第58話 ガーベラ

(あ~やっちゃったー!もー!)


廊下を早足で進みながら、私は猛烈に反省していた。


(せっかく丸く収まりそうだったのに!)


ついつい今までの恨みを発散してしまった。


私への警戒心が高まってしまったかもしれない。




キッチンに到着し、薬の調合に取り掛かる。


しかし、集中しようとしても「なんであんなことを言っちゃったんだろう」という後悔と、今までの自分の状況への憤りが交互に押し寄せてくる。


そのせいで、4回も調合ミスをしてしまった。


(やっぱり、引っ越しの準備しておいた方がいいのかな…。)


げんなりしながら、ようやく出来上がった薬を少年のもとに運ぶ。


「お待たせ…。」


そっと扉を開いて中を伺う。


カーテンが閉められ部屋は薄暗くなっていたが、少年は頭から布団をかぶっていた。


私は魔法で陽光を完全にシャットアウトすると、部屋のあちこちに空き瓶を置き、中に明かりをともした。


簡易的な、魔法の照明だ。


真っ暗な部屋が、早朝と同じくらいの明るさになる。


「これ、やけどに効くから。」


そう言うと、少年はもぞもぞと布団から出てきた。


魔力を全く感じられない。


(なんでこんなに弱ってるんだろ…。)


タオルに薬湯を染みこませながら考える。


「はい。」


少年はタオルを受け取ると、顔の赤い部分にあてた。


すっかり見た目の変わった少年は私と目を合わせようとせず、うつむいて顔を背けている。


魔力が回復するまで、外には出ない方がいいだろう。


(私の魔法を使ってもいいけど、人にかけるのは苦手だしなあ…。)


最初に魔法をかけたときのことを思い出す。


あの時は雨でずぶぬれになった体を乾かそうとしただけだが、自分が干からびそうになってしまった。


自分自身にかけることすら危ないのだ。


他人にかけるなんてもってのほかだ。


「ね、ねえ。」


私は話しかけた。


「なんだ。」


少年は、薄い灰色の目だけをこちらに向けた。


「さっきからあなたの魔力を全く感じないんだけど…。」


「ああ。」


少年は目を伏せた。


「分かっている。」


「だよね…。」


私は苦笑いした。


(んーー…) 


言おうか言うまいか悩み、天井を仰ぐ。


「あのさ。」


覚悟を決めて、私は口を開いた。


少年が再び目を向ける。


「しばらく…ここにいる?あなたの魔力が回復するまで。」


私は、驚きで目を見開く少年の返答をじっと待った。


少年は、随分と長い間考え込んでいた。


どうしようか葛藤しているようだった。


正直言って、私にとってもこの提案は考え物だった。


誤解が解き切れていないこの状況で、できれば自分の命を狙ってきた人を家に置くなどありえない。


しかし、放っておくことはもっとあり得ないことだった。


それに、私には別の目的もあった。


「ただ、条件があるの。」


私は裾を握り締めた。


「今回だけ。今回だけでいい。私を城に引き渡さないでほしい。」


少年にとっては、荒唐無稽な条件だろう。


しかし、私は真剣だ。


モカちゃんを止める計画を立てる時間さえ稼げれば、今は十分だった。


だから、ここで城に引き渡されるわけにはいかない。


「…いいだろう。」


「え?」


少年の返事に思わず聞き返す。


「条件をのむ、と言ったんだ。魔力のない今、私は外に出れないからな。」


少年はぶっきらぼうに言った。


「ま、まじで?」


「何度も言わせるな。不本意だが、他に選択肢はない。」


「そ、そっか。」


拒否されたら武力行使も…と考えていた私は、思ったよりも穏便にいったことに安堵する。


「じゃあ、しばらくよろしく。私はルリ。」


「知ってる。」


(ですよねー。)


追っていたのだから当然か。


「…リオンだ。」


少年も小さな声で名乗った。


「…しばらく世話になる。」


「よろしく。」


私はリオンを見据えた。


(ひとまずは休戦ってことで。)




「じゃあとりあえず…お昼にしよっか。」





ガーベラ(黄):優しさ・親しみやすさ・日光

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