ギルドの受付嬢は顔採用ですか!?
夏目
第2話
「あのー、ここに来れば仕事を斡旋してもらえるって聞いたんですけど……」
受付の女性に、おそるおそる声をかける。コミュ障の私の精一杯だ。はたからみれば挙動不審。
力がものをいうこの世界ではいいカモだ。先程から、食い物にしてやろうという周りの視線をひしひしと感じる。
(怖い人に絡まれたらどうしよう……。早く手続きを済ませないと!)
少し顔を上げて受付女性の顔を見る。メイクもバッチリ。髪も手入れが行き届いている。馬糞まみれの自分とは大違い。私の顔を見て、キョトンとしている。
そうですよね。こんなブサイク。来るとこじゃありませんよね。はいはい帰りますよー。
あーもう!
こんなことなら、おじいさんのところで馬の世話をしてれば良かった。やっぱり、来るんじゃなかった。
「あのー、やっぱ私帰りま」
言いかけたとき、受付女性が口を開いた。
「すみません。どちらかの貴族の方だったりしますか?」
……はあ? 貴族? 馬鹿にするのも大概にしてほしいわ。
「違いましたか? あまりにも気品にあふれていたので、てっきり貴族のご令嬢かと」
その物言いに、わたしの怒りは頂点に達していた。ここまで侮辱されたのは二ヶ月ぶり。営業の田中にコケにされたときも、ここまでではなかった。
私は、我を失っていた。
「あのですね! 私のどこが気品にあふれているか教えていただいてもよろしいでしょうか!? 私みたいなブスのどこがっ!?」
言った後で、後悔した。
女性は、何が何だかわからないという顔だ。
そりゃそうよ。暗い顔してやってきたと思ったら、いきならキレ出すとか。私目線でも相当ヤバイ奴に見えるもんね。
また、やってしまったのだ。
だからダメなの。コミュ障のくせに、スイッチ入ると周りが見えなくなる。何回失敗すれば気がすむの。一回死んだら?
あ、もう死んでたわ……。
変われない。きっとこの先も。ずーっと。
……もう、帰ろう。私は動物と暮らすのが性にあってるわ。癒されるんだよね、馬。糞の臭いも悪くない。
そう思い、くるりと振り返る。後ろには順番待ちをしていた剣士らしき男性が立っていた。彼も、振り向いた私の顔を見てハッとしていた。
もうやだ。
完全に異世界で生きる自信をなくし、視線を落とす。剣士の男性が来ていた鎧に、自分の姿が映る。いい鎧なんだろう。銀色のピカピカに磨きあげられたそれには、醜い私が映し出されている。
はずだった。
「誰だ……、これ?」
最初は、受付女性が映っているのだと思った。たしかに彼女は綺麗だ。だが、彼女ではない。鎧の中の女性は、どこからか漂う高貴な美しさを備えていた。
大きな瞳。くっきりした顔立ちと滑らかな髪。艶やかな唇etc。挙げればきりがない。とりあえずいえることは、めっちゃ可愛がった。女の私から見ても思えるほどに。
「あ、あの」
剣士の男性が話しかけてきた。それに気づいた私は、一度落とした視線を上げる。彼は背が高く、私が見上げる形になる。
その瞬間、あたりがざわざわとしだした。
「おい、あれヤバすぎだろ。」
「確かに。あいつ死ぬんじゃねーか!?」
「究極スキル発動してる」
あたりにいた冒険者たちが、いつの間にか私の周りを取り巻いていた。とはいっても、ある程度遠巻きにだが。
ブスに見られると死ぬんですね。そうですか。見たものを石にするメドゥーサより強いね! さっき魔物討伐募集でみたけどBランクだったよ。 さすが私!
輝きを失った瞳で、あたりを見渡す。皆、あっけにとられた顔をしている。これ以上、見世物になるのは耐えられない。
「帰ります」
言い放ち、ギルドの入り口に向かって歩き出すそのとき。ごつい手で後ろから肩を掴まれた。
「ちょっと待ちなさい」
「待ちません」
「いいから。仕事を探してるんだってね」
「もう結構です。馬と暮らすんで」
「まあまあ、話だけでもききたまえよ」
「嫌です。触らないで。セクハラで訴えますよ?」
「せくは……? とにかく、そんな怒らないで。せっかくの美人が台無しだぞ?」
うざい。もうええわ。
「君を採用しよう」
え? 採用?
悔しいことに、体は正直だった。採用という言葉に、私は抗えないタチなのだ。自分を肯定されるこの言葉。社会人なら誰しもこの言葉の魔力を一度は感じたことがあるはずだ。
「当ギルドの受付として、君を雇いたい」
首を少しひねり、声をかけてきた男を見る。年は50くらい。タンクトップっぽい衣装からは、たくましい腕と大胸筋がのぞいていた。鍛えあげてるのがみてとれた。
「でも、私みたいな可愛くない女でいいんでしょうか?」
ドキドキしながら聞いてみる。これでドッキリとかならマジで立ち直れないぞ?
男は、一瞬驚いたような顔を見せたが、ポケットからゴソゴソ何かを取り出してみせた。
「君のどこが可愛くないって? よく見てごらん」
男は取り出した手鏡を私にかざしてみせた。そこには、さっき鎧に映っていた女性がはっきり映し出されていた。
「これでも、自分が可愛くないっていえるのかい?」
私は、何が何だかわからず、しばらく呆然と立ち尽くしていた。あの美しい女性が私だということを受け入れたのは、もう少し時間が経ってからだった。
ギルドの受付嬢は顔採用ですか!? 夏目 @natsumehiryu
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