学食にて

気になる女の子には目もくれず、私は建築に没頭すると心に誓った。


毎日の惰性的学生生活に終止符を打つため、大学の西側校門で募集していた建築学生コンペに参加することにしたのだ。校門でチラシを受け取るとそこには今日の昼休みに学生食堂に参加者は集合とのことだった。私は他の学生より1年多く建築に向き合う機会を頂いている(留年している)。その結果がこの単位ぎりぎりの惰性生活という訳だ。


時間になり学生たちが集合場所に集まってきた。傍から見れば私と他の学生に大差などない。年齢で一つしか違いがないのだから。ただ、私にとってはこの一年が今までの生活をむしばんでいた。私は誓った、建築に没頭することで欲望に素直に生きると。


皆様方はT定規というのをご存知だろうか。あの建築学生が背負っているT型の大きな定規なのだが、もちろん用途は直線を引くことだ。それなのに私はまるでT定規の角で殴られた衝撃が走った。オレンジ色のコートが私の目の前を横切ったのだ。

天秤にかけろというのか。この男子大学生が抱いた確かな恋心と、今までの人生にサヨナラグッバイを決め込むこの機会を。私は神様を恨んだ。来年のお正月の賽銭は1円だ。


集まったのは全部で10人。呼びかけをしていた学生が3人、集まってきたのが7人である。とりあえず学年ごとに自己紹介をという流れになった時、ついに私はダッフルコートの彼女の名前と、私の名前を紹介し合うという『友達になる』というステップを超えて実行できるのだ。まずは私の自己紹介から。

「えー。一橋 一(ヒトツバシ ハジメ)です。大学2回生です。年齢は20歳っす。」

私はまず年齢に関するコンプレックスを早く捨ててやろうと、自ら年齢を皆に伝えることに決めた。彼女も拍手をしていた。その後3人くらい紹介をしていたが、興味のかけらもない。遂に彼女の番が回ってきた。

「はい。大学2回生の小早川 咲(コバヤカワ サキ)です。このコンペで皆さんといい結果を出せるようにがんばります。よろしくお願い致します。」


あぁ、金木犀だ。

あの香りがしたわけではないが、私には金木犀の様な人だと感じた。

声も容姿も本当にかわいい。出会って今まで有村架純似だと思っていたが、金木犀を他の物と比べるのは愚かな行為であるように、彼女を他の女性に比べるのは愚かだと思った。

他の自己紹介が済むと、結果3年生が3人、2年生が5人、1年生が2人となった。

そしてコンペ募集をかけた学生の一人が今回のコンペの概要を説明した。

「皆さん。今日は集まってくれてありがとう。早速今回のコンペについてだけど、学生限定のコンペが今3種類あってね。古民家の再生コンペが1つ、住民が使うコミュニティスペースの提案コンペが1つ、そして新しいシェアハウスの提案が1つ。以上の中で参加したものを選びます。とりあえず今の段階で興味があるものに投票してもらって、まず結果を見ようと思います。」


学生それぞれに小さな紙が渡されて皆それぞれ記入していく。

1年生の2人はどうやら同じところに投票したのだろう。小早川さんは得に友達同伴ではなかったので、自ら記入をしていた。紙に書いた文字数的に古民家の再生かもしれない。ただ、私はシェアハウスの提案が第一希望だった。私は天秤にかけた。建築と彼女を。彼女は年上ツーブロックの彼氏持ちの毎晩お楽しみカップルの片割れだ。私はそんな女にうつつを抜かすことに少し腹が立った。

投票が終わった。

「では、開票してみます。」

古民家4人

コミュニティ4人

シェアハウス2人


私はどうやら2人でコンペに参加することになるらしい。

「ちなみにシェアハウスの2人はお互いに2年生だけど、私たちの誰かがそっち入った方がいいかな?」

主催者の一人が提案してきた。

全く問題ありません、1人でもやってやるつもりですと私は切り返そうと思ったが、私の熱量とは違った優しい声が耳に飛び込んできた。

「私は2人で大丈夫です。もし、もう1人の方が3人の方がいいということであれば、それでもかまいません。」

なんてまっすぐな目をしているのだろうか。彼女の声にたしかな熱量を感じた。

「自分も2人で大丈夫です。」


「では、とりあえず2人でやってみて様子を見ようか。俺たちは違うプロジェクトで動くけど、助け合いはしていこう!がんばろう!また連絡を入れるのでシェアハウス組だけ代表者の連絡先を教えてくれる?」

じゃ私がと、小早川さんはスっと自分のスマホを取り出して連絡先を先輩に教えていた。今日はそのまま自由解散になった。お昼休みが終了の放送が流れると、彼女は私に私達も連絡が取れるように交換しようかと提案してきた。

私も自分のスマホを取り出すと、自分の連絡先のQRコードを画面に表示した。

コレでと彼女に差し出すと、取り込もうとする彼女との距離が少し縮むと髪の毛の香りがほんのり漂ってきた。

「あの、いつも私の生活音とかうるさくないですか?」

自然に上目づかいになる彼女の顔は少し恥ずかしそうにしていた。私はハッとした。これは普段の夜の営みについて聞かれている。この話題を変えるため、私は答えた。

「あの、携帯!携帯の通知音って結構響いていて。あの、何か、できる限りくらいで考えてもらっていいっす!あそこの壁薄いじゃないですか!もう少し下げてもらえるくらいで良いかと」

彼女が申し訳ないと表情で訴えていたが、顔を少し赤くして私に振り絞るように言った。

「あ、あの、携帯の事すみません。あの、音量を。あのテレビの音量を下げて頂けると、イカガワシイ声が、その、大きく、あの、あれでして。」

私はすかさず返答した。

「えっ!あれって彼氏とのアレじゃないの?」

「ち、違います!私彼氏いませんし!あれって、あああああ、、、」

「え?」

「え?」


2人で噴き出した。

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