第50話 サフラン

あれから、私はまっすぐ屋敷へと帰った。


シエナさんたちは、もう少しゆっくりしていけと言ってくれたが、私がいることで村の人たちに迷惑をかけてしまったら元も子もないと思い、それは丁重にお断りした。


村の人たちは、別れ際にたくさんのお土産を持たせてくれた。


たくさんすぎて、私も魔法を使って運ばなければいけないほどだった。


「困ったことがあったら、いつでも来なさい。」


村長が、私にやさしく声をかけてくれた。


「ありがとうございます。」


私はぺこりとお辞儀をすると、借りた荷車の上に乗って、村を後にした。




「それにしても、楽しかったなあ。」


まだ宴の余韻が残っている私は、しみじみと呟いた。


楽しげにはしゃぐ子供たちの笑い声、おいしい料理、仕事の疲れを忘れて笑いあう大人たち…。


その時の様子を思い出すだけで、自然と心が晴れやかになってくる。


前世でだって、こんなに楽しい宴はしたことがなかった。


「そういえば、この宴会は誰メアリさんが提案してくれたのかな?今度会ったらお礼しなくちゃ。」


荷車がカタンと揺れた。


「それと、村の皆にも。」


巨大なチョコケーキやら、特性シチューの入った大鍋やらといったお土産を乗せながら、私は家路に着いた。






私が屋敷に着いてからベッドに倒れこむまで、そう長い時間は要さなかった。


屋敷に着いた途端にどっと疲れが押し寄せてきた私は、いただいた土産物を食糧庫に大切に保存して、着替えるのも忘れて部屋へと一直進していた。


「っは~!疲れたぁ~。」


ベッドに身を投げ出し、私はごろりと仰向けに寝転がった。


(最近のんびりしてばっかりで、あんな大きなイベントは久しぶりだったもんな…。)


「うぅ…お風呂行かなくちゃ…。」


起き上がろうとするも、体が疲れているせいで重力に逆らえず、私はただ手を空中に伸ばした。


「…明日でいっか。」


そう呟いて、私は仰向けのまま、もぞもぞとベッドの中央に移動した。


「はぁ~…。」


じっと天井を見つめていると、別れ際のメアリさんの話が蘇ってくる。


(モカちゃんは、今魔法学校に行っているんだ…。)


別に、そのことをうらやましく思っているわけではない。


むしろ、私の今の生活の方が幸せに感じている。


そんなことよりも、聖女認定の方がもっと気がかりだ。


この国では、聖女は王と同等、いや、それよりもはるかに影響力があると言われている。


聖女が「正しい」といったことは常に正しく、「誤っている」と言ったことは、どんなに道理にかなっていても間違いなのだ。


それに城を追い出された身とはいえ、私も異世界から召喚された一人なのだ。


つまり、私が聖女かもしれないという可能性も少なからずあるということだ。


彼女にとって、異世界から来たうちの一人である私は、自身の存在を脅かす邪魔者でしかないだろう。


(モカちゃんが聖女になったら、私の身が危険になる。それに、私とかかわった人たちも…。)


閉じた瞼の裏に、メアリさんやフロー、そしてシエナさんたちの姿が浮かぶ。


(みんなを、危険にさらすわけにはいかない。私がみんなを守るんだ。)


私は天井を睨んだ。


(モカちゃんを、阻止しないと―!)




その時だった。




ドーン!という大きな音と共に、屋敷全体がビリビリと振動した。


「な、なに!?」


慌てて飛び起き窓に駆け寄ると、普段は見えないようにしている結界が赤い光を放っている。


(赤い!誰かに攻撃されている!)


私は窓の下に身をかがめると、結界に意識を張り巡らせ、攻撃元を探した。


(……あった!)


屋敷の正面、村の方向から、何者かが結界を壊そうとしている。


まだ結界は持ちこたえているが、いつ壊れるかわからない。


(マズイ、このままだと…。)


こんなことができる人物は、一人しか思いつかない。


(フードの男か…。)


宴の時からずっと、私の跡をつけてきたというのか。


(そうなると、ますますマズイ…。)


第一、私は魔法を使って戦ったことがない。


それに、私の結界を見破ることができるほどの実力者だ。

まともに戦って勝てるかどうか。


(どうすれば…。)






サフラン:過度を慎め

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