夜のアパートにて

人生最大の事件に私は直面している。

お隣さんと一緒に建築コンペに参加することになってしまった。

2人きりで。


ヒトツバシ ハジメさん。


いつか爆音で聞こえたイカガワシイ音声の主だと思い失礼なことを言ってしまった。

でも、ここで弁解したい、私だって失礼なことを言われたのだからおあいこだと。

私が彼氏などという存在と営んでいると言われてしまったからに他ならない。

確かに、前に兄と部屋に入る時に出くわしたが、そんな見られ方をしていたとは。

これについては私達2人の中で、近所に別のイカガワしい動画を大音量で見ている人がいるということで解決した。しかし問題はそこではない。

ヒトツバシさんが私をどうやら嫌いではないらしいということだ。

『いやいや、好きだっていってたじゃん』

うるさい。心の中の声は黙っていてほしい。できれば今度から挙手性で心の声には発言をお願いしたい。もちろん却下だ。

以前、隣の部屋の子は有村架純似だと叫んだり、私のバイト先の『ぐでんぐでん』で、オレンジのダッフルコートを着た子が好きだと言ったり、私の日常をかき乱してくる。オレンジ色のダッフルコートが他人とかぶったことは一度もない。たぶんこの町のオレンジ色のダッフルコートは私のことだ。あぁおかがましい。そんな有村架純似かな。あぁおこがましい。


しかも、普段はちゃらんぽらんな生活を送って、授業にもほとんどでいない人が、急に眼の色を変えて建築に打ち込んでいる。授業にもちゃんとくるし、ここ最近はスウェット姿でも学校に来ない。しかも先週のコンペの打ち合わせの時なんて、建築愛を爆発させてきたり、本当にもうズルいとしか言いようがない。だって、私の周りの女子は皆、サークル優先したいとかバイトだとかでコンペに乗ってはくれなかったし、建築の話を振ってもみな特に興味が無いように感じた。だから少しでも建築のつながりを探そうと思ったら、まさかのお隣さん。

怖い存在から、私が求める建築愛を持ち出し何かに打ち込む姿を見せつけるなど、本当にズルい。


ここまで10秒もかからなかった。

ゆでたパスタが早ゆで3分の商品だったことを思い出し、シンクに置いたザルにあげると安アパートのシンクはベコンと音を立てた。

茹であがったパスタをフライパンに移して、あとはオリーブオイルと鷹の爪とニンニクであえればぺペロンチーノの出来上がり。そういえば、ヒトツバシさんも学食でぺペロンチーノを食べていたような。


『ヒトツバシ病だね』


うるさい!私は心の声を遮るように、フォークを机に置いたのだった。

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