


親が仕事から帰ってきたのに出迎えもしないことも含めて、普通の母親ならそう説教するところなんだろうな。普通に親として年頃の娘がそんな有様だったら、お小言や説教の一つもするのが当然なのかもしれない。いや、当然なんだろう。だけど私達にとってはこれこそが<普通>だから、『やれやれ』とは思いながらも私も何も言わなかった。


『百年の恋も冷める』としても、結婚するつもりも男性と付き合うつもりもなかったらまったく関係ない話だし、それ以上に私は、家に帰ってまでだらしなく寛げないことに耐えられないし、ダンナも、そういうのを気にしない、と言うか、ダンナ自身が、


『家ではだらしなく寛げないと嫌だ』


って考えてる人だったからね。だから私も、


『我が娘が風呂上りにマッパで薄暗い部屋でPCの画面を見ながら不気味な笑い声を上げて』


ても、それを責めたりしない。


だって、外で<公然猥褻>してるわけじゃないしさ。観音かのんだってそのくらいはわきまえてくれてるよ。


それよりも、


「晩御飯は?」


と訊いても返事がない。イヤホンをしてるから聞こえてないんだ。それでもう一度、


「晩御飯は食べた?」


少し近付いて大きめの声で尋ねる。


「え? あ、ごめん、なに?」


ようやくイヤホンを外して私を見る観音かのんに、三度みたび


「晩御飯は済んでんの?」


問い掛ける。すると彼女は、


「あ、まだ。ってか、もうこんな時間?」


お気に入りのアニメの動画に夢中で、気付かなかったんだろう。これもいつものことだ。


「分かった。じゃあ、冷凍パスタでいい? ナポリタン? ボンゴレビアンコ?」


改めての質問に、彼女は、イヤホンを戻しながら、


「ナポリタン」


とだけ応えた。


彼女のその態度も、知らない人が見たら『なんだこいつは!?』と苛立つかもしれない。でも、彼女は決して私を蔑ろにしてるわけじゃない。甘えているだけだ。


『二十歳なんだから、もう大人なんだから甘えるな!』


って言う人もいるだろうけど、<甘えてない大人>なんて私は見たことがないから、そういう考えがピンとこない。彼女は実の母親に捨てられて、実の父親を病気で亡くしてるんだ。そういう<事情>も酌めなくて何が<大人>か。


そもそも、私は彼女の本質を知っている。私が本当に辛そうにしている時には、こんな態度はとらない。私にまだ余裕があるのを察してるから甘えてくれてるんだ。


明日は、仕事も休みだしね。


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